けれど俺達はとても有用な人物を手に入れたと言って過言ではない。なんせこの森で起こっているのは妖精の神隠し。それなら妖精に聞くのが一番だ。
「ねぇ、二人は何て名前なの?」
食事に夢中な二人に問いかけると、女の子の方が手を上げた。
「アタシはキキ!」
「ボクはモーラ。兄妹だよ」
「あっ、俺も妹いるんだ」
伝えたら、モーラの方がニッと笑った。可愛い。
「聞きたいんだけれど、最近ここでエルフの人が行方不明になったの、知ってる?」
追加でもう少しご飯をあげると、彼らは誇らしげな顔をして胸を叩いた。
「知ってるよ! だって攫ったのボク達だもの」
「え!」
これには俺以上にリンデンが驚き近付いた。
「それは本当なのか!」
「わぁ! なに!」
「お前達が攫ったエルフの一人が、そいつの兄なんだ」
「セレンという。無事なのか」
問うと、キキの方がウンウンと頷いた。
「無事よ。全員無事。でも、背の高い金髪の男以外は皆寝てるわ」
「兄は起きているのか? 何故」
「女王様のお相手をしているの。魔力が高かったから、次の王になるだろうしって」
そう言ったキキがアムアムまた食べている。それにしても、随分食べる。多分だけれど自分の体以上に食べているな。
そしてリンデンは明らかにホッとした様子だった。
「生きている……」
「当たり前だよ、お客様だもの。女王様も申し訳ないって言ってたよ。緊急事態なのに連絡できないんだって。森神様の加護が突然薄れてしまったから」
「そんな事があるの?」
いや、あるのかもしれない。俺はつい最近起こったリヴァイアサンの事を考えていた。神獣だった海龍も穢れと呪いの影響で理性を失い、魔物になりつつあった。同じようになっているなら、あるいは。
俺は疑っていたんだ。森神様というのが、蒼旬の言っていた神獣の一人なんじゃないかって。
「森神様の力が急速に弱まったんだ」
「だからアタシ達、お腹空いてるの」
「ボク達は魔力のある物を食べてる。でもそういう物が突然減ったんだ」
「だから今沢山食べてるの!」
思わぬ答えに驚く俺に、二人の妖精はウンウンと頷いている。
「凄く良質の魔力で美味しいの」
「お腹が満たされるって幸せ」
「女王様にも食べさせてあげたい。アタシ達がお腹空いてるからって、分けてくださるの」
「だから余計に女王様は力がでないんだ」
これに、三人が顔を見合わせた。思った以上にマズい事態になっている。
「それなら、どうして捜索の人は無事だった?」
「魔力が足りないから。女王様には高い魔力の人を連れて来て欲しいって。出来ればエルフの女王がいいけれど、動けないだろうからって」
「兄を帰せば良かっただろ」
「駄目よ、人質なの」
「森の異変を正すまでは帰せないよ」
どうやらかなり強硬な手段に出たようだ。
「じゃあ、今回は妖精女王に謁見できるわけだな?」
「え?」
クナルを見るとニッと笑っている。その笑い方、ちょっと悪役っぽいよ。
「そうだね」
「十分ね」
一通り食べた二人は俺を見る。そして丁寧に頭を下げた。
「貴方を女王様の所にお連れいたします」
「どうかこの森を救ってくださいませ」
そう言われ、俺は不安でクナルを見る。けれどクナルは確かに頷いた。だから、俺も頷ける。
「宜しくお願いします」
「任せろ!」
モーラがぴょんと跳び上がる。
でもとりあえずこれで今日はお終い。おのおの眠る事になった。
結界を張っているから安心して眠れる。火はキキとモーラが見てくれるそうだ。妖精は眠らなくても平気だからって。今はキュイに凭りかかって火の側にいる。
耐水性の布を敷いた上に毛布を掛けて寝ているけれど、俺の隣にはクナルがいて、何故か腕枕をされて抱き込むようにされている。それを見たリンデンが遠い目をして、かなり離れて寝始めた。
「ちょっと恥ずかしい」
思わず呟くが彼は何処吹く風。知らんという顔をしている。
「クナル、やっぱり離した方が」
「嫌だ」
拗ねた子供みたいに口元がムッとする。けれど耳は落ち込んだみたいにへにゃっとするのだ。
背に回った腕が腰に回って、より引き寄せるようにされる。驚くけれど……本心では嫌じゃない。人目は気になるけれど、この温かさが凄く落ち着く。
目を閉じて胸元に収まると彼の心臓の音が聞こえる。少し早いのかもしれない。体温も高くて……緊張してる?
「クナル、緊張してる?」
問うと、彼は何も言わなかった。でもほんの少し白い頬が赤くなって、長い尻尾がすりっと俺の体を撫でた。
「ふふっ」
なんか、可愛いな。ツンとしてるのに好意が伝わってくるの。
俺の気持ちも温まる。身を寄せてしまえば視界はクナルで一杯になるから、周囲は徐々に気にならなくなる。強い腕が体に回って、温めてくれて、ふさふさの尻尾が俺の体に掛かるように触れていて。
「温かいね」
トロトロと眠くなる、そんな微睡みの時間。呟いた俺の声をひょこっと立った片耳が拾っている。そんな所もさ、可愛いなって思うんだよ。
翌日、俺達は改めて妖精女王の元へと案内された。
途中休憩を挟んでその神殿に辿り着いたのは昼を少し過ぎた頃。ぽっかりと開けた中にあった。
ギリシャの神殿を小型化したようなそれはそんなに広いとは思えない。大人の男が十人入れば窮屈くらいの感じで、白い柱に蔦文様のレリーフがされた、三角屋根の綺麗な場所だった。
「初めてきた」
リンデンは呟くように言っている。そうして案内に従い神殿の扉を開けると、その先に玉座に座った小柄な女性と、その脇に立つ金髪にはっきりした目鼻立ちの長身の男性がこちらを見ていた。
「兄貴!」
「リンデン!」
男性は驚き歩み寄ってくる。それにリンデンも駆け寄り、二人は再会を喜んで抱き合った。
「良かった、生きていて。行方不明と聞いてどれだけ肝が冷えたか」
「すまない。だが帰るに帰れず、伝える事も出来なかったのだ。許せ」
なんとなく、俺はリンデンと兄のセレンの間には壁があるのかと思っていた。それはリンデンが心配しながらも、何処か壁を置いている感じがあったから。
でも、違ったんだな。この光景を見ると、俺は素直にそう思える。