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9話 聖樹の森(15)

§


 目が覚めたのは木で出来た狭い空間だった。人一人が立ち上がったらもう終わりという感じだ。多分デレクくらい大柄だと肩がぶつかるんじゃないか?


『キュイ』

「キュイ」


 心配するように俺の側でキュイが鳴く。見れば俺の周りには細い枝みたいなものが散らばっていた。


「キュイ、俺の事守ってくれてたのか?」

『キュイィ!』


 頼もしい鳴き声に俺は微笑んで小さな頭を撫でる。キュイがいなかったら、俺はとっくに取り込まれていたかもしれない。

 けれど、ここから先はそう簡単にはいかせない! まずは結界を張ろう!


 とっ、意気込んではみたけれど……どう張ればいいんだ?

 首を傾げ、イメージしてみる。なんかこう、透明な膜みたいな……ドームみたいな? でもドームだと足元からこられたら防げないし。いっそ、球体に入る方が安全か。


 そこまで思った時、俺の脳裏にとあるアクティビティ映像が思い浮かんだ。

 水の上に空気を入れた透明なボールみたいなものを浮かべて、それに人が入って水の上を歩いたり跳ねたりするのをテレビで見た。星那が「面白そう」と食いついていたんだ。

 よし、あれだ!


 俺は頭の中であの透明なボールを思い浮かべながら魔力を出してみる。球体で、俺はそれにすっぽり入る。歩くと進むんだ。

 襲ってくるのは木の根みたいな感じだから、物理だよな? 物理を完全遮断すればいいのか? でも心配だから魔法的なものも防いでおこう。

 目に見えないけれど金色の魔力が俺の周りに幕を張る。手で押してみると一定の所でぽにょ~んと跳ね返してきた。


「よし!」


 結界も出来た。目の前には下へと続く階段が…………階段?


「うわ! まずい!」


 言ったそばから焦った俺は足を滑らせ、そのまま階段をボヨンボヨン弾みながら転がり落ちていく。イメージしたものが柔らかい素材だから中でバウンドしても痛くないけれど、そのかわり上も下も右も左も分からないくらい弾みながら落ちていく。階段からゴムボール落としたらこんなだよな!

 ボフンボフンしながら転がり落ちる俺はかなり落下して、最後に平らな場所に着地した。


「いて!」


 そのタイミングで結界が消えたから、最後は軽く投げ出されて地面に落ちた。なんか、初めてこの世界に召喚された時を思い出す。


 軽く体を打ち付けた俺が立ち上がって辺りを見回すと、そこはそんなに広くないワンフロア。太い木の根が入り組んでいて、脈打つみたいで気持ち悪い。

 その中央には木の根が集まった瘤みたいなものがあった。

 そのすぐ脇に白くぼやけた狼が座っていて、俺をジッと見つめてくる。


「もしかして、これが……」


 シムルドが囚われている場所?


「待って、でもこれ」


 どうやって突破したらいいんだよ!


 警戒しながら近付いて、根に触れてみる。硬く頑丈なそれは俺如きの力じゃどうしようもない。


『キュ!』

「わ!」


 警戒したキュイが鳴いて攻撃をしている。その先には細い根があって、俺を串刺しにしようとしていた。


「これに触ったからか!」


 やっぱりこの中にシムルドがいる! でも、俺じゃ引きちぎるとか無理だし、触ったら攻撃される。

 考えろ、考えろ! 木とか草を弱らせればいいんだ。燃やす……は、中のシムルドもアウトだし。凍らせる……って、余計にカチンコチンになりそうだ!


「……あ」


 ここで俺は閃いた。別に魔法じゃなくていい。それに、今の状況ではうってつけの方法がある。

 自分の中の魔力を感じて、それを放出する。けれどただ魔力を放出するんじゃない。植物を弱らせるには根を弱らせる。あっちの世界なら除草剤だ!

 案の定エルダートレントはダダ漏れの俺の魔力を吸い上げている。俺はその魔力に除草剤をイメージしている。強力な薬剤で雑草も簡単に駆逐する。庭木の近くで使ったら木だって弱っていく強力なやつだ!


 ここからは根気比べ! と、思っていた。

 でも思ったよりも早く周囲の根が蠢き、苦しげにする。手を引っ込めるがごとく俺に向かってきてきた根が引っ込んで、更にその動きは遅くなった。


「よし!」


 俺は満を持して瘤に触れ、手から除草剤魔力を送り込みながら根を引いた。すると不思議とブチブチ千切れていく。手で根を掴み、引っ張って千切って更に。手は傷ついたし爪も痛々しいけれどこの手は止めない!

 やがて俺の目に、銀色の尾が見えた。


「!」


 確信して、俺はそれを引っ張る。除草剤魔力をもっと強くすると抱き込むようだった根がブチブチ切れて白銀の体がずるりと落ちてくる。引いて、枯らして。


「うんぐぅぅぅぅぅぅ!」


 力一杯引いた、その時。ズルンと瘤からその巨体がずり落ちてくる。地面に横たわったのは体長二メートルにはなりそうな立派な狼だった。

 けれどその体は動かない。目も開かない。それどころか体の至る所に穴が開き、そこから植物が生えてくる。

 それでもまだ生きていた。微かな息をする狼に、俺は強く声をかけた。


「シムルドさん!」


 俺の呼びかけに僅かに目が開く。深く青い瞳が俺を見て、嬉しげに細められた。


『俺を殺せ』

「でも!」

『今力尽きたら、核が俺の魔力を吸い尽くして成長する……その前に核を』


 でも、そんな事をしたら死ぬんじゃ……。

 俺の鑑定眼は見抜いていた。エルダートレントの核はシムルドの心臓の辺りにあるんだ。


『智雅』

「っ」


 何か、方法は。核を破壊して、シムルドを助ける方法はないのかよ。

 分かってるよ、そんな場合じゃないって。でも、だって! こんな死に方あんまりじゃないか!


『無理すれば助けられるわよ』

「!」


 突如頭の中に声が響く。この緊迫した状況に似合わない明るい声だ。


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