煉の答えを聞くや否や、ガタッとすごい勢いで席を立った樹。そのまま、何も言わずに小走りでトイレへ向かった。
「あ~あ。樹、アレ暫く立ち直れないんじゃない?」
「俺の知ったコトかよ。····嘘つくのも
心配そうに樹の背中を見送る仁。対して、煉はいつも通りの素っ気なさ。
だが、そんな煉も樹を心配していないわけではなかった。
「で、どうだった?」
「あぁ? どうって····まぁ、すげぇ可愛かった」
過去に類を見ないほどの赤面を見せる煉。樹の居ない隙に、仁はうはうはと根掘り葉掘り質問攻めにする。
けれど、湊の可愛い姿を想像されるだけで妬いてしまう煉は、何ひとつとして答えなかった。
その頃、トイレの個室に駆け込んだ樹。閉めた扉に寄り掛かり、溢れてくる涙を袖で拭う。
悔しいのか悲しいのか、自分の感情が理解できないほどぐちゃぐちゃに乱れて溢れ出す。
「くそっ!!」
小さく叫んで壁に拳を打ちつけた。煉と仁に泣き顔など見せたくない。そう思いながらも止まらない涙。
煉の照れた顔と、隠しきれていない浮かれた声を思い出す。そして、静かに放たれた『ヤッた』という言葉が、脳内をぐるぐると巡る。
耐えきれなくなった樹は、背中をズルズルと擦りながらしゃがみ込むと、声を殺して泣いた。
数分後、トイレから戻った樹は、店内にも関わらずサングラスを掛けていた。それまで、煉から話を聞き出そうとハイテンションで絡んでい仁と、それをウザそうに躱していた煉は、無言で自分たちを見下ろす樹を見て言葉を失う。
泣き腫らした目を隠したい一心なのを、煉と仁は察する他ない。2人の頭には、最適解を出そうと対策案が駆け巡る。
「あー··、とりあえず店出る?」
「うん」
少ししゃがれた声で答える樹。仁と煉は顔を見合わせ、何事もないかの様に立ち上がった。
仁が不審者を連れ、煉は会計を済ませてから店を出る。行先に迷う3人は、少し歩きながら目的地を思案していた。
「俺ん家行くか?」
湊以外の人間を家に呼びたがらない煉だが、今日だけはと誘ってみた。ゲームでも買って、皆でやれば少しでも気が晴れるかもしれない。そんな、軽い感覚でした提案だった。
けれど、それが失敗だったとすぐに思い知る。
「家? ホテル?」
「あ? 何がだよ」
「湊とヤッたの」
「は··? 家だけど」
樹の意図がわからず、とりあえず素直に答える煉。
「じゃあ行かない」
唇を尖らせ、頬を膨らませて言う樹。ここまで譲歩してきた煉の、堪忍袋の緒が弾けた。
「はぁ? めんどくせぇ元カノかよ。あーっだりぃっ! ンならドコならいいんだよ」
注目されながら歩く街中。煉は往来で立ち止まり声を荒げた。
「ちょいちょい煉、落ち着けってぇ。樹くん傷心中なんだからさぁ」
「傷心中じゃないもん」
面倒臭さを増す樹に、仁の笑顔も引き攣る。それでも仁は、樹に優しくしてやろうと努める。
「だよな~。気にしてないよな~。ごめーん」
樹の機嫌をとるように振る舞う仁。だが、コソッと煉に耳打ちをして本音を漏らす。
「俺もそろそろ限界なんだけど。流石の俺もあんなメンドクサイの、可愛い男の子以外許せないって」
「んじゃその辺に捨ててくか」
「えー··、それは鬼すぎない?」
2人がコソコソ話すのを、ふてくれた顔で見つめる樹。サングラス越しにわかるほど、うっとうしい
「ケーキバイキング行きたい」
スマホの画面を2人へ見せ、目的地を示す樹。画面には、ファンシーなケーキを背景に、安価で食べ放題の売り文句がデカデカと掲げられていた。
樹の唐突なリクエストに、2人は怠さを隠しもせず『えぇー』と疎ましがる。そんな2人に構いもせず、樹は自分本位に駅へ向かって歩き始めた。
「マジで行くの? 俺甘いの苦手なんだけどぉ」
「俺が行きたい気分なの! 黙ってついて来い」
「はぁ~~~、無駄にカッコつけんのやめてくんない? 俺可愛いの専門だから」
うんざりした顔で樹の後を追う仁。なんだかんだ文句を垂れながらも、いつだって仁は樹に合わせて行動する。そんな仁が、煉の袖口を掴んで離さないものだから、仕方なく煉も付き合うことになった。
駅と連結したショッピングモールの4階。最近オープンしたケーキバイキングの店には、女子が行列をなしている。3人は、その最後尾に並ぶ。
「1時間待ちだって。ねぇ、帰っていい?」
「いいわけないだろ。俺と煉、今2人きりにして大丈夫だと思ってんの?」
「えぇー··。樹さ、いつにも増して自己中過ぎない? マジめんどくさい」
「ははっ、仁に言われたら終わりだな」
周囲の女子が
「そういやRen様は変装しなくていいの?」
「あぁ、お前らと居んのは別に問題ねぇからな」
「だよねー。湊と居る時しか変装しないもんね。ほとんど意味ないやつ」
厭味ったらしく言う樹。仁は首を傾げて聞く。
「前から気になってたんだけどさ、湊きゅんと煉が一緒に居たらマズいの?」
煉と樹は、顔にメンドクサイを浮かべて『マズい』と声を揃えた。
「なんで?」
2人は溜め息を吐き、また声を揃えて『なんでも!』と言う。不満そうな仁は、それから店に入るまで不貞腐れたままだった。
並び始めてから1時間と少し、漸く店に入れた3人。店員から店のシステムを聞くなり、ケーキで皿を埋めつくして席へ着く樹。吐く寸前までヤケ食いをするつもりらしい。
仁まで機嫌を悪くし、険悪な沈黙が続く。本気で帰りたくなった煉は、自分が食べ終えると席を立った。
「金払っとくから。俺帰るわ」
そう言うと、煉は2人の返事を待たず、3人分の代金を置いて先に帰ってしまった。