湊の笑顔を見た綾斗は、衝動的に湊を抱き締めた。
「わっ··、あ、綾斗くん?」
綾斗は、固まってしまった湊の頭を抱えて、頬を摺り寄せて愛でる。
「ホント、湊は可愛いなぁ。僕の癒しだよ。尚弥と2人揃って、僕の弟になってずっと傍に居てくれたらいいのになぁ」
「あはは··、綾斗くんが甘えてくるの珍しいね」
「疲れるとこうして弟で癒されてたんだけど、最近は弟が構ってくれないから··寂しいのかな。今すごく癒されてる」
「それなら、僕じゃなくて弟さん捕まえなきゃ」
綾斗は頑張ってみると言い、惜しみながら湊を開放した。
想像もしていなかった、綾斗のブラコンぶりに驚いた湊だったが、意外な一面を見れた事が嬉しく上機嫌で綾斗の家を後にした。
何度も振り向き手を振って帰ってゆく湊を、見えなくなるまで玄関先で見送った綾斗。綾斗が家に入ろうと振り返ると、そこには実の弟である
「あんなモサモサのちんちくりんがいいなら、僕はもう要らないね」
そう言って、くるっと踵を返す巧斗。どうやら、湊とのアレを見ていたらしいが、会話までは聞き取れなかったようだ。
「巧斗! 違うんだ、誤解だよ。ねぇ、待って」
綾斗は巧斗の手を掴むが、それを振りほどき巧斗は逃げ出してしまった。思い込みの激しい巧斗は綾斗の話を聞かず、いつもこうしてすれ違うばかり。
こちらも重度のブラコンだが、西条家とは違い、すれ違いっぱなしの相思相愛で成立している。だが、素直になれず悪態をついてしまう巧斗と、弟相手だとポンコツになってしまう綾斗は、なかなか思うように仲を深めることができないでいた。
かれこれ十数年来の話である。
帰路を1人でトボトボと歩く湊。有意義だったレッスンを思い返し真面目な表情をしてみたり、綾斗の予想もしなかった顔を思い出してはクスっと笑っていた。
そして、神妙な面持ちで煉との事を考えていた。
「お前、何1人でほっつき歩いて百面相してんの?」
「え····?」
聞き慣れた声に驚き、湊は首が180度回りそうな勢いで振り向いた。そこには、革ジャンを羽織り黒のスキニーデニムに両手を突っ込んで立つ、バカみたいにカッコイイ煉の姿があった。
「煉! え、なんでこんなところに居るの? ··わぁ····髪、ハーフアップ似合うね。すっごくカッコイイよ」
煉の出立に、湊の直感がビビッと冴え何かを閃いた。
「そうだ、煉だ!」
「あ? 俺だけど、何?」
「新曲のイメージだよ! 掴みにくいけど、どこかで感じた事あるなぁって思ってたんだ。それがね、煉だったの」
「は····へぇ。どんなイメージよ」
湊は、そのイメージについて語り始めた。自由で自分を持っていて、弱い部分を人に知られまいと強がっている、けれど実は繊細で、純粋で愛に臆病な高潔の存在なのだと。
顔を真っ赤に染め、話し終えた湊の顔を手で覆い隠した煉。『なんでだよぅ』と騒ぐ湊に、煉は声を上擦らせて『うるせぇ』と返した。
なんとか煉の手を引き剥がした湊は、はたと思い出して聞き直す。
「そう言えば、煉はこんなトコで何してたの? 散歩?」
「ンなわけねぇだろ。撮影だよ、撮影」
「あぁ、モデルの?」
「そ。今待機中」
考えてみれば、煉のモデル業について詳しく聞いてこなかった。そう思うと気になって仕方ない湊は、見学してもいいかと煉に尋ねる。
「いいけど、別になんも面白い事ねぇぞ?」
「んふふ。面白いとかはいいんだよ。煉の頑張ってる姿を見たいだけだから」
「··あっそ。邪魔ンなんねぇように隅っこで見てろよ」
「はーい」
湊は、案内された場所で1人ぽつんとしゃがみ、目立たないよう静かに煉を眺める。時々、煉がカメラから視線を外した時に、2人の視線がバチッと合う。湊は、高鳴る鼓動と優越感に打ち震えていた。
後に、その瞬間の煉が雑誌の表紙を飾り、セクシーで愛情に満ちた表情がSNSで大バズリする。が、それは数週間後の話。
撮影を終えた煉は、衣装のまま湊を迎えに来た。この上なく目立っている。
「煉、いくら僕がモサ男のままだからって、あんまり目立つと困るよ」
「だったら黙ってさっさとバイクに乗れよ。俺が誰も居ねぇトコに攫ってやっから」
湊の頭を抱き寄せ、耳元で甘く囁く煉。湊は、深呼吸で弾けそうなほど高鳴る心臓を抑え、渡されたヘルメットを被ってバイクに跨る。
湊が煉の腰に抱きつくと、爆音を響かせて煉は颯爽とファンの間を走り抜けて行った。
数日後、煉を空き教室に呼び出した湊。今にも泣きだしそうな顔で煉を見上げた。
「なっ、おい、どうしたんだよ!?」
驚く煉。言葉に詰まりながらも、湊はツラい事実を打ち明ける。
「煉··、あのね、僕たち、もう付き合えないかもしれない····」
半泣き状態でそう伝える湊。今にも溢れそうな涙を必死に
「は? なんでだよ。もしかして····俺のこと好きじゃなくなった?」
「違うよ! そんなわけない! 違うんだけど····」
「じゃぁなんでだよ。樹か仁に何かされた? 正直に言え」
「そういうんじゃないんだってばぁ····。実はね、事務所が恋愛禁止だって」
「····あぁ、それな」
「この間、あや··夕陽くんが言ってたんだ。それでね、グループで初めて顔合わせした時にも社長がそんなこと言ってたような気がしてさ、確認してみたら契約書に書いてあったんだ」
しょんぼりと肩を落として話す湊。だが、煉はまるで知っていたかのように反応が薄い。
「どうしよう。バレたらサルバテラは続けられないし、でも煉と別れるなんて嫌だし····」
「ならバレねぇように付き合うしかねぇだろ」
しれっと言う煉に、湊は軽すぎると怒った。けれど、それ以外に選択肢はないと煉に言われる始末。
確かに煉の言う通りなのだが、どうにも隠し通す自信がない湊。それと言うのも、既に綾斗から怪しまれているのだと煉に打ち明けた。
煉は、それならばいっそメンバーを味方につけて協力させればいいのではないかと提案する。
「お前のコト、売りそうな奴は?」
「そんなの居ないよ! 皆、凄く優しいし味方になってくれると思う」
「だったら話は早いだろ。さっさと味方に取り込んじまえ」
「もう、煉は大雑把だよね。それに、いつもだけど言い方が悪いよ····」
不満を垂れる湊。しかし、煉はお構いなしに湊のポケットからスマホを取り出す。
「やっ、ん····」
「変な声出してんじゃねぇよ。襲うぞ」
「人のポッケ漁るほうが悪いんでしょ。煉のえっち!」
「どっちがだよ。いいからさっさと呼び出せ」
膨れっ面の湊は、ブツブツと文句を言いながらも綾斗に連絡をする。先日の話をきちんとしたいと言い、放課後に会えないかと尋ねた。
すぐに返事が来て、秋紘と2人で聞くと言う綾斗。湊は、それで構わないと言い、加えて紹介したい人がいるとだけ伝えた。綾斗は『わかった』と返し、放課後、喫茶店に4人で集結することになった。