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第63話 大切な話


 放課後、約束の喫茶店に集結した4人。人が少なくレトロな雰囲気を漂わせる喫茶店、さらにその中でも奥まった席なので、他人に話を聞かれる心配はないと綾斗が言った。


「それじゃ、話を聞かせてくれるかな」


 湊が話しやすいよう、表情は努めてにこやかに、和やかなムードで湊の言葉を待つ綾斗。湊は、意を決して結論から話す。


「れ、恋愛禁止なのは分かってるんだけど、その、忘れてて··、ごめんなさい! こ、恋人ができたんだ」

「だと思ってたよ。うん、まずは話してくれてありがとう。それで····そちらの彼が? ··あれ? 君は確か····」

「っス。会場前で会ったっス」

「だよね。僕たちの事は知ってる··よね?」


 頷く煉。湊は煉を紹介し、活動名を知っている煉には2人を本名で紹介した。どこか緊張している煉。軽く挨拶をするがぎこちない。

 そして、湊はじれったそうな2人に、煉と恋人になるまでの経緯を詳しく説明した。



「流石にびっくりだわ。まさかアンタがかよ。つーか、よくそれで付き合う流れになったね。ビックリしすぎてなんも言えなーい」

「そうだね、僕もビックリした··けど····。て言うか、この間は全然気づかなかったよ。てっきり不審者だと思って····」

「あん時言ってた不審者ってコイツかよ。ウケる~」


 点と点が繋がり線になった。事実を知り、ケタケタと笑いの止まらない秋紘。


「アキ煩いよ。湊、はっきり言うね。湊を奴隷扱いしてた彼とこうなってる事、僕はあまり賛成できない」

「そう··だよね。正直、あの頃を考えたら自分でもこうなってるのが不思議なんだ。でも、気がついたら好きになってて····」


 言い淀む湊に、秋紘がズバッと言葉を投げる。


「好きンなったんならしょーがないんじゃない? 湊が好きになるくらいには大事されてたんだろ? それにどーせ、奴隷つってもアレじゃん? 好きな子イジメたくなるア・レ♡ いーじゃん、お互い好き合ってんなら一緒に居れば」


 秋紘の軽い発言に頭を抱える綾斗。事はそう簡単な話ではないのだ。

 綾斗は、湊に少しの間席を外してほしいと頼み、お手洗いへ行かせた。



 3人になった途端、綾斗は表情を硬くし、これまでの柔らかい雰囲気が完全に消え失せた。

 ピリッとした空気の中、重い空気に耐えられなくなった秋紘が、少し時間を遡った日の話を始めた。


 が涙さんから巨大な花束をもらったあの日、綾斗に心情を聞かれた湊は『僕は····、を見てほしい。僕だけが重ねちゃうのは悔しい····』と言っていたのだ。それをあっけらかんと煉に話してしまった秋紘は、綾斗に足をこつかれて『ンぐっ··』と痛みを堪える。

 呆れた綾斗は、湊が戻る前に話してしまおうと本題に入る。それを察した秋紘が、まずはペラペラと喋ってしまった話を締め括る。


「あん時の湊の言葉から推測するに、さ。あの頃から湊は、煉くんのことが好きだったんじゃない? 自分でも気づいてなかったみたいだけどぉ」

「湊、自分の感情には特に疎いからね。周囲からの好意にも気づかないし。あ、恋愛的な意味のやつね」

「そうなんだよねぇ。でさ、付き合うのはまぁいいとして、尚弥には····雪にバレないようにしてよ。アイツも多分、自分じゃ気づいてないけど湊のこと好きなんだよねぇ」


 思わぬ対極の情報に、煉は眉を顰めた。


「んな事聞いてハイソーデスカって言うわけねぇだろ。湊は俺のもんだ」


 機嫌を損ねた煉は、素が出て粗暴な口ぶりになってしまう。


「あぁそう。じゃぁ言わせてもらうけど、は僕たちサルバテラのものだ」

「なっ····」


 ぐうの音も出ない煉。ド正論をかます綾斗の、言い知れぬ圧に気圧されてしまった。

 綾斗は、追い打ちをかける様にド正論で責め立てる。


「雪のパフォーマンスが落ちたり、蒼のファンを悲しませるような事があってはいけないんだよ。幸い、湊も雪の気持ちには気づいていないから、僕とアキは今のところそれに触れるつもりはない。言ってる意味、わかるよね? 何より、もしも君たちの関係が世間に知れたら、湊はを辞めなくちゃいけないだろう。それは誰の望むところでもない、でしょ?」


 煉に反論させる余地を持たせず、高圧的な口調で言いたい事を言い終えた綾斗。煉は、一言も返せずに歯を食いしばる。


「それでもお前は、湊を独占したい自分を優先させんのかよ。なぁ、?」

「··っ、そんなつもりは··ねぇ、けど····」


 頭では分かりつつも見ないフリをしてきた現実を、痛いほどに叩きつけられた煉。反撃のしようがない煉は、自分を落ち着かせようとコーヒーを啜る。

 煉の様子を見て、綾斗は手元のコーヒーカップを見つめて暫く考える。思慮に耽った時間は1分にも満たない。だが、綾斗は冷静に将来少し先の話を始めた。


「僕たちは喧嘩を売りたいわけじゃないんだ。なんなら君を信用しているからこそ、湊の為に、それから──」


 秋紘は身を乗り出して机に肘をつき、横柄な態度で手に顎を乗せて言葉の先を奪う。


の為に、節度あるお付き合いをしてくださいよってハナシ、ね♡」


 秋紘は、ファンサをする様に煉へウィンクを飛ばす。目の前で繰り広げられる秋紘のパフォーマンスに、煉は圧倒されて言葉に詰まる。

 2人の言い分が理解できるだけに、狡猾な脅しに屈するしかない煉。承諾する他に、選択肢などなかった。



 湊を呼び戻し、大切な話は終わったという綾斗。何の事やらと、湊は煉の様子を窺う。

 ボーッとコーヒーを見つめている煉。何かを考えているようで、湊はどことなく不穏な空気を感じ取っていた。


「俺たちはね、湊、2人を応援するつもりだよ。だけど、それには条件があってね――」


 綾斗が提示した条件は以下の通り。


1、恋愛がらみの悩みでパフォーマンスを落とさない事

2、尚弥と社長には絶対秘密にする事

3、ファンを悲しませない事


 これを守れないのであれば協力はできない、綾斗はそう言った。秋紘もそれに賛同する。


「わかった。それは、僕もそのつもりだったよ。けど、どうしてナオくんにも秘密なの?」

「尚弥は繊細だから、それに真面目でしょ。隠し事なんて抱えてたら、パフォーマンスにどんな影響が出るか····」

「なるほど··、確かにそうだよね。なんだか、ナオくんにだけ内緒にするのは気が引けるけど、僕の所為で迷惑は掛けられないもんね!気をつけるよ」


 湊は、胸の前で両拳をグッと握り気合いを入れた。その愛らしい姿に、煉と綾斗は一瞬の癒しを得る。


「分かってもらえて良かったよ。まぁ後は、仲良しなのは良いことだけど、羽目を外し過ぎないようにだけ気をつけてね」


 綾斗は、にっこりと笑って話を締め括った。


「綾斗くん、秋紘くん、僕たちのコト、否定しないでくれてありがとう」


 切迫したような表情で言う湊に、2人はやれやれと呆れて顔を見合わせる。秋紘は『仲間の恋を応援しないわけないでしょ』と言って、湊の頭をくしゃくしゃっと撫でまわした。



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