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9話 聖樹の森(8)

 事情を伝えられたアルが城の厨房へと案内してくれた。昨日の料理もここで準備されたそうで、アルが伝えると皆が興味津々という様子で手伝いを申し出てくれた。

 食材は森の物が多く、キノコが数種類。根菜に、昨日の猪肉の余りと、今朝取れたというロック鳥の肉だ。

 それならと、俺には一つ作りたい物がある。

 自分のマジックバッグから取りだしたのは大量の米と醤油、料理酒と昆布、砂糖などだ。


「東国の食材ですね」

「はい。俺の故郷の食材は東国の食材が多いので」


 珍しそうに見るアルに笑顔で返しながら、俺はまず皆さんに米を洗ってザルに上げて貰うところからお願いした。


「次に、米と合わせる鶏肉とキノコ、それに人参と牛蒡の準備を」


 人参は皮を剥いて薄めのいちょう切りに。牛蒡は水を入れたボウルにささがきで。やり方を教えればエルフの人達も手分けして、大きな米炊き鍋三つ分を作ってくれる。

 鶏肉は小さめの一口大に。できるだけ筋は取っていく。こちらはクナルやリンデンなどの男性陣も手伝ってくれた。

 キノコは石突きを取って手で千切る。俺としてはこの方が美味しい気がするんだ。香りとか風味とかが出て。


 こうして食材の準備をしている間に大鍋に昆布を投入してうるかしておく。本当なら鰹の出汁も取りたいけれど、まだ鰹節には巡り会えていないからしかたがない。それに複数種類のキノコと鶏肉から十分旨味が出るだろう。


 食材が準備出来たら鍋に火を入れて、まずは昆布の出汁を取る。鍋肌がクツクツして、完全に沸騰する前に昆布は取りだしてしまう。ここに醤油と酒を入れて一煮立ち。アルコールの匂いも程よく飛んで、醤油も馴染む。ただしここで濃い味にはしない。食材を入れて煮込んだ後で味見をして決めるんだ。


「既に美味そうな匂いがする」

「嗅ぎ慣れない匂いだけれど、美味しそうね」


 クナルが隣でグルグルと唸り、エルフ達も期待の目をする。ちょっとプレッシャーだけれど、だからこそ失敗しにくい作り方をしているんだ。


 ある程度味が決まったら具材を投入してまた煮込む。完全に火が通らなくても大丈夫! これはご飯と一緒に炊き込むから。

 そう、俺が作っているのは鶏肉とキノコの炊き込みご飯。これは作り方が色々あるし、簡単なのだと洗った米に分量の水と調味料を入れ、上に具を乗せる方法。

 でも俺はそうじゃなく、先に全部を煮込んで味を調えた煮汁で作る方法をよく使う。一つに米がべちゃっとしにくいんだ。案外キノコは水分があって、それを計算に入れておかないと炊いた時にべちゃっとなる。絶対じゃないけれどね。

 あと、事前に味が決めやすいのもある。後で塩っぱかった、薄かったって事があまりない。水を入れずに煮汁で炊くから全体に味も行き渡るし。


 そんな事でまずは煮込んで、程よいところで味を調えたら火から下ろして具材を取り分けて冷ます。


 その間におかずとして猪肉の肉じゃがを作る!

 芋は適当に乱切りにして、猪肉は薄切りに。玉ねぎ、人参も準備してから肉を三分の一くらい先に焼く。焼き色がしっかりつくくらいね。ここに芋と玉ねぎ人参も。馴染んだら残りの肉を被せるようにして乗せて、水と砂糖と酒を投入してまずは煮込む。

 甘みは最初に入れないと入らないからね。


「マサ、冷めたみたいだぞ」

「ありがとう!」


 煮汁が冷めたら米をそれぞれ鍋に移して、そこに煮汁を投入。水加減は米を平らにした所に指を入れて、大体中指の第一関節くらいまで。手の大きさによるけれど、俺はそんなに指長くないから炊き込みご飯ならこのくらいで。

 これに具材を均等に上に乗せて、後は炊いていくだけだ。


「鍋の蓋がぶくぶくしたり、グツグツ沸騰した音がしたらそのまま二分程同じ火加減で。その後は少し火を弱めてください」

「はーい」


 鍋番が各鍋に一人ずつ。そして耳の良いクナルもついてくれた。


 肉じゃがもこのまま少し煮込んでいくから、次は豚汁だ。


 こちらもジャガイモ、大根、人参、猪肉と玉ねぎを投入。グツグツ煮込んでいく。


「こちらは出汁を使わないのかい?」


 見ていたリンデンが疑問そうにするのに、俺は笑顔で頷いた。


「野菜と肉からの旨味で十分ですし、味噌で味を調えるので」

「似たような具材なのに違うんだね」


 だからこそ、それぞれの味わいがあるんだよな。


 米の方は少し気を遣う。全自動でやれた炊飯器の偉大さが分かるよ。

 でも鍋で丁寧に炊いたご飯は程よくお焦げも出来て美味しい。一度鍋の中の水分量を見るのに蓋を開けた時、広がったキノコと肉、そして醤油の匂いは犯罪級の美味さがあった。


「食いたい!」

「まだ!」


 今にも飛びつきそうなクナルを制して中を確認。よく炊けていると思う。火を止めて蓋をしたまま少し蒸らす間に肉じゃがには醤油を少々。豚汁も芋に火が通れば後は味噌を溶くだけだ。


「よし、完成!」


 鶏とキノコの炊き込みご飯、肉じゃが、豚汁。どれも美味しく出来た。


 これも昨日と同じで町の人にも振る舞われた。勿論、明日の非常食用に炊き込みご飯はおにぎりにして抗菌作用のある葉に包んだ。笹の葉のお弁当とかって、なんか憧れるよな。

 肉じゃがも保存用の容器に。豚汁も小さな鍋に移して俺のマジックバッグにしまった。時間経過がないっていうの、本当に助かる。


「うまぁぁぁ!」


 かき込むように炊き込みご飯を食べるルルララ様が大きな声に笑顔で言う。アルも少し驚いた感じだ。


「アル、直ぐに東国の千姫に連絡して、米の輸入を検討しておくれ」

「はい」

「トモマサ、どれも大変美味だぞ!」

「ありがとうございます」


 給仕をする俺にルルララ様はニコニコで伝えてくれる。その笑顔が無邪気で、俺は凄く嬉しくなった。


「本当に美味しいな。なんだか第二に戻りたくなるよ」

「戻ってくるか? 目も治ったんだし」


 同じくご飯と豚汁を啜るクナルに、リンデンは少しして首を横に振った。


「なんだ、勿体ないな」

「悪いな、クナル。でも私は魔道具師という道を見つけてしまった。私が作る物を喜んでくれる人の顔を見るのは、存外癖になる嬉しさがあるんだ」

「それ、俺分かりますよ」


 作った物を喜んでくれる人がいる。その笑顔を見られたら、少しくらいの疲れは吹き飛んでしまう。

 何かを作る人にとって何よりのご褒美なんだよな。


「そういうもんか」


 呟いたクナルは少し残念そうだったけれど、でも納得は出来るのか小さく笑っていた。


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