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10話 収穫祭(10)

「マサ、受け取って欲しい」


 そう言って取りだしたのは、とても綺麗な耳飾りだった。

 丸い銀色の土台のそれは、露天で見た物よりもずっと繊細な細工で作られている。片翼を広げたような意匠、その先端には下がりの小さな薄青い魔石が揺れている。

 それだけじゃない。羽の付け根にはもう少し大きな同色の魔石が埋まっている。


 これの意味を、俺はもう知っている。


 ギュッと胸を掴まれたみたいに苦しくなった。でもそれは嫌だからじゃない。甘く、深く締め付けられてジンジンする。緊張で言葉がない。嬉しさと戸惑いで、どんな顔をしていいか分からない。


 クナルは真剣な表情のままこちらを見ている。魔石と同じ薄青い瞳には静かな決意が燃えているみたいに見える。


「嫌か?」

「違う! ……好きだよ、俺。クナルのことが好きだ」


 溢れるように出た言葉が、結局どんな言い訳をしても全てだって思った。この気持ちは何よりも確かなんだ。


「でも俺、慣れてないし……初めてなんだよクナル。誰かから特別な感情を向けられるのも、向けるのも。分からない事だらけで、何が正解かも分からなくて……怖いと思う事も多い」

「あぁ」

「それに、女神様の使命とかもあるし。自分に、自信がないし」

「自信がない?」


 問い返されて素直に頷いた。怪訝な顔をするクナルを、揺れたまま見つめている。


「俺は平凡で、何の魅力も持たないから。かっこよくないし、弱くて臆病で情けないし。自慢できるのって家事能力くらいだけど、そんなのちっとも凄くないし。今は女神様の力があるけれど、本当の俺はそんな力もないし。面白いとも思えないし……一緒にいて、魅力ないなって」


 所詮モブだ。その他大勢ではあっても、際立つ唯一ではない。平穏に生きて平穏に過ぎていくんだと思っていた。結婚すら想像できない。家族以外に愛される自分なんて想像が出来ない。

 だから、戸惑うし躊躇うんだ。


 思わず俯いてしまう。そんな俺に一歩近付いたクナルが俺の手を取って、その甲にキスをした。


「マサは気遣いが出来て世話焼きで、面倒見もよくて優しい」

「え?」

「ちょっと抜けてる所が可愛い。好きな事に目を輝かせている時は俺も嬉しい。辛くても頑張ろうとする気持ちは、強いと思う」

「あの!」

「ただ側にいるだけで穏やかな気持ちにしてくれる。あんたが笑うなら、俺は頑張りたいと思うんだ。頑張るあんたがいれば、側で支えたいと思う。泣くなら、受けとめて憂いを払いたい」


 嘘の無い視線が俺を射貫く。この言葉の全部がクナルの気持ちなんだって、ぶつけられている。それがジンジン胸を締め付けて痺れさせるから、嬉しさで苦しくなってくる。


「あんたは自分が思っているよりもずっと凄いものを持っているんだ。分かりやすい何かじゃない、沢山のものを。俺は、そういう全てが好きだ」

「クナル」


 伸びてきた手が頬を拭う。感極まって涙が出てしまって、情けなくて止めたいのに止まらなくて戸惑って拭う俺の手をそっと止めた人がもう一歩近付いて、その目尻に唇を寄せた。


「結婚してくれとはまだ言わない。でも俺も、目に見える何かが欲しかったんだ。俺のだって、言えるものが」

「いい、の?」

「あぁ。あんたの使命を知っちまったしな。あんな重たいものを抱えて結婚なんて、流石に無理だろ?」

「うん」


 女神の力を奪う奴を探して、その力を女神に返さないと。そして、女神が助けたいと思う人を……おそらく邪神となったアリスタウスを助けないと。


 真っ直ぐに見つめる人が笑う。優しく、温かく。


「俺にも背負わせろ、マサ」

「いいの?」

「当たり前だろ。そうして乗り切ったら、俺と結婚してくれ」


 ジワジワ熱が生まれてくる。胸の奥から沸き起こる何かの衝動で苦しいのに幸せだ。痛いのも、苦しいのも嫌いだけれど、この苦しさは平気だ。


「俺も、クナルが好きだよ」

「マサ」

「一緒にいてほしい。ずっと、側にいて欲しい」


 俺から出た言葉に俺自身がほっとした。ようやくスッキリしたんだと思う。


 改めて、綺麗な箱に入った耳飾りをクナルが手に取る。そしてそれを俺の右耳につけた。耳の上側にぴったりと嵌まったそれが揺れている。髪型的にまる見えになってしまうのが少し恥ずかしい気がするけれど、これも照れなんだろうな。


「クナルのはないの?」


 聞くと、彼はちょっと躊躇いながらも引き出しから箱を出してきた。こっちは随分簡素な箱だった。

 中を開けると同じ意匠の耳飾りが入っている。けれど魔石に色はない。


「これに、魔力を込めるんだっけ」

「あぁ。でも少しでいい。多すぎると耐えられなくて砕けてしまう。俺も魔力は多いほうだから宝飾店で質の良い魔石で頼んだんだが、それでもマサの魔力は多すぎるからな。多分握る程度で十分だと思う」

「そう?」


 よく分からないけれど、こういうアドバイスは聞いておいたほうがいい。

 手に取って、優しく包み込む。でもどうせなら願いを。クナルが守られるように。

 そう思ったら手の中が温かくなる。開いてみたら無色だった魔法石は綺麗な金色に染まっていた。


「あんたが魔法使う時に溢れる魔力の色だな」

「綺麗だな」


 キラキラ輝く金色の魔石は透明度もあって、角度によっては奥の方が星を散らしたみたいに光って見える。

 これが、クナルを守る助けになったらいいな。


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