「智雅!」
心配そうに近付いて俺を支えてくれる蒼旬に、俺は笑みを向ける。その額から汗が流れ落ちた。
「大丈夫、だから」
本当は大丈夫なんて余裕ない。体の中で凄く色んなものを燃やしている。頑張ってひねり出して、息が乱れてちょっと頭が痛い。グルグル回るような目眩も始まってしまいそうだ。
それでもまだ……まだこの器は満たせていない。俺にも分かってきた、体が生き返ってくるの。止まっていた魔力が動き出して、それに引っ張られるみたいに血とかも動きだす。
「っ!」
一瞬グラッと大きく揺れた。体を支えられなかった俺を支えてくれた蒼旬が溜息をついている。そして、触れている所から温かな魔力を感じた。
「我のを分けよう。頑張れ、智雅」
「っ! はい!」
そうだ、頑張れ。俺は今一人じゃないだろ。
『キュイ!』
肩に乗ったキュイからも魔力を感じる。温かくて、応援されているみたいな気分だ。
「くっ! 頑張るぞぉぉぉぉぉ!」
そうだ、苦しい時こそ頑張れよ。負けたら立っていられない。母が死んだ時も頑張っただろう。寝る暇もなくて、目を開けたまま何度か意識が飛んだ事だってある。不安定な星那を落ち着かせて、店をして……その時だって頑張れたんだ!
俺の中の魔力が回る。一杯に燃やして力を作り出して、俺はシムルドへと注いだ。
そうして器が半分くらいになった所で急にシムルドの体が金色の光に覆われた。
「わぁ!」
突然の眩しさに手を離してしまう俺を後ろから支えた蒼旬の目が、徐々に見開かれていく。嬉しそうに。
俺も見た。光は少し小さくなったけれど、そこには一匹の狼がいる。美しい白銀の毛並みに、深く青い瞳の。
『智雅』
「シムルド……」
良かった、大丈夫だ。
思ったら力が抜ける。へらへら笑いながら沈む俺の側に若返ったシムルドが立って体を抱き上げてくれる。人型になったみたいだ。
「あ……」
「感謝する。蒼旬もありがとう」
「いいさ、友よ。其方が元気であれば退屈などしない。また、そのような日が戻ってくるとよいのだが」
「あぁ、約束しよう」
笑って蒼旬の姿は消える。手首の腕輪がほんの少し熱くなって、後は何事もなくなった。
「さて、智雅。色々と礼はしたいがこんな場所では落ち着かない。まずは出るぞ」
「出る?」
でも、出口なんて……。
思っていた俺は次に、辺りを震わす雷鳴を聞いた。
「え?」
お姫様抱っこの俺はそのままの状態でシムルドを見る。随分いい笑顔に青筋を浮かべた男を。
どんどん濃密になっていく雷の気配。肌が少しピリピリして、怯えたキュイは俺の腹の上に乗っている。雷光に雷鳴が空間一杯に広がっていく。
『サンダーボルト』
形と名を与えられた力がシムルドを中心に全方位へと放たれる。それは切り裂くような雷だった。根を一瞬で焼き切り、内側から吹き飛ばし破壊する。鼓膜が破れてしまいそうな轟音に身を縮ませた俺を強く抱きかかえたシムルドは、とても清々しい顔をしていた。
雷鳴が止む頃、俺の目に青々とした緑とその先にある青い空が見えた。周囲は雷に焼かれた無残な木の根があるばかりで、なんか随分暗い中に長くいた感じがして目がしばしばする。
「上へ行こう」
声をかけられ、直後にふわりと体に浮遊感を感じる。思わず首に抱きつくと、シムルドはおかしそうに笑った。
着地した、その先に立っていたのはクナルで……全身ボロボロだった。
「クナル」
モゾモゾ腕の中で動く俺を、シムルドは下ろしてくれた。ちゃんと立てるように下ろしてくれたのに俺の足は震えていて、上手く力が入らない。それでもクナルに向かって一歩踏み出そうとして、倒れた。
「っ!」
地面に体を打ち付ける。覚悟をしてギュッと目を閉じた俺の腕をクナルが掴んで引き寄せていた。服がボロボロだ。土と……血の臭いがする。汗の臭いも。
治してあげたいのに力が出ない。意識はあってもぼんやりとする俺の腰に腕が回って、しっかりと抱きしめられた。
「マサ!」
名を呼ぶ彼の目には一杯の涙が溜まっている。苦しそうで、悲しそうな顔を俺に向けてくる。
「クナル」
ごめん、俺のせいだよな。ちゃんと、謝らないと……。
思うのに体は沈む。瞼が重くて……安心したんだろうな。
「マサ! しっかりしろ!」
そんな声を聞いた後で、俺は疲れ果てて眠ってしまった。
§
夢も見ないような深い眠りから目が覚めた時、俺は知っている場所にいた。
エルフの里の一室だと思う。聖樹の部屋は素朴で、けれど気持ちのいい場所だ。
ぼんやりとしながら天井を見上げる俺の視界に大きな手が映り込む。その手は優しい動きで俺の頭を撫でた。
「起きたか」
「クナル?」
静かな声がする方へと視線を向けると、沈み込んだクナルがいる。それで直前の事を思い出した。
シムルドを蘇生させて、エルダートレントを内側から破壊して出られた事。クナルが、泣いていたこと。
「クナル」
「……どうして手を離した」
「え?」
静かに押し殺す声。そして次には俺の上にクナルが陣取っていた。凄く泣きそうな顔で。
「お前が死んだと……俺は、また守れないのかと」
「クナル……」
ごめん、と素直に言葉が浮かぶ。でも俺は、クナルを巻き込めないよ。
「ごめん、でも俺」
「お前に置いて逝かれるくらいなら、一緒に逝きたい」
「そんな、駄目だよ」
まだ上手く声が出ていない。手を伸ばして頬に触れて、髪を撫でた。その間に、俺の頬に涙が落ちてきた。
「好きな奴一人守れない情けない男なのかよ、俺は」
「違うよ、クナル。クナルは凄く強いよ。あれは俺の注意力が足りなかったんだ。クナルのせいじゃない」
そんな風に責めないで欲しい。クナルが力不足なんてある訳がないじゃないか。
それでもクナルは自分を責める。俺の上に被さるようにして身を寄せる、その背中を俺は何度も撫でた。
「もしさ、反対の立場ならクナルだって俺の手を離したと思うよ」
「それは!」
「……俺もさ、クナルの事が大事だよ。悲しい思いなんてさせたくない。でも、守りたいとも思うんだ。巻き込みたくなかったんだ」
分かってって、言うには少し卑怯な言い方だったけれど、伝わるかな。