「さてさて、今日は疲れただろう? 今宵は宴を催すのでな、大いに食べて休むとよいぞ。先程デカい猪も捕れたと聞いた。肉祭だ」
「エルフの方って、肉を食べるんですね」
思わず出た言葉だが、これにルルララ様が反応した。ニタリと笑い、次には玉座を下りて側まできた。
「んふふぅ、そうなのだよ。我等は肉を食べるのだ」
「え? はい」
「これにはかつてこの地に舞い降りた聖女の教えがあるのだが……聞きたい?」
「え! あぁ、はい」
聞きたいと言うよりは、話したいんだろうな……というのを、大人しく察した俺。アルは溜息をついて謁見の間の横の扉を開けてくれた。
そこは小さいながらも休憩できる部屋で、窓からは外の様子が見られる。ソファーとテーブルがあり、のんびり出来る感じがした。
お茶とジャムクッキーが出され、それを口に入れる。生の果物から作られたと分かるフレッシュな甘さと、まだほんのりと残る果肉感がとても美味しいものだ。
「美味しい!」
「ほほっ、そうだろう? 異世界で料理人だったお前さんでも、美味しいだろう?」
自慢げにクッキーを食べるルルララ様がなんだか可愛く思える。
「この森で取れた果物です」
「ここでは基本は自給自足。足りない物は買い付けに行っているんだ」
「うむ。麦などがあまり取れないからな」
「それは何故ですか?」
「場所がないのよ。農業は敷地を開かねばならないだろ? あまり森を切り開く事はしたくないし、現状それをせずとも買い付ければ良い。それくらいの資金は用意できるしな」
確かに、麦や米は場所を沢山使う。その分森を切り開くのは、森林破壊になるんだ。
「それで、聖女の話でしたね?」
同じくクッキーを食べたクナルが促す。それに、ルルララ様は満足そうな顔をした。
「うむ。かれこれ二千年程前の話なのだがな」
「二千年……」
流石長命なエルフ。まるで数年前みたいなノリで話し始めた。
「この頃のエルフは菜食主義で肉は食わなかった。だが、主に女人を中心に奇病が流行ってな」
「奇病?」
「目眩を起こす者が頻発し、出生率も下がった。全体的に活気もなくてな」
それって、肉を食べない事で鉄分が不足したりしたからじゃないかな?
肉じゃなくても鉄分は補える。大豆なんかにも多く含まれる。けれどそうした食材を食べずに肉まで避けてしまうと、当然鉄不足になって貧血を起こすんだ。
加えて出生率となると亜鉛の不足も考えられる。これも肉に多く含まれている。
「そこで、我等は聖女召喚を行い見事異世界より一人の聖女を招いたのだが……これが伝説級の女人でな」
「ほぉ?」
「何でも山で猟を行っている娘だったらしい。それで我等の伝統的な料理を出したら青筋を立ててな? 『野菜ばっかじゃねーか! 肉食え肉! こんなんだから青白い顔してヒョロヒョロでバタバタ倒れんだよ!』と言ってあっという間に魔物を狩って捌きだしてな。それをエルフ共の口に放り込んだのよ」
「ひえぇぇ」
なんて豪快な女性だろう。言いたい事は分かるけれど、俺にはその行動力はない。しかも魔物狩ったって。強い聖女だったんだな。
「最初は血が穢れるだのなんだの言っていたエルフも、肉を食べるようになって体調が回復し、出生率も上がっていった。それ以来、我等は魔物を狩ってその肉を食い、聖女の心意気を汲んで外にも出るようになったのだ」
「この里の有名な開国伝説だよ」
リンデンは苦笑している。確かにエルフを救った偉大な聖女だ。
でも、そうなるとどうして今回聖女を召喚しなかったんだろう。
「あの」
「ん?」
「今回のこの事態で、聖女を召喚しなかったのはどうしてなんですか?」
俺の純粋な質問に、ルルララ様とアルは顔を見合わせる。そうして一変、真面目な顔をした。
「十年前に失敗しておるのよ」
「え?」
「聖女召喚に失敗し、まだ新たな召喚に必要な力が溜まっておらぬのだ」
「失敗する事ってあるんですか!」
それは想像していなかった。なんか、行えば成功するんだとばかり。
だがこれにはクナルも難しい顔をする。事実なんだろう。
「我等は一時は女神神殿を受け入れたのだがな、何かにつけて寄進だのなんだの言うのが煩わしくなって抜けたのだ。それが十五年前。その後、森の魔物が増えて困り聖女を召喚しようとしたが失敗してしまった」
「この時はベセクレイド王国の騎士と、ドラゴニュートによって事なきを得ました。ですがそれから聖女召喚の力を溜める魔石に祈りの力が溜まらず、今も召喚が行えない状況にあります」
「そんな」
また女神神殿だ。殿下も警戒しているその組織がやはり怪しく思えてくる。そもそも、何かにつけて寄進だお布施だって、宗教詐欺みたいだ。
「我等エルフは元々、森神様を奉っていた。勿論女神の存在も敬ってはいるがな」
「森神様ですか」
「うむ。この森の奥に住んでいると言われているが、見た者はない。妖精女王が世話をしているそうで、エルフでも不用意に近づけぬ」
「調査隊は森の奥地を目指したと聞きます、陛下。何故そのような所に」
「聖樹に異変があり、もしや森神様に何かあったかと、妖精女王へ話を聞く予定で行ったのだ」
俺は辺りを見回す。異変ありと言うけれど、あまりそのような感じは受けない。ここは今も清浄な空気に満ちている。
「異変とは、具体的にはどのような?」
「花の数が極端に減ったのよ。しかも、蕾まで付けたものが落ちておる。こんな事、過去一度もないことじゃ」
これにクナルは目を丸くしている。当の俺はその危機感があまり伝わっていないんだけれど。
「えっと……」
「聖樹の実は上級ポーションを作るには欠かせないもので、この聖樹の森にしかない。欠損ほどの怪我や命に関わる外傷は上級ポーションでなければ治せないんだ」
「大変だ!」
ようやく俺にも事の重大さが分かった。そんな大切な薬が、このままじゃ作れなくなるんだ。
「それだけじゃないよ。聖樹がこの里と森を守っている。花が落ちるなんて異常事態、枯れてしまったら里と森は一気に魔物と瘴気の餌食となってしまう」
「え!」
「聖樹の結界があって初めて、この里は成り立っておるのよ。もしも聖樹が枯れれば、私達エルフはこの森を捨てて何処かに場所を移さねばならんだろうな」
「そんな……」
そんな大変な事になっているなんて。