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10話 収穫祭(1)

 エルフの森から無事に帰還した俺達は真っ先に城に行って事の次第を伝えた。エルダートレントが森の奥にいて、その影響で聖樹の花が落ちてしまっていたこと。討伐後、森や聖樹に魔力が戻ってきた事などだ。

 まだしばらくは様子を見るが、安定したらまたポーションの供給が再開できるらしい。ひとまず安心した。


「ありがとう、三人とも。ポーションについては暫くの間、ウォルテラのシユ王が補填をしてくれる事になっている」

「よかった」


 怪我をしたときにポーションがないと危険になってしまう。この世界では人族の血を受け継いだ人しか回復魔法が使えないから、ポーションはとても大切らしい。しかもその人族の多くを抱え込んだのが女神神殿の総本山、天空国家の天人だったそうだ。彼らが多くの人族を連れて行ってしまったので、更に回復魔法が使える人は少ないという。


 その女神神殿が怪しい動きをしているんだ。


 これについても俺は殿下に伝えた。難しい顔で考え込んだ人は、一旦これを脇に置くことにしたらしい。曰く、証拠が足りないそうだ。


「女神神殿は巨大な組織だからね。疑いだけで糾弾なんて出来ない。確固たる証拠や証言がなければ誰も信じてはくれないんだ」

「そんな事もなさそうだけれどな。少なくともウォルテラ、エルフの国、東の島国はこちらの味方になるんじゃないか?」


 クナルの言葉に殿下は頷いた。それでもやはり動くには軽率らしい。


「神殿の基盤は西にある。もしも何の証拠もなくこれを言えば西が黙っていない。一気にこちらへと攻め込みかねないからね」

「ドラゴニュートの国とドワーフ王国、更にエルフの国も通ってこなけりゃ到達しないぜ。奴等にそんな力あるか?」

「外交とか圧力とか、色々あるからね。確かにこの国は大きく豊かになったけれど、西は召喚された聖女が多すぎる。それらの力を侮ると怖い。潰されるわけには行かないよ」


 だから今は時期尚早、ということらしい。

 俺には政治的な事は分からないけれど、面倒なのは伝わってきたのだった。


 そんな俺は一つ決めてきた事がある。

 その夜は皆の歓迎を受けて、ゆっくりお風呂に浸かって疲れを癒した。案外疲れてたのか温かいお風呂が気持ちよすぎてやばかった。そのまま寝そうになってクナルに起こされてしまった。


 それでも翌朝はいつも通りに起きた。身についた習慣は凄いものだ。

 起き上がって支度をしている間にクナルが来て、二人で一階の食堂へと降りて行く。そこには既にグエンがいて、俺達をみて笑った。


「なんか久しぶりだな」

「ごめん、グエン。手伝いできなくて」

「いいってことよ。マサにはマサにしか出来ない事があるしな」


 腰に手を当てニッシッシと白い歯を見せて笑う大らかな人を見て、俺は嬉しいと共にぐっと気合いを入れた。


「グエン」

「ん? どうした?」

「俺に、足の治療をさせて欲しいんだ」


 伝えたら、グエンは驚いた顔をした。

 でも俺は決めてきたんだ。リンデンの目を治した時、同じ頃に怪我をしたというグエンの怪我も治せるんじゃないかって思った。

 それにリンデンから聞いたんだ。リンデンの怪我もグエンの怪我も、同じ時に一般の人を守って負ったものだって。街道にコカトリスが出たという報告に一番最初に駆けつけた二人が、襲われている馬車を発見してそこにいた人達を助けながら戦った。

 その時にリンデンはコカトリスの毒を目に浴び、グエンは足を噛まれてしまった。

 それが今も後遺症を伴って残っている。


「申し出は嬉しいが……」

「俺がしたいんだ。グエンには凄くお世話になってるし、助けられてる。そのグエンに、俺が出来る事をしたいって思うんだ」


 ここにきて、グエンには本当にお世話になっている。宿舎に早く馴染めたのもグエンがこの厨房で受け入れてくれたのが大きい。俺みたいな異世界の人間を嫌がらずに、色々させてくれたから。


 俺の申し出にグエンは少し困っている。そんな彼に近付いたのは見守っていたクナルだった。


「いいんじゃないか?」

「クナル」

「別に足が治ったからって隊に戻れなんて言わないさ。それに俺も、あんたの怪我には責任を感じてる。あの時俺がもう少し早く行けていれば、二人に無理させる事もなかったんだ」

「だから、それはもう言うなって言っただろ。仕方ないだろ、他の所でもトラブってて、お前さんはそっちの方に行ってたんだから」

「分かってる。でも気にはなる。治せる可能性があるなら、俺はそれがいいと思うんだ」


 俺もこれに強く頷く。そうなるとグエンも諦めたのか、大きな手でポリポリと頭を掻いた。


「分かった。でも無茶すんなよ」

「うん!」


 嬉しくて笑った俺を見て、グエンは苦笑した。


 とりあえず座ってもらって、傷を診せてもらう。脛の所に大きな手術痕がある。


「噛まれたのに、こんなに大きく切ったんですか?」

「コカトリスの毒は回りは遅いが中を溶かすんだ。表面よりも中が酷くてな。リデルが開いて駄目になった組織を全部切り取って、頑張って回復かけてくれてたんだよ」

「ひぃぃ!」


 想像しただけでゾワッとした。思わず自分を抱きしめて腕を摩ってしまう。そんな俺をグエンは笑った。


「まぁ、お陰さんで生きてるよ。あの時は長い間高熱が出て意識朦朧として死ぬんだって思ったけどな」

「生きててよかったよ」


 そうじゃなければ会えなかった。よかった。生きていてくれて。


 俺はそこに手を当てて、スッと目を閉じる。そうしてちょっと強めに鑑定眼で見た。


 皮膚が透けて、その中が見える。何だか所々黒っぽくなっている。肉が盛り上がっているのに、そこだけはちゃんとくっついていないような。


『壊死状態』

「壊死!」

「!」


 俺の声にグエンがビクン! と反応する。そして途端に青い顔をした。


「おいおい、俺死ぬのか!」

「死なないよ! でも、これは痛いよ」


 鑑定眼によると、毒の影響が取り切れなかった組織が傷の中で壊死したまま残されているという。ただ周辺には広がっていない。それでも体の中に異物がある状態で、これが痛みの原因みたいだ。


 俺は傷に手を当てたまま、その黒くなった組織を取り除くイメージをしてみた。肉を丁寧に刮ぎ落とす感じで。


「っ!」

「痛いかな!」


 瞬間、グエンは少し辛そうな顔をした。痛いのかもしれない。刮ぎ落とすんだもん。


 痛くない……麻酔! 麻酔を部分的にしていくように魔力に乗せる。除草剤を魔力に混ぜたときの応用だ。

 すると痛みはなくなったみたいで、グエンが不思議そうな顔をした。

 よし、これなら! 時間をかけずに一気に悪いところを取り除いていく。その後は正常な部分がそこを補うように撫でてみた。すると壊死していた部分がゆっくりと盛り上がって、周囲と同じように繋がっていった。


「ふぅ……」


 これで全部だと思う。切り取ったものは消しておいたから、大丈夫だと思う。

 麻酔もゆっくりと薄めて、今はもう切れていると思う。


「どうかな、グエン?」


 聞いてみたら、グエンは首を傾げている。もしかして失敗! と思ったけれど、次には大きな手が俺の頭に乗った。


「ありがとうな、マサ。正直まだ実感ないけどよ、心なしか軽い感じがするぜ」


 そういえば、普段は痛まないんだっけ。天気の悪い時とかに辛くなるって言っていた。それなら今実感がなくても仕方が無い。


 なんにしても、グエンが笑ってくれるのが一番嬉しい事だった。


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