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10話 収穫祭(9)

 その間にカボチャがホクホクになっている。蒸し器から取りだしてボウルへ。そしてクナルにマッシュ器を持たせた。


「……え?」

「これでカボチャが滑らかになるまで潰すんだ」

「おっ、おう」


 大きなボウルにそれなりの量のカボチャ。クナルはそれでも頑張って潰してくれた。


「腕つらい!」

「大丈夫だよ」

「あんた、細いのにこういうこと続けられるのなんでだ!」

「俺、腕の筋肉はあるよ?」


 持久力のある筋肉が育つんだよね。


 綺麗に潰したカボチャに片栗粉を入れて更に潰す。くたくたのクナルにかわって俺が。そうしている間にカボチャペーストが餅のようになってくる。そこですかさず小判型に整形。今回は二口くらいで食べられる大きさにした。

 フライパンにバターを溶かし、そこに餅を並べてあとは焼く! 焼けたものは小さな紙の皿に乗せてみたらしを掛ければ完成だ。


「できました!」


 所要時間は三十分程度か。まだまだ焼いているけれど出来たてが美味しいからな。


「早い! では、並んで一つずつですよ!」


 司会の人が誘導してくれて、沢山の人が並んでくれる。俺はじゃんじゃん焼いて、クナルが仕上げて渡している。


「美味しい!」


 色んな人のその声を聞くと嬉しい。笑う俺の隣でクナルも笑っている。

 その中で、気になる人が俺の前で足を止めた。


「醤油に砂糖……とろみに片栗粉。貴殿は瑞華の生まれではなさそうですが、如何にしてこのような調理方法を?」

「え?」


 驚いて見ると、何だか親近感のある顔だった。短い黒髪に比較的平べったい顔立ち。つまり日本人顔なんだ。服装も洋装よりは和装で、袂のない前合わせの着物に足首ですぼまったもんぺのようなものを着ている。

 ただその人の頭には大きな三角の狐耳と、尾が三本あったが。


「……え?」

「東国の者か」

「え!」


 クナルがこちらをちらっと見て言う。それに青年も嬉しそうに頷く。目尻に紅を引いた目元が細くなった。


「旅の行商ですので、祭と聞いたら来ない訳がない。そうしたら故郷の匂いがしたもので」

「食べていくといい。美味いぞ」

「それはもう食べずとも分かりますよ! 有り難く、ご相伴にあずかります」


 言い回しすら懐かしい感じがする。

 皿を受け取った人がそれは美味しそうに食べているのを見て、俺はちょっと嬉しくなった。

 ただ、クナルはどこか複雑そうな顔をしていた。


「クナル?」

「なんでもない」


 「なんでもない」という感じもないんだけれど。何か悩み事があるんだろうか。

 隣の人がちょっと落ち着かない。それが気になった俺だった。


 料理コンテストは無事に終了。俺は二位に入って木箱一杯のりんごを貰った。食べ慣れない料理で挑んだわりには好成績だったんじゃないか?

 ついでに参加していた料理屋の人達とも交流が持てて収穫が多いものだった。


 気づけば辺りは少し暗くなってきている。徐々に冬に向かうからか、最近は暗くなるのが早い。出店にも明かりが点り始める。


「終わっちゃうね」


 なんだか寂しい気持ちで呟くと、クナルが俺の手をギュッと握った。


「もう少し付き合わないか?」

「え? いい、けど」


 真剣な眼差しにドキリとする。いつになく真っ直ぐ見てくるから、そのまま俺の心臓は音を立ててしまう。甘く、締め付けるように。

 掴まれたままの手を繋いで歩くクナルの隣に並んで、俺は自分の気持ちをどう伝えたらいいのか、そんな事を考えていた。


 クナルが連れてきたのは宿舎だった。お祭りという事もあって今日は皆出払っていてデレクやリデル、グエンすらこの時間にいない。何かあっても街中に団員が散らばっているから自然と対処するそうだ。

 静まりかえっている宿舎の二階にあるクナルの部屋からは王城が見える。それと一緒に、少し遠くなる祭の明かりも。


「楽しかったね」


 窓からそんな景色を見下ろしながら言う俺の背後にクナルも立って外を見ている。遠くを見る楽しげな薄青い瞳を見て、やっぱりこの胸は音を立てるんだ。


「過去一楽しい祭だった」

「そうなの?」

「あぁ」


 こちらを見下ろす柔らかな瞳と笑みがある。キュゥと締め付けられる。今の彼を見つめているのは自分だけなんだって思うと嬉しいような、落ち着かないような。


「もう少ししたら城から花火が上がる。ここは他の家より高いからよく見えるんだ」

「花火!」


 その単語に胸が躍る。元の世界でも夏になれば花火大会があちこちで行われていた。会場近くまで行って見るほど熱心ではなかったけれど、テレビの中継を見ながらビールと枝豆と焼き鳥を食べるのが好きだったな。


「マサの元の世界にもあったのか?」

「あったよ! 夏になるとやるんだ」

「夏なのか」

「意味はあるよ。俺の世界では夏には先祖の霊が帰ってくるから、それを供養する為とか、祭を賑やかにする為とか」


 この季節には両親が帰ってきてるのかな? なんて思いながら迎え火を焚いたっけ。そして、送り火はちょっと苦しかったな。

 そんな事を思い出してしまった。


「魔法……は、ないんだったな。どうやってたんだ?」

「火薬っていう物に色をつけて、それを打ち上げて上空で爆発させるんだと思う。詳しい仕組みは分からないけれど。こっちでは魔法なの?」

「あぁ、魔法だ。宮廷魔術師が魔法で打ち上げる。収穫祭と建国祭に」

「やっぱりお祭りには花火なんだね」


 そんな事を話していると突然、窓の外が色んな色に光った。

 慌てて見上げた濃紺の空に沢山の色の花火が打ち上がっている。赤や黄色、緑は勿論。ピンク、水色、そして紫に白も。丸い花の形は勿論で、変わったのだと動物の形とかもある。けっこう細かい。魔法だからかな?


「凄いよクナル! 凄く綺麗……」


 暫く空の景色に釘付けになっていた俺は、クナルも同じように見ていると思っていた。だから振り向いた時、彼が真剣な様子で綺麗な箱を俺の前に差し出しているのを見て言葉を失った。


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