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9話 聖樹の森(14)

 これで少しは動きが鈍くなったかと思ったが、そうじゃなかった。確かに根の方は動きが鈍くなる。けれどその分枝の方は激しく抵抗するように振り回される。

 更には裂けた口の辺りから何かゴニョゴニョと聞こえてきた。


「魔法がきます!」


 慌てた声に俺も身構えた。その先で、エルダートレントは魔法によって生やした幾つもの枝を高速で突き出してくる。その数は一気に数十本。避けきれなかった人が傷を負って倒れてしまう。


「核を探さないとどうにもならないぞ」

「それって何処にあるの?」

「分からないのです。リンデンが額などを炎で攻撃しましたが、効果がなくて」


 まずはあの黒いの、引き剥がさないと。

 スッと息を吸って、俺はまた掃除機をイメージする。リヴァイアサンで上手く行ったあの方法だ。片手を前にして、スイッチオン!


「いっけぇぇ!」


 確かに手で周囲の穢れを吸い取っている感じはある。でも、以前と違う。前はボロボロ崩れて吸い込まれたのに、上手く吸い込めていない。

 まるで、この木自体があの素材でできているような……。


「ギギャ」


 エルダートレントと目が合った瞬間、確かにニタリと笑った気がした。


「!」


 何か、凄い悪意を感じる。リヴァイアサンには躊躇いがあった。苦しんでいた。でもこいつからは悪意がある。こちらを食おうという悪意が。

 もしかして、神獣とは関係がないんじゃないか?


 そんな事を考えていたから、俺は分からなかった。

 足元の土が僅かに盛り上がり、細い根が足に絡みつくまで。


「!」


 グンッ! と強い力で足首が引っ張られて俺は思いきりコケた。強かに背中を打って呻く間に車並の速度で引っ張られていく。


「マサ!」


 クナルが俺の手を掴んで引くがどうすることも出来ない。


「クナル、離して!」


 このままじゃクナルまで!


 俺は怖くなってクナルの手が離れるように動いた。クナルは凄く怒った顔をして……離れた瞬間、泣きそうな顔をした。


『キュイ!』

「キュイ!」


 引きずられ、エルダートレントの裂けた口の中に放り込まれる間際、俺の体にキュイが乗っかって一緒についてくる。乱暴に丸呑みにされた俺はそのまま滑り台でも滑るように落ちていく。

 そして、気を失ってしまった。


§


 目の前がぼやっとする。それでも徐々に覚醒してきて辺りを見て、俺は直ぐにこれが夢の世界だと分かった。

 辺りは薄らと霧がかかったように白くぼやけていたけれど、空気が綺麗で何となく落ち着いていられる。

 けれどこれまでの夢とは違い、ここには地面がある。俺は確かに硬いところに腰を下ろしていた。


『気がついたか』


 声がしてそちらを見て、俺は何だか凄く驚いた。

 そこに立っていたのは一人の獣人だった。腰につきそうな銀の髪に銀色の狼の耳、そして尻尾。体格はよく、肩幅もあるその人は澄んだ青い目を俺に向けている。


『メリノ様の使徒殿、でいいか?』

「え? あぁ、はい。相沢智雅です」

『シムルドだ。森や平原を任された天狼だ』


 やっぱり神獣だ! でも、それならどうしてあんな殺気を? 完全に意識を乗っ取られてしまったのなら、こうして話せてもいないだろうし。

 疑問だらけで見つめると、彼は苦笑して頷いた。


『この魔物は俺が変じたわけではない。俺は……飲み込まれたんだ』

「飲み込まれた!」


 それはどういう……え? 食べられたってこと!


「あの、食べられたんですか!」

『結果はそうなのだが……違う』

「え?」

『……俺はタウス様の呪いを受けた後、この森で静かに暮らしていた。聖樹を育て、妖精やエルフと共に。聖樹の浄化作用の届く場所であれば呪いの進行も多少遅らせる事ができる。守護者として少しでもこの世界を守る事を、俺は選んでいた。だが……』


 途端、精悍な顔に暗い影が落ちる。悔しげに寄る眉根に深い皺が刻まれた。


『大分弱ってはいた。眠る時間も長かった。そのせいで何者かの接近を許し、拘束されてしまったのだ』


 苛立たしげにグッと奥歯を噛むシムルドの口から大きな犬歯が見える。唸り声を上げそうな彼は当時を思い出すのか、若干殺気まで出していて俺はちょっと怯えた。


「あの、その時に何か」

『種を飲まされた』

「種?」

『エルダートレントの種だ』

「……え」


 それは……じゃあ、今も?


 ゾワッとしたものが全身を駆ける。魔物の種を飲まされたこの人が今もこの中に囚われている。しかも木はこんなに育っている。腹の中で芽が出たってこと!

 青ざめる俺を見て、シムルドは静かに頷く。悲しく、己の事を諦めた顔だ。


『使徒殿、止めてくれ』

「なに、を」

『エルダートレントだ。止めてくれる誰かを待って、ギリギリ命を繋いできた。間に合って良かった』

「でも!」


 どうやって。


 焦る俺を尻目に、シムルドは苦笑する。それがあまりに悲しげで、俺は次の言葉を飲み込んでしまった。


『俺の中に核がある。それを破壊すればかなり弱るだろう。そうなれば外にいる者でも討伐はできる』

「貴方は!」

『俺はいい……悔しいがな』


 耳はへちょんと倒れ、尻尾は完全に下がってしまう。それでも表情は強くあろうとしている。

 助けたい。そう、強く思った。


『エルダートレントは肉は食わない。獲物を体内にいれ、惑わせながら捕らえ、魔力を吸収する。その前に結界を張って防げ』

「分かりました」

『案内を向かわせる。俺のいる所まで来てくれ』


 それだけを残し、シムルドは消える。俺の意識も覚醒するのか、夢の中で眠気を感じる。そうして徐々に、俺の意識は沈んだ。


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