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10話 収穫祭(7)

 出来たてのグラタンはほくほくの芋ともっちりしたペンネ、鶏肉が美味しいものだった。たっぷりのチーズが程よい焼き色で、食べればみょ~んと伸びる。


「美味いな!」

「ケーキと紅茶のセットも美味しいよ。午後から夕方までの限定だけど」

「今度そっちも来たい」


 伝えたら、クナルは嬉しそうに頷いてくれた。


 リンデンとはここでお別れ。ある程度腹も膨れて余裕が出来た俺達はまた食品通りを目指して歩いている。

 その道すがら見ていたけれど、この辺りは宝飾品を扱う露天が多いみたいだ。


「これ、ピアスか?」


 店先に多く並んでいる物を見て聞くと、クナルはなんだかビクッとする。首を傾げる俺に、気づいた店主が声を掛けてくれた。


「これは耳飾りさ」

「イヤリングみたいな感じかな?」


 色んな形のものが並んでいる。基本は丸い輪っかで、一部分が切れている。視力検査のCみたいなやつだ。そこに色々装飾がされていて、必ず無色の石が一つ付いている。


「お兄さん知らないのかい?」

「え?」

「これはカップル用だよ」

「え!」


 マジマジと見ている隣にクナルが並ぶ。そして繁々と品物を見ている。

 その間に店主の犬獣人が自分の耳についている耳飾りを見せてくれた。


「魔法金属の土台に無属性の魔法石を二つに割って整えて取り付けてあるんだ。獣人にとって耳は敏感で、気を許せる相手にしか触らせない部分だからね。そこに互いの魔力を魔法石に込めた飾りを付けるのが贈り物の定番なんだ」

「どうして一つの魔石を二つに割るんですか?」


 宝飾品はよく分からないけれど、そういうのは大きい方が喜ばれそうなのに。

 首を傾げる俺に答えをくれたのは、隣に居るクナルだった。


「魔法石は、元が一つなら呼び合うと言われている。これに互いの魔力を込めて交換すると、魔法石が互いを呼び合い一つになろうとするように結ばれるっていう願掛けさ」


 結婚指輪とか、そういう意味合いがあるのかな? 離れていても繋がっている。そういう気持ちを物でも感じられるのは、素敵かもしれない。

 そういえば、牛乳屋のメリッサとアイナも揃いの意匠の耳飾りを付けていた。

 でも、デレクとリデルは付けているのを見た事がないんだけれど。


「リデルさんとデレクは付けてなかったけれど」

「あぁ、あそこは特殊だ。デレクが壊すんだ。あんま壊れる物じゃないんだけど、過剰な魔力がかかると砕ける事があるんだ」

「そんな事は一般的にはないんだがねぇ。加工の時に物理的に割ってカッティングもするからある程度強度もあるはずなんだが……騎士が特殊なんだろうね」

「片方の魔石が壊れると対の魔石も砕けちまう。リデルがそれで心配して落ち込むんだ。だから結婚の時の耳飾りは大事にしまってあって、記念日とデートの時だけ付けるらしいぜ」

「そうなんだね」


 ってことは、クナルも同じ事が起こりそうだ。


 盗み見るように彼の顔を見てしまう。この耳に飾りをつけるなら、どんな物が似合うのかって。


「……」


 思って、恥ずかしくなる。彼の気持ちを知っている。でも俺はまだ返事をしていないのに。

 ……しないと、な。少なくとも一緒にはいたい。大事にされている。大事にしたい。まだ番までは考えられないけれど。


「マサは、嫌か?」

「え?」

「装飾品、つけてないだろ」

「あぁ、うん。料理するのに指輪やブレスレットは邪魔だし、何より似合わないしさ」


 そう言って笑った俺の耳をクナルがフニフニと触る。薄い耳だと思う。ピアスも怖くて開けていないし。


「……分かった」

「?」


 何が分かったんだろう?

 思いながらもクナルが立ち去るから、俺もそれに付いていった。


「クナル?」


 隣を歩く人は少しの間真剣な顔で無言でいる。その隣を俺も少しの間何も言わず並んでいる。ほんの少し、空気が重いように思えた。


 気を取り直して次の目的地はスパイス屋。ここは行ったことがない。話によるとドラゴニュートの店らしい。

 ベセクレイドから南、エルフの森を更に越えた先にはドラゴニュートが暮らす国があり、スパイスやハーブの産地なのだという。


「香辛料は大事なのに、グエンもそこにはあまり行かないって言うんだよな。無くなりそうになったら手紙送って届けてもらうって」

「あ……」


 クナルは分かるのか、なんとも苦い顔をする。

 そのうちに小さな店に辿り着いた。明るい感じの店で、窓からは作り付けの棚に沢山の瓶が並んで見える。全てにラベルが貼られていた。

 意気揚々とドアを開けると可愛らしい音がする。独特の香辛料の香りもほんのりと。奥のカウンターに量りがあるから、あそこで量り売りをしているに違いない。


「うっ」

「クナル?」


 見るとクナルは自分の鼻を押さえて眉を寄せている。もの凄く渋い顔だ。


「え? どうしたの!」

「あらあら、珍しいわ。ここに鼻のいい獣人さんが来るなんて」

「え?」


 顔色の悪いクナルに慌てる俺の横合い、店の奥から一人の女性が近付いてくる。スラリと背が高く、サラサラした綺麗な染め物のワンピースに布の帯を締めている。

 肌は濃いめの褐色で、額には二本の、少し湾曲した角がついていた。


「あの……」

「獣人は鼻がいいから、香辛料の匂いが辛いみたいなの。お付きの方、無理なさらない方がいいわ」

「えぇ!」


 そういう大事な事は言って欲しかった!

 ……いや、俺が配慮すべきだったんだよな。鼻がいいのは知っているんだから。自分を基準にしたら、ここでは駄目なんだ。


「クナル、無理しないで」

「いや」

「大丈夫、ここにいるから。クナルは少し外に出てて?」


 笑って言ったらクナルは迷って……でも、やっぱり辛かったみたいだ。「二十分で戻るから、来るまで店にいろよ」と言って出ていった。


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