三十分休憩して、更に二時間。へばる俺を半ば抱えるようにしたクナルに連れられて、俺は大きな木の近くまでようやく到着した。
「わ……ぁぁぁ」
思わず溜息のような声が出てしまうほど、壮観な景色だった。
突如開けたそこに並ぶ可愛らしい家々。白壁に赤い屋根が多く見られて、建物自体も高くて二階建て。多くが一階建てだ。
舗装はされていないが慣らした道が真っ直ぐに聖樹と呼ばれる巨大な樹木へと通じている。
その聖樹の周囲は木で出来た柱や階段、外通路があり、木々の所々には窓枠がついている。そもそも道の先にも大きな階段と城門があるのだ。
「聖樹に住んでるの!」
「王城だよ」
「木、大丈夫なんですか!」
「大丈夫だよ」
木の中に住んでいる……ツリーハウス? くり抜いて部屋を作ってるってことになる? 確かに直径何メートルだろう? と思える大きさがあるけれど。
「おい、リンデンじゃないか!」
不意に声がかかり、そちらを見るとリンデンと同じくらいに見える門番が笑顔で近付いてくる。リンデンも親しげに声をかけた。
「ソーマか!」
「おう! 久しぶりだな。何十年ぶりだ?」
「十年ぶりくらいだろ? 大げさだな」
「外出てまったく帰らないんだもんよ。セレン様も気にしてたぞ」
そう言いながら、ソーマと呼ばれた角刈りの青年は少し表情を落とす。リンデンも何処か複雑な様子だ。
「悪い、ついな。セレン様の捜索の為に帰ってきたんだろ? ルルララ様から聞いてる」
「あぁ。本当に兄は戻ってきていないのか?」
「あぁ。他に四人連れて行ったが、誰も戻ってきていない」
「そうか……」
俯いたリンデンを気遣うように、ソーマは肩を叩く。俺にも、そのセレンという人がリンデンの兄であるのが察せられた。
ふとソーマの顔が上がって、俺とクナルを見る。ドキリとして、でも直ぐに屈託のない笑顔で迎えられた。
「獣人国からのお客人だな。ルルララ様より話は聞いている。歓迎するぜ」
「ベセクレイド王国第二騎士団のクナルだ。世話になる」
「智雅といいます。呼びやすいよう、マサで大丈夫です」
「遠路はるばる良く来てくれた。とりあえずルルララ様の元へ案内するよ」
そう言って、ソーマはもう一人の門番に声をかけて大きな道を先導していった。
賑やかな大通りには店が多い。食材を売る店、薬を売る店、飲食店に宿屋にとあれこれだ。
「賑やかですね」
「国の大通りだからな。それに今は秋の実りが店に並ぶんだ」
エルフは何を食べるんだろう。見た感じだと野菜が多いし、俺のイメージとしても菜食な感じがある。人嫌い……は、ないな。
「おーい! デカい獲物が捕れたぞ!」
「おっ!」
大きな通りが交わる噴水広場の辺りで声が聞こえ、そちらを見た俺は目を丸くする。男女混合の一団が何か大きな魔物を荷車に乗せて運んでくる。声はその先頭にいる男性のものだった。
「おっ! デビルボアじゃないか!」
「今日はご馳走になりそうだな」
体長が二メートル近くありそうな立派な牙を持つ魔物が噴水広場に到着すると、それに今度は刃物やノコギリを持った人が集まってきた。
「解体だな」
「解体って、ノコギリも使うんだ……」
でも確かに解体なんだろう。毛皮に切れ込みが入れられ、そこからあれこれと処理が始まっている。女性達は魔法を使って補助しているのかな?
「マサは解体は初めて見るだろ。平気か?」
「まぁ、自分でも少しやったことあるし」
「……ん?」
「元の世界でね、魔物じゃないけれど。俺の調理実習の先生がジビエが好きでさ、撃ちに行ったりもしてたんだ。それに付き合わされて解体した事があるよ」
鹿や猪の猟に同行して、仕留めた獲物を解体していた。もの凄く力仕事でコツもいるけれど、おかげで耐性は付いた感じだ。
「逞しいんだね、マサは」
「食べられるものは美味しく食べる方がいいよ」
「色々と逞しい」
リンデンやクナルに「逞しい」なんて言われてもなんか素直に喜べないけれど。でもまぁ、料理人としての幅は広い方がいいしね! という事にしておいた。
こんな事で足を止めてしまったけれど、改めて城へと到着した。
ここから先は城の門番が案内してくれて、俺はいよいよ聖樹の中へと入った。
「わぁ……」
広がる世界のあり得なさに口が開きっぱなしになってしまう。
中央はくり抜かれたように空洞になり、壁に沿って螺旋階段が作られている。その所々にフロアがあり、扉がある感じだ。
木の中だっていうのに明るく温かい日差しが降り注いでいて、言われなければ場所を忘れてしまいそうな圧倒的癒し空間になっている。
「これで木は生きてるのか?」
「聖樹はそもそも普通の木とは違って、魔力を糧にして生きているからね。むしろ私達がこの中で生活して、魔法を使ったり祈ったりする方が活性化するんだ」
「水とかいらないって事ですか?」
「まったく不要ではないけれど、このくらいの居住空間を取っても問題無いくらい少なくていいんだ」
不思議な生態をしている。これぞ異世界な感じだ。
城門を入って正面にある大きな観音開きの扉は装飾が凝っていてとても大きい。直ぐに大事な場所だと分かる様子だ。
その扉を押し開けた先は広い広間になっていて天井も高く、柱とレリーフと青々とした葉や白い花が綺麗な場所だった。
そしてその先にある一段高い椅子に、ルルララ様が座っていた。
「良く来てくれた、聖人トモマサ」
「あっ、こちらこそ歓迎していただき、ありがとうございます」
鷹揚とした感じで言われ、俺は恐縮して立ち止まりちょこんと頭を下げる。でもなんか、もの凄く決まらない。情けなくて恥ずかしい思いをしていると、ルルララ様の大きな笑い声が聞こえた。
「よいよい、改まって。お前さん、似合わんねぇ」
「えっと! あの」
「くひひひひひっ、初ものさ。なーに、こちらが困って呼び立てたんだ。そう硬くなりなさんな」
相変わらず豪快な感じだ。
だが側についている女性は溜息をつく。長い金髪をきっちりと結い上げ、眼鏡をかけたスレンダーな女性は一歩前に出てきっちりと会釈をした。
「遠路はるばるお越し頂き、ありがとうございます。私、女王補佐を行っておりますアルマニーラと申します。アルとお呼び下さい」
「智雅です。マサで構いません」
「クナルだ」
短く名乗ると彼女は確かに頷く。そして傍らのリンデンを見た。
「リンデンも、急な事ですまなかった。セレン殿の事、心配だろうがしばし待ってもらいたい。今日にも捜索の者が戻る手はずだ」
「いえ、アルマ様。お気遣いを頂き、ありがとうございます」
深く礼をしたリンデンの表情は晴れない。それを、アルが真っ直ぐに見て頷いた。