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10話 収穫祭(6)

 大量のチーズを手に入れてそのまま食品通りへ。気分はルンルンになっている。


「そのチーズで何を作るんだ?」

「ピザだよ」

「ピザ?」


 俺の言う事にクナルは首を傾げる。仕方が無い、この世界にピザはないようなんだ。


「平べったいパンみたいなものの上に、トマトソースとベーコンとこのチーズを沢山乗せてオーブンで焼くんだ」


 他にもトッピングは沢山。バジルないかな? 焼き豚作ったらそれを乗せるのもいいと思う。サラミとかはありそうだ。

 そういえばマヨネーズがないんだよな。わりと簡単に作れるし、今度試してみよう。

 伝えたらクナルは既に口が僅かに開いている。ゴクッと喉を鳴らすのを見て、俺はおかしくて笑ってしまった。


「宿舎で作るよ」

「絶対だぞ!」

「分かってるって」


 お肉大好きなクナルの尻尾が機嫌良さそうに緩く揺れている。笑顔の彼を見るとこちらも嬉しくなるから、俺も今すごく嬉しい気分だ。


 そうして歩いていると不意に知っている声に呼び止められた。後ろを振り向くと少し後方から久しぶりな人が近付いてきた。


「リンデンさん!」

「やぁ、こんにちは。丁度よかったから呼び止めてしまったよ」


 美人な男性エルフのリンデンとは少し前にエルフの森で共闘した仲だ。あれから数週間だけれど、元気そうでよかった。


「何かあったのか?」

「問題が起こったわけじゃないよ。二人とも、お昼は?」

「まだだよ」

「それなら良い店があるんだ。ここではなんだし、移動しないか?」


 誘われて、俺とクナルは顔を見合わせてついていくことにした。顔を見ても悪い事じゃなさそうだし。


 そうして食品通りからメイン通りへと戻り、細い道を少し行った先にある小さな店に入った。この人混みの中でも少し外れて奥まっているからか落ち着いた感じがある。

 どうやら喫茶店のようで、軽食もある。俺は少しお腹が空いていたからグラタンを頼んだ。クナルはやっぱり肉が食べたいのかシチューを。リンデンはクリームシチューだ。


 それらを注文してリスの店員が下がった所で、リンデンはマジックバッグから一つの小さなランプを取り出す。手の平に乗りそうなくらいのもので卓上に置く感じだ。丸いどっしりとした台座から優美な曲線を描く金属の支柱。その先に釣瓶のようなガラスのシェードがついている。

 第一印象はまるで鈴蘭のようだと思った。釣瓶の部分のガラスが僅かに外に広がりがあるのと、これを吊している金属の支柱が本当に綺麗な曲線を描いているから。


「綺麗ですね」

「あぁ。最近作った物の中で一番の出来だよ」


 そう言いながら彼がそれを俺の方へとズイと押す。だからこそ俺は首を傾げてしまった。


「え?」

「君にだよ、マサ」

「え! なんで……え?」

「依頼主からお代も貰っているし、材料提供もそこからだ。私は制作を任されただけだよ」

「誰が!」

「ルルララ様とアルル様、そして私の兄とアルからだ」

「!」


 それを聞いて、俺は驚いてクナルを見た。クナルの方は嬉しそうに笑っている。


「慌ただしく帰ってしまっただろ? 四人とももっとお礼がしたかったらしくてね。それで材料を持って私に依頼してきたんだ」

「でもそんな! あれは国同士の取引みたいなものもあったし」


 エルフの森にある世界樹が枯れたら上級ポーションが作れない。それどころか森が枯れてしまう。そんな規模の厄災だったんだ、力を貸さないわけがない。これについては殿下とエルフの女王ルルララ様とで取り決めもされていたはずだ。

 でもリンデンは楽しそうに笑って「予想通り」なんて言っている。


「勿論国同士での取り決めもある。けれど四人は尽力してくれたマサ本人への感謝を形にしたかったんだ。受け取らなかったらきっとがっかりするよ」

「うっ……」

「マサ、受け取ってやれ。これは感謝なんだから」

「高そう……」


 凄く綺麗なんだ。ガラスのシェードはステンドグラスみたいに繊細な模様を描きながら色んな色のガラスがはめ込まれている。きっと明かりを灯したらこれが天井に綺麗な世界を描くに違いない。


「確かに材料は高価だよ。なんせ妖精族が魔力を結晶化させて作った虹色結晶をそのままはめ込んでいるんだから」

「な!」


 これにはクナルが驚いた顔をする。それだけでどれだけ高価なものかが知れた。


「板にしてないのか」

「今回はしてない。三センチくらいの虹色結晶をそのまま使っているんだ。更に魔法付与もされてる。穏やかな眠りが訪れるよう、眠りの魔法が入っているんだ」


 虹色結晶って、以前見せてもらった綺麗なランプ? 色とりどりの光がゆっくりと回りながら室内を照らしていた、あの?


「虹色結晶は妖精の力の溜まり場に落ちているんだ。妖精は気まぐれに自分の魔力を結晶にする。誰かに贈ったり、何かの対価として渡す事もある。けれど、そもそも交流の少ない種族だからね」

「城の宝物庫に入れていいレベルだろ」

「かもね。でもアルル様が凄く感謝してて、その気持ちで作ったものだから。妖精女王の作った虹色結晶なんて、この世界にどのくらいあるんだろうね?」


 そんな怖い事を言われたらこっちはビビる。ちなみに「返品不可」と言われ、受取書にサインもさせられてしまった。これは速攻でマジックバッグにしまう。

 ……あとで部屋に戻ったら、つけてみたいな。


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