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9話 聖樹の森(19)

「さてと、後は言っとく事か」

「なに?」

「俺と海龍である蒼旬、他にも神獣と呼ばれてるのは三人。うち一人は完全に行方不明で、二人は今は連絡が取れない。おそらく、俺と似たような事になってるんだろう」

「それって……」


 瘴気に取り込まれて理性を失っているか、もしくは……。


「なぁ、今回はどうしてこうなった。あんた程の力があれば防げたんじゃないのか?」

「楔が瘴気を集め、俺達は正気を失いかけていた。皆それなりの対策はしているが、そろそろ限界だ」

「楔?」

「前にクナルと燈実さんがリヴァイアサンから抜いた黒い結晶だよ」

「あぁ」


 思い当たったらしい。俺は追加で、これが蘇生前のシムルドにも刺さっていた事を伝えた。


「つまり、あれは邪神の呪いか」

「そんなもんだ。それを取り除いて解放すると手を貸してくれるだろう。何より智雅の魂を守る結界を張ってくれるだろうからな」

「場所は?」

「一人、東の孤島にいるはずだ。天狐だ」

「それって……東の小国?」


 米、味噌、醤油に日本酒! 懐かしい元の世界の匂いを感じられそうな場所じゃないか!

 それを思うだけで俺はかなりテンションが上がる。


「あそこでも何らかの異変は起こってるだろう。頼む」

「はい」

「それと、訳分かんない奴が良からぬ事を考えているみたいだ。気をつけろ」

「あんたに種を飲ませたっていう奴か」

「あぁ」


 短く、けれど一瞬殺気だったシムルドは真剣な目のまま俺達を見た。


「覚えてるのは黒いフードを目深に被っていた事くらいだが」

「……邪神崇拝者か?」


 思い当たるのかクナルは呟く。だがその考えをシムルドは否定した。


「ここは一応聖域だ。呪いに手を染めてるような奴等は聖樹の結界で弾かれる」

「んじゃ、誰だってんだ」

「分からない。だが……そもそも、エルダートレントの種なんて何処にあると思う」

「え?」


 言われたら確かに……何処からそんな物を手に入れたんだ?

 クナルもハッとして、次には大いに悩んでいる。

 そこにシムルドが答えを投げ込んだ。


「邪神となったアリスタウス様が封じられている魔の森なら、あるかもな」

「!」


 クナルは驚き、グッと歯を食いしばる。唸るような様子に俺は不安になるばかりだ。


「あの森は封じられている。生きて戻ってくる事など不可能だ」

「どうだかな。だが数千年も種が誰かの手元に残っているとも考えられない。それに、それが可能かもしれない奴等がいるだろ?」

「……女神神殿の大神官」

「そういうこった」


 また女神神殿。しかもそんな魔物の種をどうして。世界を守っている神獣を殺そうとした?


「あいつらのいる天空神殿は魔の森の真上だ。そしてあいつらにはメリノ様の加護がある。短時間ならどうにか生きているだろうな」

「……証明できる方法は」

「ない。俺も今回の犯人が誰か見ていない。ただ、状況を並べて無理がなさそうなのがそこだってだけだ。だからこそ、気をつけろ智雅。お前の力が知れれば奴等が何をするか分からない。女神を頂いてはいるが、あいつらが何なのか見えてこないからな」

「はい」


 脅すように言う、その言葉の恐ろしさを俺も感じる。

 この力は誰かに偏って使ったらいけないんだと思う。まして蘇生なんて。

 俺はこの秘密をずっと抱えて、言わずにいないといけないんだ。


 正直震える。怖くないなんて言えない。そんな俺の肩を、クナルがギュッと抱きしめた。


「一人で抱えなくていい。俺もいるって、忘れるなよ」

「クナル……うん」


 なんだろう、これだけで少し軽くなる。俺だけの秘密が俺達の秘密になって、話せる誰かがいて。それがこんなにも頼もしくて嬉しいんだ。


「まぁ、そういう事だ。頼むな」

「あんたは?」

「森の奥で少し力を溜める。今回の事でかなり力が削れてるからな」

「分かった。感謝する」

「おう、頑張れ」


 そう言った後、シムルドの姿は白銀の狼に変わり、森の奥へと消えてしまった。

 それを呆然と見送った俺の後ろから、クナルがギュッと抱きついてくる。大きな体が触れていて、そこからジワリと熱くなってくる。


「クナル?」

「今日だけで頭の中パンパンになりそうだ」

「あっ、そうだよな! ごめん、色々言わないままで」


 隠していた後ろめたさがちょっとある。

 でもクナルは直ぐに「それは隠しとけ」と言ってくれた。スケールの大きさが大嘘レベルだもんな。それに、危ないし。


「これからは俺もお前の助けになる」

「うん、凄く頼もしいし、楽になるよ」


 前に回ってる腕に触れて、俺も笑う。そうしたらまたちょっと眠くなってくる。


「寝るか?」

「んっ、そうだね」


 横になる俺。その背中にぴったりくっついて何故か横になるクナル。

 ……ん?


「えっと、クナル?」

「なんだ?」

「……このまま寝る気?」

「そうだけど」


 何で!


「クナル!」

「あんたがちゃんと居るって確かめてないと寝付けない」


 拗ねたみたいに言われたら、何か……断りづらいな! 心配かけたの俺だしね! 色々秘密にしてたしさ! 後ろめたさ凄いんだけど!


 悶々とする俺の背中でクナルが笑う。腰に回った腕が弱く引き寄せてくる。


「観念して寝ろよ」

「……おやすみ」


 背中の熱が落ち着かないまま、俺は眠気も何処かに吹っ飛んで暫く寝付けなかったのだった。


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