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翌日、俺達は妖精女王がいるという神殿を目指して森を進み始めた。
相変わらずの悪路に足を取られる俺をクナルが側について支えてくれている。
キュイもいるのだが、あちらはソワソワして俺の肩から下りて動き回っている。鳴き声も日頃より多く、呼びかけている感じだ。
「キュイの故郷なのかな?」
「ありえるな。この森には妖精や、多くの霊獣が住んでいる。不法に連れてこられて故郷は分からないが、ここだとしてもおかしくはない」
今は先行しているリンデンと俺との間ぐらいをキョロキョロしながら歩いている。長い耳をピンと立てて。
「帰りたいのかな……」
今まで側にいてくれて、何度も助けてくれたキュイだけれど、もしも家族がいたり仲間がいて帰りたいなら引き留めるのは……。
思うけれど、寂しいのもまた事実なんだよな。
そんな俺を、隣でクナルが見つめていた。
工程の半分を超えた位で辺りが茜色になってきた。
開けた場所を見つけたリンデンはここで野宿の決断をして辺りに結界を張り巡らせた。
「こんな場所が森の中にあるんだね」
これまでの道とは違って地面は平ら。中央辺りには何かを燃やした跡なのか黒く煤けた感じがある。適当な大きさに切られた丸太が、その燃え跡の周囲に二本横たわっている。
「エルフ達が作っているんだよ、野宿できるように」
「では、もしかしたらあんたの兄さんもここで野宿したんじゃないか?」
クナルの言葉に、だがリンデンは首を横に振った。
「おそらく素通りだよ。あの人達の足ならここではなく、もっと奥地まで行ける」
俺があまりに不慣れだから旅程が遅いんだよなぁ。
ちょっとしょんぼりしてしまった。
この世界では魔法が使える。という事で火起こしも一瞬だった。薪を置いて火魔法で火を付けるとあっという間に温かくなる。今はそこを囲って火に豚汁の鍋をかけ、包んでおいた炊き込みご飯おにぎりを手渡した。
「どうぞ」
「ありがとう。お昼のサンドイッチもだけど、森の中でこれだけちゃんとしたご飯が食べられるのは有り難いな」
「行軍となれば大抵酷いからな」
「そんなに?」
マジックバッグとか、マジックボックスがあればけっこう戦えると思うんだけれど。
そんな俺に、二人は苦笑の後で溜息をついた。
「まず飯の匂いで魔物が寄ってくるしな」
「肉を焼く匂いは奴等にも美味しそうに感じるみたいだね」
「え!」
じゃあ、今大丈夫なのかな……。
不安になって見ると、二人は笑ってくれた。
「これは大丈夫、肉の焼ける匂いじゃないよ」
「魔物肉を捌いてそこで思い切り焼き肉やるんだよ。そうすると追加で魔物が寄ってくる」
「デレク団長がいると『追加の肉きたぞ!』って、追加オーダーみたいに言うんだよね」
「肉食ばかりが二十人近いからな。しかも食べる奴等ばかりだ」
なんとも豪快な逸話である。
木製の器に温めた豚汁を入れて配り、それを啜りながら肉じゃがを……と思って脇を見た俺は目を丸くした。
「ない!」
「はぁ?」
「肉じゃが!」
「はぁぁ!」
クナルが立ち上がり耳をピンとそばだてる。唸り声を上げそうな様子だ。
リンデンも辺りを注意深く警戒している。その横にある炊き込みご飯が、俺の目の前で浮いた。
『ふふふっ』
『頂いちゃおうね』
小さな女の子と男の子の声。悪戯っぽい様子だ。
そして俺の目にはこれも見えているんだ。
金髪を二つに縛った手の平大くらいの女の子と、同じく金髪を短くした同じ大きさくらいの男の子だ。その背中には妖精っぽい羽がついていて、こっそり食べ物を持って行こうとしている。
っていうか、妖精!
「あ!」
「!」
『!』
俺が声を上げて指を差した事で妖精の方も驚いたのかご飯を取り落とす。けれどリンデンは素早くそれを回収して魔法を放った。
『そんなの無駄だもんね~』
でも妖精の方は余裕だ。あっかんべーをしそうな様子で笑っている。
それがなんか、俺的には駄目だった。
近付いていく俺にも妖精達は構わない。逃げる様子もない。
だからこそ俺は手を伸ばして、男の子の方をむんずと掴んだ。
『え!』
『ちょっと!』
手の中で必死に体を捩って逃げようとする男の子と、そんな俺の手をポコスカ叩く女の子。
片や、突然空中を掴むような仕草をする俺を凝視するリンデンと、また何かしらやらかしていると察して額に手を置くクナル。
そんなそれぞれの中、俺は妖精達に向かって声を上げた。
「人のご飯を盗み食いしちゃ駄目。食べたいならちゃんと言わないと駄目なんだよ」
『お前、なんなんだよ! 見えてるのはいいとして、なんで捕まえられるんだよ!』
「それは俺も分からない」
まぁ、女神の力なのは間違いない。
「マサ、そこに……妖精がいるのかい?」
信じられないものを見るようにリンデンは問う。本来は見る事も困難で、触るなんてもってのほかな妖精だ。実体が無いって言ってたしな。
「はい。どうやら食べ物を盗んでいたみたいです」
「どうして触れるんだい!」
「あ……色々ありまして」
これも女神からのチートスキルの恩恵……なんだよな。
「マサ、俺達にも見えるように出来るか?」
「え? えっと……」
心の中で願ってみる。ここに居る人限定でこの二人が見えるようにと。魔力を込めて。
すると薄かった彼らの印象が鮮明になっていく感じがした。不透明度が上がった感じだ。
『え? え! なんで!』
「声も聞こえるように頼む」
「あぁ、うん」
冷静に腕を組んでいるクナルがジト目で妖精達を睨み、俺は言われるままに声も聞こえるようにと願った。
「なんで! 見えちゃう!」
「声が聞こえる!」
「ひゃうん!」
小さくだけれど声も聞こえるようになったようだ。
リンデンは唖然。クナルは溜息。妖精達はパニックになり、俺は苦笑だ。
「なんて事してくれたの!」
「戻せ!」
「えっと……戻し方分からないかも……」
「「はあぁぁぁ!」」
思い切り批難の声を浴びている。けれどクナルはそんな二人の妖精を捕まえた。
「いやぁ!」
「乱暴するな、野蛮人!」
「人様の飯を盗んだお前等はコソ泥だろうが」
「取られる方が悪いんだい!」
「ほぉ? それなら捕まる間抜け妖精が悪いんだろ? 仕置きか?」
思い切り見下すクナルを前に、二人の妖精は小さく項垂れた。
「まずは謝れ」
「ゴメンナサイ」
「調子乗りました」
どうにもならないと判断したのか、二人はそう呟く。俺は苦笑して二人をクナルの手から受け取り、余分に持ってきていたお米と余っている豚汁を器に乗せてあげた。
「いいの!」
「どうぞ」
「わーい!」
これらを囲んで美味しそうにムグムグしている様子はなんとも微笑ましいのだが……リンデンだけが思い切り固まっている。
「妖精が見える? 声が聞こえる? 触れる?」
「あ……スキルのお陰……かな?」
「そんなとんでもスキルがあるのかい!」
「えっと……」
まさか、女神の力をそのまま受け継いでいますとは言えないよな。