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9話 聖樹の森(16)

「女神様!」


 これぞ天の助けと言わんばかりに俺は呼んだ。すると頭の中で彼女が驚いたのが分かった。この感覚、凄く不思議なんだよな。


「助けるにはどうしたらいいですか!」


 率直に聞く俺。その俺に、女神はとても簡単に言ってのけた。


『一度殺して色々除去した後で蘇生させればいいのよ』

「え……」


 蘇生……一度、殺す?


 冷たい汗が背中を伝い、俺はシムルドを見た。弱っていて、死んでしまいそうだけれど今はまだ生きていて……それを、殺す。

 意識したら震えてしまう。確かに生きてる魚を締める事はある。そうじゃなくても肉を食うんだ。命を頂いている事に変わりはない。

 それでもこんなに大きくて……話もした相手を殺す事に何の感情もないなんて事は無理で……俺は、甘くて。


『マサ』

「…………っ」


 それでも、俺がやらないといけないんだ。ここには俺だけで、他には誰もいない。核を壊さないとどっちにしてもシムルドは死んで、核は残っている力を吸い上げてしまって余計に大変な事になって、そうしたら外にいるクナルやリンデンも危なくて。


 俺はマジックバッグの中から調理用の包丁を出した。野宿もするから持ってきていた。それを握って……ブルブル震える。息が「フーフー」と荒くなって、頭も少し痛い気がして……でも。


『すまない、智雅』

「っ!」


 グッと奥歯を噛みしめ、落ちた涙もそのままに俺は大きく包丁を振り上げ核のある場所を見据えた。そうして振り下ろそうと覚悟を決めた時……俺の手は誰かに掴まれて、動かなかった。


「それは我の役目ぞ、智雅」

「あ……」


 その声に聞き覚えがある。振り向いた俺の後ろに、長い青い髪を結い上げた蒼旬が真面目な顔で立っていた。


『蒼旬、なのか』


 信じられないと目を丸くするシムルドを蒼旬が見つめ、頷く。そして傷つき汚れた銀の毛を優しく撫でた。


「我が友よ、随分な姿だ。楽にしてやろう」

『あぁ、頼む友よ。苦しくて……痛くてたまらないんだ』


 蒼旬の手に綺麗な装飾の剣が現れる。それを構えた彼は一瞬俺を見て、強く頷いた。

 剣は吸い込まれるようにシムルドの胸に埋まり、シムルドはカッと目を見開く。胸からジワリと血が流れ落ちて、痙攣した大きな体が辛そうで、俺は抱きついて痛くないようにと願う。金の光がふわっと包んで……後は静かに、シムルドは目を閉じた。


「グギョギョギョギョギョギョギョ!」

「わ!」


 直後、地面というよりは部屋の全部が大きく波打った。座っていたって関係なくひっくり返りそうになる。シムルドの体を抱えた俺はギュッと目を閉じてこれに耐えるしかない。

 けれど蒼旬は凄く怖い顔をした。


『氷窟!』


 鋭い声が響き、床も壁も天井も氷が覆い一瞬で凍結していく。氷柱が下がり、辺りは強制的に固められたみたいに動かなくなったのに、俺は寒さを感じなかった。


 蒼旬が近付いて、剣を引き抜く。そしてその差し口に何故か腕を突っ込んだ。


「なっ、何してんの!」

「ん? これを取り出さねばならないだろう」


 突っ込んだ腕が引き抜かれ、赤く濡れた手を開く。そこには五センチ程の丸いものがあり、ひび割れていた。


「これは」

「こいつの核であり、種だ。これが体内に残ったまま蘇生させれば種も蘇生するからな」


 そう言ってもう一度握り込んだ時、種は蒼旬の手の中で凍り付いて完全に砕けてしまった。


「さあ、時間が惜しい。まずは異物を除去せねばならん」

「うん!」


 そうだ、ここからは俺がやるんだ。

 核を失っても体の中に根を張った植物はまだ生きている。俺はそこに除草剤魔力を流し込んで枯らし、ブチブチ抜く。その間に蒼旬は首元に刺さっていた杭を抜いた。黒い水晶のようなそれは、案外あっけなく抜けてしまった。


「簡単に抜けましたね」

「宿主が死んだからだろうな」

「……ですか」


 今はまだ、僅かに温かい。そんな体に触れて……俺は女神に声をかけた。


(準備できました!)

『そうね』


 俺の中だけに女神の声は聞こえる。心の中で声をかけた俺に、女神は頷いて指示を出し始めた。


『まずは損傷の回復から。治れって思いながら体に魔力を流してみて』

(はい!)


 紫釉の所でやったから、何となくイメージはしやすくなった。深呼吸して、ゆっくりと魔力を流していく。傷ついた所を繋ぎ合わせるように。


「傷が癒える」


 蒼旬が驚きと共に嬉しそうな声で言う。俺は……結構必死だった。

 それというのも魔力が思うように通らないんだ。抵抗がつよいっていうか。


(なんでっ)

『相手は神獣だもの。魔力の質が違うから抵抗されるのよ』

(魔力の、質?)


 そんなの考えたことない。そもそも他の人はこんなの感じてない。


『それは貴方の方が圧倒的に魔力が強いから。でも神獣となるとそうはいかないわ』

(どう、すればっ!)

『魔力を感じて、その波長に自分の魔力を同調させて流すのよ』


 同調?

 言われて深呼吸をして……俺は片方の手で体を撫でた。しっかりした硬い毛並み。それに触れていると何か伝わる。草木の匂いに……風の匂い……。

 これに、俺の魔力を合わせればいいのか? 匂いって……俺の魔力匂うのかな?

 思ってみるとどこからか石鹸の匂いがする。よく干した洗濯物の匂いとか。

 これを……フローラルな柔軟剤の香りに……。


 想像した。すると今までの抵抗が多少和らいだ。草の匂い……料理に使う大根とかの葉っぱとか?

 そういうものを想像していくと入りがいい。ってか、これでいいのかよ!


「智雅、大丈夫そうだ」


 我ながらなんて安直なと呆れていると、蒼旬が声をかけてくれる。そうして見てみるとシムルドの傷は全て綺麗に塞がっていた。鑑定眼で見ても大丈夫そうだ。

 それでも目を開ける事はない。息もしていないんだ。

 俺が、なんとかしないと。


(女神様、次はどうしたらいい?)

『後は簡単。その器がある程度満たされるまで魔力注ぎ込むの』

(……え?)


 魔力注ぎ込むのって、簡単に仰いますけれど!


『体の中に魂がまだあるじゃない? それが外に出ないように囲うように魔力を注いでいくといいわ』

(俺死ぬかも……)


 ここまででけっこう魔力を使っている。まだ大丈夫だと思うけれど軽い疲労感はあるんだ。


『頑張るしかないのよね』

(……わかりました)


 確かに頑張るしかない。そうだよな、頼れる相手はいないしな。

 ふと、クナルの顔が浮かぶ。彼なら助けて……ううん、一緒に頑張ってくれただろうかと。


 手で触れて、一度深呼吸。心を静めて、気持ちは大平原!


「いけ!」


 触れている手から魔力を注ぎ込んでいく。体の中にある輝きを囲むようにしながら注いでいく。ごっそり力が抜けて、指先が震えた。


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