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9話 聖樹の森(7)

 一瞬、浄化を試してみようかとも思った。でもそれじゃ解決しないような気もする。そもそもの原因が分からないんじゃその場凌ぎだ。


 ルルララ様、アル、リンデンが暗い顔になる。

 だがパッと気を取り直したようにルルララ様が笑った。


「なに、直ぐにどうこうではない。これの原因を今から探ろうというのだ。それに、万が一の場合はルートヴィヒに相談しよう。少しくらい、場所を分けてくれるだろうさ」

「ルルララ様……」


 故郷を離れるのは、悲しいし寂しい事だ。思い入れのある場所なら、余計に。

 ふと、元の世界を思い出す。俺はもうあの場所には帰れないんだろうけれど、幸い唯一の肉親は一緒だから。それに、ここに居場所もある。俺の居る場所を作ってくれた人達がいる。

 俺を大事に思ってくれる、クナルがいる。


 ふと彼を見ると首を傾げられた。

 俺ね、クナル。クナルの気持ちを聞いてから本当に安心したんだ。ここに居ていいんだって、思えるんだ。


「どうした?」

「ううん、なんでもない」


 でもこれはまだ秘密で。少し恥ずかしいから。


 何にしてもひとまずやる事は決まっている。偵察隊が戻ってきて報告を聞いた後で、俺達が動く。行方不明のリンデンの兄を探すのが第一だ。


 と、その前に宴に招かれた俺達はそこで沢山の猪料理を振る舞われた。

 こんがりと炭火で焼かれたリブステーキ。聖女が伝えたぼたん鍋。上手く処理されて臭みもなく、とても美味しく頂く事ができた。



 そうして歓迎された翌日、俺とクナルは早いうちにルルララ様に呼ばれ、偵察の結果を聞くこととなった。


「え? 予定していた神殿には何もなかったんですか?」


 予想外の事に俺が声をあげると、ルルララ様も困ったように頷いた。


「それどころか、途中大きな戦いがあった痕跡もなかったそうだ。時間が経っていようと、地表が抉れたり周囲の木々が大きく損傷すれば分かるからな」

「そうですね……」


 でも、それなら何が? 目的地に到着もしていなくて、争った形跡もないなんて。


「攫われた……とか?」


 何気なく俺はそう呟いていた。

 でも誰が何の目的で? しかも複数人だし。

 だが俺のこの発言が一番しっくりきたのだろう。ルルララ様とリンデンはハッとして頷いた。


「妖精の神隠しか」

「え?」


 神隠しって……日本っぽいな。なんて思っていると、彼らの中では合点がいったらしい。しきりに頷いている。


「滅多にある事ではないが、今は緊急事態。あり得るか」

「あの、神隠しなんですか?」


 問うと、ルルララ様は腕を組んで首を傾げながらも一応は頷いた。


「可能性はある。とはいえ、本当に稀な事例ではある」

「どのような事でしょう、ルルララ様」


 真剣な声のクナルに、彼女は頷いた。


「妖精は気まぐれに人を攫うそうだ。気に入られて魅入られた者や、逆にもの凄く嫌われて排除された者。何かの警告や、意味があると言われておるが……妖精のする事だからな、分からん事が多い。奴等は我々でもつかみ所がないんだ」


 話によれば悪戯が好きで、姿が見えないからとあれこれする。いい事もあれば悪い事も。ただ、大抵は悪戯の範囲である。怒らせなければそう酷い事もないそうだ。


「ってことは、今回は相当怒らせたか、全員が見初められたかなのか?」

「森神様に何かあり、こちらに警告を発している可能性もある。現在何故か妖精女王と連絡が取れないしな」

「普段は取れているんですか!」


 思わぬ事に声を上げると、彼女はケロッとした顔で「そうだぞ」と言う。


「代々長を務める者と妖精女王は契約を結び、互いの声を届ける事ができる。故にこちらが森の奥へ入らなくとも良いし、あちらも無理に我等と接触せずとも良い。互いに益のある関係なのだが、今はそれが使えない」

「だから奥地へと調査隊を出されたのですか」


 リンデンも納得がいったらしく、頷いている。

 だがそうなると、昨日行った捜索隊が無事だったのは?


「事を大事にする意志があちらにはないんだろうな」

「え?」

「最初の調査隊は捕らえたが、捜索隊の方は見逃した。被害が大きくなればエルフも黙ってはいられないだろう。だが、まだ用件を果たしてはいないから行方不明の者は帰ってきていない」

「そうさな、ある事だ」

「それなら昨日の人に用件を伝えればよかったのに」


 そうすれば解決したはずだ。


「……何か、資質や資格のようなものを持つ人物を探しているのでは? 重要案件過ぎて半端な者には伝えられないとか」

「ありえるな。おそらくセレンがいたから捕らえられたのだろう。奴は次のエルフの王となるだろうから、高い魔力を秘めている。それを感知したのやもしれん」

「……え?」


 次のエルフの王様?

 リンデンを見たら口をあんぐりと開けていた。黙っていれば美形エルフだけに、そういう顔はなんだか面白い。


「兄上が、次の王……」

「あれには資質があるからな。私もそろそろ歳だしなぁ」


 思い切り複雑そうな顔をするリンデンを、俺とクナルは気の毒な顔で見ていた。


「だが、何となく見えそうだ。すまないがリンデンとクナル、そしてトモマサは明日、奥の神殿を目指してくれないか。その準備を今からさせる」

「準備?」

「野宿をせねばならんからな。食事とか」

「あっ、それなら俺が作りたいんですけれど」


 おずおずと手を上げると、逆にルルララ様の目が光った。そして次には俺の手を両手で握った。


「お前さんの料理が食べられるのか!」

「え? あの、いいですけれど」

「頼む! ルートヴィヒめ、散々自慢したのだぞ。お前さんの料理は美味しいと。私は美味しい物を食べる事が何よりも好きなのだ!」

「あぁ、あの! そんなに期待しないでぇ!」


 俺の作るのは家庭料理なんだってばぁ!


 何にしても期待一杯の目を向けられ、俺は自分達の非常食を作るついでに、エルフの里の人々にも料理を振る舞う事になった。


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