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働く親善大使団


 ガラガラ。ガラガラ。


 聖都の大通りを進む馬車の中で、


「本当に……本当にもう無茶な事をしてはいけませんからねっ!?」

「そうだぜ先生っ!? いくら怪我が治ったからって、今回はあくまで横から時々口を出すだけ。やって良いのはそれだけだからな?」

『そうですよ開斗様。ライ君のフォローはこのワタクシにお任せあれ!』

「分かっているさ。分かっているとも。今回はおとなしくしているよ」


 周囲の人達に心配されながら、俺は静かに馬車の中で横になっていた。





 昨日の夜、俺はヒヨリと共に神族を呼び出すアプローチをして何者かに襲われた。


 毒で体の自由が奪われ意識が朦朧とする中、誰かが割って入ったのは覚えている。自分を七天主神ブライトと名乗る誰かを見て気を失い、俺が気が付いたのは翌朝の事だ。


「先生っ!? 気が付いたんだなっ! 良かった!」

「カイト殿。よくぞご無事で」


 目を覚ました時、いきなり顔をくしゃくしゃにしたライやジュリアさんに呼びかけられた時は驚いたが、すぐに大丈夫だと返せた事は我ながら上出来だと思う。しかしその後が問題だった。


 なにせ訳を多少知っているジュリアさんだけならまだしも、ライや何人かの護衛としてついている兵士達の目もあっては全てを正直に話すわけにもいかない。というより俺自身意識を失っていた上、厳密にはヒヨリのやろうとしていた事を全て把握していたわけでもない。


 なので対外的には、“夜の散歩をしにこっそり宿の外まで出ていたら突然強盗に襲われた。刃物で切り付けられながらもどうにか宿の中まで辿り着いたため強盗は逃げ出したが、思ったより傷が深く俺は気を失ってしまう。しかしそこを通りすがった誰かの手によって助けてもらった”……という感じの説明をヒヨリと話を合わせつつする事になった。


 宿の中で襲われたという話を公にしなかったのは、聖都側から勧められた宿で騒動が起きたとなれば親善大使としての業務どころではなく即帰還の流れになりかねない事と、あの襲撃者はどうもためだ。ならこれからはヒヨリも含めて単独行動を避ければ下手に襲撃を受ける事もない。だが、


「先生。そんな事言って、どうせオレに内緒でユーノの事を調べに行ってたんだろ? それであんな夜中に散歩だなんて。先生がぶっ倒れて担ぎ込まれたって聞いて凄く心配してたんだぞっ!」

「カイト殿。だから言ったのです。荒事の可能性があるなら私だけでも念の為付き添わせろと。なのにカイト殿ときたら、俺は良いから全護衛を坊ちゃまに集中させろなどと。再度申し上げますが、カイト殿もライ坊ちゃまにこそ優先順位は劣れど護衛対象なのですよ?」


 説明を終えるとライには泣きそうな顔で責められ、ジュリアさんには淡々と説教され、俺はヒヨリと一緒に平謝りするはめになった。


 さらに、ヒヨリに俺が眠っている間の事を聞き、今日の夜に神族から招待を受けたと知って準備をしようとした時、


「親善大使団の皆様方。お迎えに上がりました。出発の準備はお済でしょうか?」


 昨日の宣言通り、親善大使の公務に誘いにギオンさんが宿に到着。着替えも準備も既に出来ていたライ達がギオンさんの案内で出発する時に、俺も半ば無理やりついて行って現在に至るという訳だ。





 親善大使の公務だが、急遽ライが名代を仰せつかった事からも分かるように、それ自体は別に専門的な知識も技能も必要としない。では何をやるのかと言えば、


「……はああぁぁっ。疲れた~」

『疲れたって……普段ライ君がやっている訓練に比べたら、運動量自体は移動を含めても少ないですよ』

「肉体的にじゃないよヒヨリ。精神的にどうかって話だ。ってこんなにきつかったんだなぁ。父さんが王都にも聖国にもあんまり行きたがらないのが分かるよ。息が詰まるったらない」


 そう。ライが愚痴っているように、聖都の有力者に対する挨拶回りが親善大使の主な公務だ。


 そして周囲への王国と聖国の友好をアピールするのが目的なのは向こうも同じ。おまけに今回はバイマンさんの名代としてライが来ている事は周知の事実。


 なので挨拶の内容はおおよそ定型文通りで良いし、多少の言い間違えや無作法程度なら皆笑って流してくれる。かなり対応としては甘い部類と言えるが、それはこれまでのバイマンさんの実績とその息子であるライへのこれからの期待も込めてというものだろう。


 ただライとしては、普段着慣れない礼服に身を包み、何度も練習したとはいえ大真面目に長々とした挨拶を、何人もの身分のある御仁の前で披露するのだからすっかりグロッキー。


 馬車で移動する間はギリギリまで礼服を着崩し、今も少しでも楽な態勢を取ろうと横になっている。


「ははは。お疲れ様です坊ちゃん。ですがもうちょっとお願いしますよ。ギオン殿によると、次の場所で今日の分は終わりですから」

「や~っと最後かぁ。これまでも気難しそうなお爺ちゃんとか、やたら圧の強いおじさんの前で挨拶をしてきたんだ。もうどんな人が相手でも怖くないぞ!」

「それは頼もしいですね!」


 ジュリアさんが馬で並走しながら朗らかに笑う中、ふと最後の相手が気になって先を行くギオンさんに声をかけた。



「すみません。今日最後に挨拶に行く方はどちら様でしょうか?」

「はい。聖護騎士団副団長様ですよ」



 それを聞いて、だらけていたライががばっと勢いよく起き上がる。


「オーランドっ!? ……先生。それって」

「ああ。時間が空いたら向かおうと思っていたが、手間が省けたな」


 どうやら神族に招かれる前に、事の次第を知る時が来たみたいだ。


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