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第100話

「着きました。見せたかったのはここです。お二人とも。」

「廟、ですか?」

歴代の春陽風派の宗主が眠る廟の前にたどり着き、沈楽清は小首を傾げた。

中に案内されると、東を司る春陽風派の廟らしく青色を基調とした廟が目に入る。

その横の小さな通路へと案内され、入って行った沈楽清と洛寒軒が導かれた先には小さな小さな廟があった。

そこに書かれた名前を見て、一瞬洛寒軒の目が大きく見開く。

「・・・勝手に祀ってしまってごめんなさい。」

「いや・・・」

ふらりと廟に近づいた洛寒軒は、その位牌に手を伸ばして胸に抱きかかえた。

「母さん・・・!」

洛寒軒の声が震えていることに気がつき、今は声をかけて欲しくないだろうと沈楽清は少しだけ彼から目を背け、自身の孫をじっと見つめる風金蘭の隣に来た。

「ありがとうございました。」

「いえ・・・」

「隣にあるのは洛一龍様の?」

「はい、おっしゃる通りです。」

風金蘭と沈楽清が話しているうちに気持ちが落ち着いたのか、洛寒軒に名を呼ばれ、沈楽清は彼の隣に進んだ。

「良かったね、桜雲。」

ああと頷いた洛寒軒は沈楽清の手を取り、聞いてほしいと風金蘭と沈楽清両方の顔を交互に見る。

「朱羅との出会いは、俺が楽清と別れた直後にさかのぼる。」

沈楽清と永遠の別れをしたつもりだった洛寒軒は、それでも仙界にいる最愛の人のために何かできないかと思案した。

その結果、思いついたのは自分が妖界を牛耳り、影から沈楽清を守り続けることだった。

「最初はうまくいかなかったんだ。今まで逆らう者を皆殺しにしてきたツケがあったし、近づいてきても寝首をかかれそうになったりして・・・誰も信じることが出来なかった。」

苦戦する日々の中で出会ったのが朱羅だった。

洛一龍にそっくりな彼を見て非常に驚いた朱羅は洛寒軒に第一声で尋ねた。

「お前は何がしたい?」と。

それに対して沈楽清を守りたいと馬鹿正直に話した洛寒軒に爆笑した彼は生涯お前の部下になると宣言したという。

「朱羅は長く妖族で生きている上に社交家で医学薬学の精通者。そんなあいつといるうちに、自ずと弱い妖族や少数派の妖族が庇護を求めて俺の下へ集まってきた。ある程度基盤が出来た頃、夏蒼摩の話が出てきて、朱羅であれば仙界でもうまくやれるだろうと思ってあいつをお前たちの護衛として送り込んだ。最初にあいつを目立たせる舞台を用意したのも、その目的を果たすためだった。」

目論み通り腕自慢大会で良い成績を収めた彼は一躍有名人になり、そこから先は沈楽清の方がこの五年間の彼をよく知っている。

「朱羅に、俺は俺の父親と全く同じことをしようとしていると言われた。」

洛寒軒の説明に沈楽清は納得するも、風金蘭はよく分からないという顔をする。

「天帝と同じ?」

「俺の父親は沈仁清を愛していた。妖王になったら、今度こそ大手を振ってあいつを迎えに行くと笑いながら話していたそうだ。」

しかし、その時の朱羅の怒りはもはや言葉では言い表せないほどだった。

洛一龍に知識を与え、さらには感情も与えた自身の父のことは愛さず見捨てたくせに、なぜその若造は特別なのかと。

父親からずっと仙界や天帝に対する呪詛を生まれた時からその身に深く刻みこまれていた朱羅は、父の恨みを晴らすために得意の薬を使って彼の夢を壊した。

「父を追って妖界へ来たのに、自分を見向きもしない父に対して焦れていた母さんを朱羅は誘惑した。あいつの寵愛が欲しいか?と。もう帰る場所が無いと思い込んでいた母さんは最後の手段としてあいつの薬を使った。洛一龍の目に沈仁清として映り続ける薬を。」

洛寒軒の告白に風金蘭の膝ががくんと折れる。

沈楽清は彼女に駆け寄るとその身体を支えた。

「大丈夫ですか?横になりますか?」

「・・・大丈夫。むしろ最後まで聞かせてちょうだい。」

「ほどなくして母さんは俺を妊娠した。その時から母さんは薬を使うのを止めたらしい。もう自分が愛されると思ったから・・・でも、現実は違った。洛一龍はとても母さんを大切にしたそうだが決して愛してはくれなかった。」

裏切られた怒りから朱羅を殺そうとした洛一龍だったが、朱羅の息の根を止める寸前で思い直し、その代わり彼に生涯消えない呪いをかけた。

いなくなる自分の代わりに永遠に自分の子に尽くせ、と。

「いなくなる?」

「天帝ではなくなった洛一龍にとって生きる意味は沈仁清だった。それが奪われて絶望したあの男は生まれて来る俺に全てを譲り、自分は死ぬことを望んでいたそうだ。」

「・・・桜蘭が私の誘いに乗ってきたのはそのため?天帝が自分を選ぶか賭けに出たということ?それとも自分を愛さない男を望み通りに死なせてあげようと?あの子・・・そんな・・・」

天帝が自刃した理由は娘を愛していたからだと信じていた風金蘭にとって、この事実は残酷なものでしかなかった。

嘆き悲しむ風金蘭の背を撫でながら、沈楽清も何ともやるせない気持ちになる。

全員、誰かを心から愛していただけだった。

それなのに、それがどんどん悲劇を生んでしまった。

自分もまた洛寒軒という人間に狂っているという自覚がある沈楽清は、自分もこれから間違えないようにしなければと胸に刻む。

「・・・誰か一人でも、ちゃんと自分の想いを相手に伝えていれば結果は違ったのかな・・・」

ぼやいた沈楽清に洛寒軒は「本当にな」と苦笑し、風金蘭も「そうですね」と涙をぬぐう。

しばらくして、気丈に立ち上がった風金蘭にエスコートされ、洛寒軒の前に連れてこられた沈楽清はその手を風金蘭から洛寒軒へと渡された。

洛寒軒は沈楽清の手を両手で包み込むと滅多に見せない優しい笑みを浮かべる。

「楽清。ここで一緒に三拝をしてもらえないか?」

洛寒軒はその場にあった線香を取ると火を点けて沈楽清の手に握らせた。

風金蘭の方を振り返ると、彼女がこちらを見て頷いてくれたのが沈楽清の目に入った。

沈楽清は洛寒軒を振り返ると、相手の目をしっかり見つめて大きく頷く。

「はい、桜雲。」

二人は顔を見合わせると、お互いの動きに合わせてゆっくりと動き始める。

一拝目は天地に。

二拝目は両親に。

この時、沈楽清は心の中で洛寒軒の両親に語り掛けた。

世間的に見れば間違いだらけだったかもしれないけれど、それでも洛寒軒をこの世に産んでくれて本当にありがとうございました、と。

三拝目はお互いへ。

息がぴったりと合った二人は全く同じタイミングで一拝してその場に立ち上がる。

二人は手に持った香を香炉に立てると、そのままきつく抱き合った。

「誓うよ、桜雲。これから永遠にお前の側にいるって。」

「俺もだ。」

そんな二人を見届けた風金蘭は静かにその部屋を後にした。


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