「優しい彼氏さんですね」
「え! あの……そう、見えますか?」
驚いて問うと、彼女はニッコリと笑った。
「獣人は囲い込む人も多いみたいですね。あの方、本当は離れたくなかったんじゃないかしら」
「……」
くすくすっと笑われて、恥ずかしいけれど嬉しくもあって。
俺、多分もう気持ちは決まってるんだよな。
「さて、それで? 何をお探しですか?」
「あっ、えっと……」
問われてポケットの中をごそごそする。事前に必要な香辛料をメモしてきたんだ。
「クミン、ターメリック、カイエンペッパーに、コリアンダーと、ガラムマサラがあれば」
「それって……カレーですか?」
「!」
それは予想していない反応だった。その名前が出てくるってことは、この世界にカレーがあるんだ!
「カレー、あるんですか!」
「え? えぇ。ドラゴニュートの郷土料理ですけれど……不人気なのよ?」
「え?」
不人気? あんなに美味しいものが? 子供の好物上位に入る定番家庭の味が!
目を丸くする俺に、彼女は困ったように笑った。
「獣人には匂いや刺激が強いみたいで」
「それって……」
いや、確かに刺激物が多いけれど。
「あの、もしかしてそのカレーはサラサラしていて、スパイスも凄く沢山入っていて」
「えぇ」
「インド系とかの本格カレーだ」
俺が知っているご家庭のカレーは欧風カレーだ。欧風って言っているけれど、日本産だったりする。香辛料を沢山いれるインドやタイのカレーとは違って、とろみがあるのが特徴だ。そして味もマイルドだったりする。
牛骨とかのスープと、玉ねぎや芋、人参や肉を入れて作っている。これにスパイスを入れているんだ。
そっちなら、食べられるかもしれない。
「さっきの材料、一通りください」
「わかりました」
可能性はある。もし駄目だったら星那にお裾分けしよう。そう決めた。
量ってもらっている間に店内を物色。綺麗に並べられた棚の商品を見ていると、端っこの方になにやら見つけて足を止めた。
赤茶色っぽい少し大きな豆だ。そこから、独特の匂いがしている。香ばしくビターなナッツ系の……。
「んんっ!」
思わずその瓶を手に取ってしまう。俺の記憶が確かなら、これって……。
「あら、それも知ってるの? 健康食品みたいなものだけど、もの凄く苦いのよ? 現地人でも慣れないとちょっと涙目になるわ」
健康食品? いや、確か大昔はこれを粉にしてスパイスを加えて飲んでいた。栄養豊富な食品で、疲労回復や老化防止の効果がある。
これに大量の砂糖をぶち込み、ミルクや油脂を加えたのはヨーロッパ人だ。
「あの、これの名前って……」
「? カカオよ」
「ください! 多めに!」
これは上手くすればチョコレートが出来る! 大変だけど、大昔の人はできたんだ! 人力だってやれるんだよ!
幸いこの国では沢山砂糖が作られる。だから砂糖は安価だ。上手くいけば……やれる!
カレーに必要なスパイスと大量のカカオを購入した俺は満面の笑顔だ。そこにクナルがきて、店を後にした。
「……臭う」
「ごめん」
「いや、慣れないだけだ。鼻がいいってのはこういう時がしんどい」
俺は感じないけれど、どうやらスパイスの匂いが移ってしまったらしい。管理もよくてそんなに強いと思わなかったけれど。流石獣人だ。
俺の用事もこれで終わりで、今度は王城前の広場へと向かう。ここが収穫祭のメイン会場だ。
沢山の人が楽しげにしている。その中央にあるステージでは、何やらイベントが行われるようだ。
「料理コンテストだよ! 参加者募集中だ!」
「!」
これを聞いて、俺はソワソワと隣のクナルを見る。その視線だけで彼は何事か察して、思い切り溜息をついた。
「あんたなぁ」
「お願い!」
「……俺が側に付けるならいい」
「やった!」
最近はグエンが料理を張り切っているから、あまり俺が出来る事がなかった。作りたい欲求はあるんだよ。
クナルの腕を掴んで前に出て、司会のおっちゃんに参加を申し込んだ。クナルは助手ということでOKをもらった。
そのまま十分ほどが過ぎて参加者は締め切り。用意された調理スペースには立派なカボチャがある。
「テーマはこのカボチャ! 調理時間は一時間! 材料はご自分の持ち物と舞台上の物は自由に使って構いません!」
スタートの合図と共に俺はカボチャに包丁を入れる。硬いけれどそこまで辛くはない。半分にしてワタを取って、後は適当に切る。皮も取り除くけれどそんなに丁寧じゃなくても大丈夫。
「何作るんだ?」
「かぼちゃ団子」
これを見た時、それにしようと決めたんだ。
「クナル、鍋に水を四分の一くらいの深さで入れて火にかけて」
「おう」
腕をまくって言われたとおりにしてくれる。この間に蒸し用のプレートを用意する。この世界にも蒸し器はあるんだよね。
沸騰した所でセッティングして十分程放置。その間にみたらしを作ろう。
鍋に醤油と砂糖と水、そして片栗粉を入れる。あったんだよ、片栗粉。騎士団宿舎のマジックボックスの中に不動在庫として!
グエンに聞いたら「小麦粉かと思って使ったらとんでもない事になった」らしい。悲劇しか想像できない。
「それ、マジックボックスの中にあった粉か」
「そうだよ」
これらを火に掛ける前にしっかりと溶いてから弱火にかけて練り続ける。最初は濁っているタレも火が入る事で少しずつ透明感が出てくる。
醤油の香ばしい匂いと砂糖の甘い匂いが合わさったものが会場へと流れていく。
「美味そう」
「後でね」
クナルが覗き込んでそんな事を言うのに笑い、とろみのついたタレを火から上げて更に少しの間混ぜている。粗熱を冷ますんだ。