そういうことで怪しい費目の伝票はクナルに確認しながら処理をして、分けていく。それが終われば人物別に日付と費目と金額を書き出して一覧にする。元の世界でもやってたことだ。
記入の終わった領収書は紙の裏に貼り付けておく。チェックマークを軽くつけて。
「これでいいかな?」
クナルに持って行くとちょっと目が大きくなって驚いている。そうして手に取って、次にはパァァ! と輝いた表情をした。
「助かる!」
「じゃあ、この要領でやっていくね」
こういうのは実は得意だ。個人店舗をやっていると必須のスキルだしな。
こうして黙々と作業をして二時間程度。それで全部が片付いた。
「終わり!」
「早い!」
なんだか嬉しいものだ。普段は頼ってばかりだから。
ルンルン気分でいると、クナルが申し訳ない顔をしている。ちょっと凹んでるかも。
「あんたには、格好悪い姿見せたくないんだけどな。今回ばかりは助かった」
「俺はずっと情けなくて頼りっぱなしだからさ。力になれて嬉しいよ」
思い切り事務仕事だけどさ。
笑っている俺にクナルは苦笑している。そして何か思いついたのか、ピクッと耳が動いた。
「俺に何か出来る事があれば言ってくれ。勿論仕事以外で」
「え? あ……それじゃあ、ね。収穫祭、俺と一緒に行かない? なん、て」
そうだ、これを誘いに来たんだ。
当初の目的を思い出しておずおずと尋ねると、クナルはキョトッとした顔をした後で大いに笑って頷いた。
「俺の方こそ頼む! それまでに仕事意地でも終わらせるからさ」
「うん!」
よかった、拒まれなかった。まずは一つ目的を達成した。
嬉しくて笑っている俺の頬に手が伸びる。触れられて見上げると唇が額に触れた。柔らかな感触が気持ちよくて、それ以上に驚きと照れで一気に心臓がバクバクした。
「ありがとうな」
「……うん」
「行きたい所、考えておけよ」
「分かった」
どうしよう、顔がまともに見られない。顔が熱い。心臓が五月蠅くて思わず胸元を握る俺を、クナルは嬉しそうな顔で見ていた。
§
それから五日後、待ちに待った収穫祭は朝からとても賑やかで、表を行く人々の楽しそうな声がしている。
グリーンの長袖のチュニックに黒のズボン。これが一番落ち着く。胸元は紐で締めて調節する感じで、袖元も同じく紐になっている。丈は尻が隠れる感じだ。これに愛用のマジックバッグを斜めがけにしている。
本当はもう少し綺麗な格好とかも考えたんだけど、祭でそんな良い格好っていうのも浮きそうだ。一応……デ、デートのつもり、だけれどさ!
「おはよう」
「おはよ……」
声を掛けられて振り向いた俺はそこに立つクナルを見て呆気に取られた。
彼は細身の黒いズボンに白いドレスシャツ。それに黒のベストを着て少しごついベルトをしている。いつもよりも簡素だからこそ引き締まった腰とか、張った胸筋とかが分かる感じがした。
「どうした?」
「あっ、えっと……」
なんだろう、心臓ドキドキする。まともに顔が見られない。緊張している? 恥ずかしい? もの凄く意識している。
そんな俺を見て、クナルは近付いてくる。機嫌良さそうに尻尾を立てて、先っぽを左右にゆらゆらさせたままきて、ちょっとかがんで俺の耳元に唇を近づけた。
「見惚れた?」
「!」
ドキン! として顔が熱くなる。そう、だよ。見惚れたんだ。格好いいって思った。
それと同時に、隣に並ぶのが俺でいいのかって思っちゃったんだよ。
「さて、行くか」
「うん」
情けない。でも、今日は楽しむって決めたんだから気持ちを切り替えよう。
これから、お祭りなんだから!
表に出るとメイン通りは勿論、市のある食品通りにも沢山の屋台や露店が出ていた。行き交う人は思い思いに買い食いをしたり、露天を見たり。芝居小屋も今日は特別な演目なんだそうだ。広い場所では大道芸も披露されている。
「凄い!」
ちっぽけな悩みくらいは簡単に吹き飛ぶパワーを感じて、俺は目を輝かせてクナルを見る。彼は笑って頷いて隣に並んでくれた。
「軽く食べながら見て行くか。もう少しでお昼時……」
言いながら、クナルの鼻がヒクヒクと動く。そして目が思い切り輝いた。
でも俺も感じている。肉の焼ける匂いに乗せた甘塩っぱいタレの匂い。思い切りこちらを誘惑する匂いだ。
「マサ」
「いいよ」
伝えるとクナルは匂いに誘われていく。隣を歩きながら、俺はこれにちょっと予感があった。
辿り着いたのは宿舎に近い場所。そこで見知った人が屋台を出していた。
「ガンツさん!」
声をかけたのは食品通りで肉屋をしている豚獣人のガンツさん。以前クナルに案内された店の店主だ。豚獣人であるこの人が肉屋をしているっていうのは……未だにじわじわクルものがあるが。
彼は炭火台で肉を焼きながらこちらを見て、パッと笑顔をくれた。
「おう、マサか!」
「こんにちは」
「なんだ、親父さんの店か」
一緒に近付いていくクナルがそんな風に言うが、ガンツは豪快に笑った。
「おいおい、ご挨拶だな。せっかく美味い肉が焼けたってのに」
「食う!」
飛びつくみたいなクナルが豚串を三本、鳥串を三本頼むと、彼は側にある壺に肉を浸して追加で焼き、更にもう一度浸してから皿に置いて渡してくれた。
「親父さん、このタレ」
「おう、マサが教えてくれたやつだ。焼き鳥のタレ? って言ったか。これがまた美味くてな!」
「ほぉ……」
「……」
途端、ジトリと睨まれた。
王都にも慣れて一人で買い物に出る事もある。そうなると食品通りに行きつけの店が出来たり、店主と仲良くなったりする。その中で色々とあるわけなんだが。
「ちゃんとお金もらったから!」
「あんなの払った内に入らないんだけどな」
「うっ」
だって、普通に焼き鳥とか豚串が食べられたらいいなって思ったんだもん。なんならコロッケとかメンチカツも買い食いで食べたい!