「さてと、後は言っとく事か」
「なに?」
「俺と海龍である蒼旬、他にも神獣と呼ばれてるのは三人。うち一人は完全に行方不明で、二人は今は連絡が取れない。おそらく、俺と似たような事になってるんだろう」
「それって……」
瘴気に取り込まれて理性を失っているか、もしくは……。
「なぁ、今回はどうしてこうなった。あんた程の力があれば防げたんじゃないのか?」
「楔が瘴気を集め、俺達は正気を失いかけていた。皆それなりの対策はしているが、そろそろ限界だ」
「楔?」
「前にクナルと燈実さんがリヴァイアサンから抜いた黒い結晶だよ」
「あぁ」
思い当たったらしい。俺は追加で、これが蘇生前のシムルドにも刺さっていた事を伝えた。
「つまり、あれは邪神の呪いか」
「そんなもんだ。それを取り除いて解放すると手を貸してくれるだろう。何より智雅の魂を守る結界を張ってくれるだろうからな」
「場所は?」
「一人、東の孤島にいるはずだ。天狐だ」
「それって……東の小国?」
米、味噌、醤油に日本酒! 懐かしい元の世界の匂いを感じられそうな場所じゃないか!
それを思うだけで俺はかなりテンションが上がる。
「あそこでも何らかの異変は起こってるだろう。頼む」
「はい」
「それと、訳分かんない奴が良からぬ事を考えているみたいだ。気をつけろ」
「あんたに種を飲ませたっていう奴か」
「あぁ」
短く、けれど一瞬殺気だったシムルドは真剣な目のまま俺達を見た。
「覚えてるのは黒いフードを目深に被っていた事くらいだが」
「……邪神崇拝者か?」
思い当たるのかクナルは呟く。だがその考えをシムルドは否定した。
「ここは一応聖域だ。呪いに手を染めてるような奴等は聖樹の結界で弾かれる」
「んじゃ、誰だってんだ」
「分からない。だが……そもそも、エルダートレントの種なんて何処にあると思う」
「え?」
言われたら確かに……何処からそんな物を手に入れたんだ?
クナルもハッとして、次には大いに悩んでいる。
そこにシムルドが答えを投げ込んだ。
「邪神となったアリスタウス様が封じられている魔の森なら、あるかもな」
「!」
クナルは驚き、グッと歯を食いしばる。唸るような様子に俺は不安になるばかりだ。
「あの森は封じられている。生きて戻ってくる事など不可能だ」
「どうだかな。だが数千年も種が誰かの手元に残っているとも考えられない。それに、それが可能かもしれない奴等がいるだろ?」
「……女神神殿の大神官」
「そういうこった」
また女神神殿。しかもそんな魔物の種をどうして。世界を守っている神獣を殺そうとした?
「あいつらのいる天空神殿は魔の森の真上だ。そしてあいつらにはメリノ様の加護がある。短時間ならどうにか生きているだろうな」
「……証明できる方法は」
「ない。俺も今回の犯人が誰か見ていない。ただ、状況を並べて無理がなさそうなのがそこだってだけだ。だからこそ、気をつけろ智雅。お前の力が知れれば奴等が何をするか分からない。女神を頂いてはいるが、あいつらが何なのか見えてこないからな」
「はい」
脅すように言う、その言葉の恐ろしさを俺も感じる。
この力は誰かに偏って使ったらいけないんだと思う。まして蘇生なんて。
俺はこの秘密をずっと抱えて、言わずにいないといけないんだ。
正直震える。怖くないなんて言えない。そんな俺の肩を、クナルがギュッと抱きしめた。
「一人で抱えなくていい。俺もいるって、忘れるなよ」
「クナル……うん」
なんだろう、これだけで少し軽くなる。俺だけの秘密が俺達の秘密になって、話せる誰かがいて。それがこんなにも頼もしくて嬉しいんだ。
「まぁ、そういう事だ。頼むな」
「あんたは?」
「森の奥で少し力を溜める。今回の事でかなり力が削れてるからな」
「分かった。感謝する」
「おう、頑張れ」
そう言った後、シムルドの姿は白銀の狼に変わり、森の奥へと消えてしまった。
それを呆然と見送った俺の後ろから、クナルがギュッと抱きついてくる。大きな体が触れていて、そこからジワリと熱くなってくる。
「クナル?」
「今日だけで頭の中パンパンになりそうだ」
「あっ、そうだよな! ごめん、色々言わないままで」
隠していた後ろめたさがちょっとある。
でもクナルは直ぐに「それは隠しとけ」と言ってくれた。スケールの大きさが大嘘レベルだもんな。それに、危ないし。
「これからは俺もお前の助けになる」
「うん、凄く頼もしいし、楽になるよ」
前に回ってる腕に触れて、俺も笑う。そうしたらまたちょっと眠くなってくる。
「寝るか?」
「んっ、そうだね」
横になる俺。その背中にぴったりくっついて何故か横になるクナル。
……ん?
「えっと、クナル?」
「なんだ?」
「……このまま寝る気?」
「そうだけど」
何で!
「クナル!」
「あんたがちゃんと居るって確かめてないと寝付けない」
拗ねたみたいに言われたら、何か……断りづらいな! 心配かけたの俺だしね! 色々秘密にしてたしさ! 後ろめたさ凄いんだけど!
悶々とする俺の背中でクナルが笑う。腰に回った腕が弱く引き寄せてくる。
「観念して寝ろよ」
「……おやすみ」
背中の熱が落ち着かないまま、俺は眠気も何処かに吹っ飛んで暫く寝付けなかったのだった。