俺の言葉にクナルはヘチョンとしょげたけれど、それ以上は言わなかった。背中を撫でている間にちょっと頭を擦りつけるようにする彼の頭も撫でて俺は笑う。
「そんな事されると、近所の猫を思い出すな」
「……はぁ?」
「!」
瞬間、もの凄くドスの利いた声がする。睨み上げる鋭い視線にタジタジの俺の肩を掴んで、今度は思い切り鋭い笑みを彼は浮かべた。
「どいつだ、その行儀のなってねぇ野良猫は」
「元の世界の話だよ!」
慌てた弁明に更に睨むクナルだが、俺の頭に鼻先を埋めた後でギュッと抱きしめてくる。ちょっと、ゴロゴロ喉を鳴らすような感じもあるんだよな。
「今は俺の匂いだけだな」
「恥ずかしいから止めて」
「こんぐらい許せよ。あの狼野郎の匂いもやっとしなくなった」
「狼?」
それって……。
「おうおう、随分と熱烈じゃないの」
「!」
戸口でした声に俺はビクッ! としてクナルを脇に避ける。それにクナルは更に怒ったけれど、今は羞恥心の方が上だ。
そんな俺達を見てシムルドは腕を組んだまま笑っている。そうしてゆっくりと近付いてきた。
「なんだ、まだ番じゃないのか。その坊主が随分威嚇するもんだから、てっきりもう」
「違うよ!」
「マサ!」
恥ずかしくて思いきり否定すると、今度はクナルが凹む。ヘチョンと耳まで下がってしまった。
「おいおい、流石にそんなに否定しちゃ坊主が可哀想だろ。照れ隠しも程々にしてやんねーと、臍曲げるぜ」
「うぅ……ごめん、クナル」
謝って頭を撫でる俺に更に頭を擦り寄せるクナル。それを見て笑うシムルド。ほんと、勘弁してくれよぉ。
「で、何しに来たんだ」
ようやく落ち着いたのか、クナルがシムルドに問いかける。目はまだジトッとしているけれど。
でもシムルドの方はあまり気にした様子もなく普通に接してくれた。
「幾つか用事があってな。森に帰る前に済ませたかったんだ」
「用事?」
俺の問いかけに頷いたシムルドが、クナルの頭に手を置く。「な!」と抵抗してみせるが次にはもの凄く大人しくなった。いっそ何か変な事をしていそうな……。
「え?」
よく見るとシムルドの魔力がクナルの中に入っていってる。しかもそれなりの量が!
「ちょっ!」
「よし、こんなもんか」
言って手を離したけれど、クナルは暫く上の空な感じがする。ふわふわしているんだ。
「何したの」
「加護を与えたんだ」
「加護?」
そういえば前回蒼旬も「加護を」って言ってた気がする。
「まぁ、迷惑料だな。俺は平原と森を守る天狼だが、同時に獣人の守護者でもある。つまり獣人なら俺の加護を持ってて損はない。こいつは直接お前を守ってるしな。身体強化はしといたから、結構強くなってるぜ」
「そうなんだ……」
まだぼーっとしているのが気になるけれど……。
「それにしてもこいつ、蒼旬の加護もあるじゃねーの。属性が水と氷だから相性よかったのか。魔法系のパロメーター爆上がりしてやがる」
「見えるんだね」
「一応神獣だからな」
クナルを繁々と見つめるシムルド。そのうちに意識がはっきりしたのか、クナルの目にちゃんと意志が戻ってきて思い切り睨んでいた。
「んで、次はこっち。智雅、蒼旬から貰った腕輪を」
言われて俺は左腕を出す。そこには蒼旬が魔法ではめた腕輪があり、青い宝石が一つはまっている。
シムルドはそこに手を添えた。するとふんわり温かいものが体に流れ込んできて、体が少し楽になった。
「これが俺の加護だ。お前の呼び出しに俺は応じて力を貸す。あと、魂の周囲に結界も張った。これでメリノ様の影響を更に受けづらくなったはずだ」
腕輪にはライトグリーンの宝石がはまっている。それを繁々と俺は眺めていた。
「それにしても、メリノ様も考え無しだな。蒼旬の結界だけじゃ不十分だ。このままメリノ様が力を大きくすれば、お前の魂は食われてしまうのにな」
「なに?」
「っ!」
低い声にビクリとする。側に感じるただならぬ殺気。逃げようと腰を浮かせるも、その動きを察知した手が俺の肩にかかった。
「話を聞かせてもらおうか」
「……はい」
俺は観念した。だって、誤魔化せる感じも嘘をつける感じもしなかったんだ。
何より大事な人に嘘はつきたくないって、俺は思ってしまったんだ。
一通り、俺はクナルに話した。
女神の強い加護があり、それは女神の持つ力そのものだってこと。
今回やむを得ない理由でシムルドを一度殺し、蘇生させたこと。
女神の使命とか、彼女の力を横取りしている奴がいるとか。
彼は真剣な様子で聞いてくれて、考えて、時々青ざめたりしながらも最後まで黙っていてくれた。だから俺も焦らずに言えた。
「あんたの身に起こった事は分かった」
「ごめん、言えなくて」
「寧ろ言わないのが正解だ、こんなの。無茶苦茶だろうが」
「だよね」
自分でも自覚があるだけに何とも言えない。反省して項垂れていると、クナルの盛大な溜息が聞けた。
「……なぁ、ベヒーモスに襲われた時……俺の事も蘇生させたか?」
「!」
静かな声に俺はドキリとする。それは、事実だから。
俺は何も言わなかった。なのにクナルは察したように深く溜息をついてしまう。耳も尻尾も元気がない。
「俺はあんたに、そんな負担かけてたのかよ」
「あの、でもアレは無意識っていうか。必死で! いや、結果クナルが死ななくて嬉しいんだけど。でもね!」
もしかして怒っていたらどうしよう。そう思うと言葉に言葉を重ねてしまう。
そんな俺の頭にポンと大きな手が乗った。
「怒ってねぇよ。ただ……大分俺が情けなくて穴掘って埋まりたい」
「えぇ!」
そんな事しちゃだめだよ!
慌てる俺としょげるクナルを見て、シムルドはニヤニヤしている。そんな風にして見るなら何か助けてよ!
「まぁ、今の時点で知れて良かったと思えよ。一番身近で守るのはお前だぜ。全力でやらないと智雅は死ぬぞ」
最期の方は真剣な声音だった。そこに冗談はないと言われているのと同じだ。
クナルの目にも真剣な様子が加わる。そして俺の体をグッと強く引き寄せた。
「絶対に守る」
「いい目だ。俺の加護も使いこなせよ」
「……有り難く使わせてもらう」
そう言って、クナルはしっかりを頭を下げた。