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決闘の顛末 そして帰還


 ガラガラ。ガラガラ。


 俺達を乗せた馬車は行く。聖国を出、関所を抜け、森の中を突き進む中、俺はあの決闘の日を思い出していた。




 あの日、俺はジャニス様に軽い拘束を受け、ヒヨリ共々拠点に置いて行かれた。俺達を餌に救助隊に戦力を割かせ、少しでも警護を薄くした上で大神殿に乗り込みユーノに干渉をするのが目的だったのだろう。だが、


『よぉ。災難だったなぁ』

「いえ。御自ら助けに来ていただきありがたく思います。

『しっかしその予言システムも大概厄介な代物だぜ。まさかここまでバレてるとはジャニスも泣くね』


 一番の誤算は、おおよその行動が予言システムで既に分かっていた事だろう。


 七日以内の持ち主及び勇者の命の危険。そして、。それを指し示す内容をアナの訓練中に見て取り、俺は諸々の対応等を手紙に記してブライト様に託していた。


 結果、こうしてブライト様が直々に俺達を救出に参戦。ただし救助隊が動かないとジャニス様に怪しまれるため、誰にも知らせずこっそり単独で。


 リングに居るのはジャニス様同様ただのダミー。勿論本物のジャニス様ならすぐ見破るだろうが、向こうもダミーを置くからこそ使える手だった。


 その後俺達はブライト様と共に大神殿に戻り、自室でライの戦いを見守っていたユーノに事態を説明。


『じゃあオレはここでユーノに扮してジャニスを待ち受ける。久々のデートと洒落込むとするさ。……お前らはどうする? 隠蔽魔法でそうそう気づかれないだろうが、別室にでも避難するか?』

「あ、あの、じゃあ一つお願いが。わたしを……兄さんの居る所まで連れて行っていただけませんか?」


 そのユーノの提案にブライト様も少し悩んだという。下手に空間移動を繰り返せばジャニス様に気づかれる可能性も上がる。しかし普通に移動しては距離が長く間に合わない。


 何か乗り物でもあれば。それも今すぐ準備出来て足の速いモノなら尚良い。そう時だった。



 クエエエエッ!



 突如窓の外から甲高い鳴き声が響く。そこに居たのは、


「グリフィンっ!?」

『あっ!? っ!?』


 獅子の胴体に鷲の頭と翼を持つ獣。グリフィンが窓から顔だけをこちらに向ける中、ヒヨリが急にそんな事を言い出した時は驚いた。


 なんとこのグリフィン。あのチーム『鋼鉄の意志』が聖都に元々残していた乗騎で、“輝ける栄光亭”で世話をされていたのだという。ヒヨリとはモンスター用のスペースで隣室であり、ちょっとした縁があったのだとか。


『どうやらこのグリフィン。お前さんの思いに反応してやってきたみたいだぜ』

「俺の? ……そうですか」


 先日精神世界でしれっと強化されていた思考伝達スキル。それが遂に口に出さずともモンスターに影響を与える域に達していた事に頭を抱えたが、どうやら手を貸してくれるのは事実。


 そうして俺達はグリフォンに乗りライ達の戦うリングまで移動。二人の決闘を見届けたという訳だ。





 その後も多くの事が起きた。


 傲慢の大罪スキルで勇者の力を再現し、かつ同時に俺の技を真似るなどしたライは反動でしばらくまともに動けないほど衰弱。ユーノは泣きじゃくりながら治療し、アナも限界まで戦った結果疲労困憊。


 黒狼も傲慢の獅子もそれぞれ宿主の下に帰り、その様子は聖都中に中継されるという混沌たる様相だった。しかし、


「……へ、へへっ! 勝ったぜ! ……ユーノ!」

「良いから黙っててっ!? ホントに、兄さんったらこんなボロボロになるまで必死で……ありがとう」


 全身まともに動かないのに無理をしてにかっと笑ってみせたライの顔を、俺は忘れられそうにない。





 ガラガラ。ガラガラ。


 そうして現在、俺達は多少遅れこそしたが、親善大使団の公務を終えて村への帰路に着いていた。


「えっ!? 帰って良いんですか?」

『ああ。勇者候補云々で遅れていたが、元々式典が終わったらいつでも帰って良いって話だったろ? いったん帰ってバイマンの奴を安心させてやんな。……まあその内気が向いたら呼びつけるけどな。クククっ!』


 そうブライト様は言っていたが、実際はジャニス様と時間をかけて話し合う必要があったからというのもあるのだろう。


 神族様同士の激突の顛末は良く分からない。ただ結果として、ジャニス様が負けて力の大半を封印され、しばらく聖都に留まりブライト様の監視を受けるのだとか。


 まあブライト様曰く『あの女はこの程度じゃへこたれねぇよ。まあ少しの間はおとなしくしてるだろうがね』という話だ。


 さて。行きはよいよい帰りは恐いという言葉もあるように、村に辿り着くまで俺も気を張らなくてはならない……のだが、


『開斗様。流石にもう警戒しなくても良いのでは? だ~れもこんなを襲ってくる奴は居ませんって』

「それは……そうなんだけどな」


 そう。ヒヨリが言うように、ジュリアさん率いる護衛達や俺達が当初聖都に向かった時に比べ、今の人数は大分大所帯になっていた。それは、


「アイテテテっ!?」

「兄さんっ!? 誰かっ!? 兄さんの背にクッションを追加してくださいっ!?」


 未だ全身に筋肉痛が残っているライと、それを心配しながら見つめるユーノに、


「ユーノ様。そんな奴の為に自らのクッションを差し出す事はありません。この程度大げさに痛がっているだけですよ。……そうだなおい? まさかユーノ様の前でそんな無様を晒す奴が勇者の守り手だなんて事はないよなぁ?」

「ぐっ!? ……あ、ああ。勿論だとも! 今のはちょっと……うっかり振動で頭をぶつけただけだ!」

「なら結構。さあユーノ様。紅茶のお代わりは如何です?」


 普通に勇者の側役としてついてきたレットと、聖都滞在中でもユーノに付き添っていたという寡黙な侍女さん達が紅茶の準備をし、


「ありがとう。……いただく」

「あっ!? おいっ!? こちらは勇者ユーノ様の」

。つまりこれはわたしも飲んで良い。……カイト。一緒に飲もう」

「ああ。すまないねアナ」

「ふふっ! どういたしまして」


 紅茶のカップを二つ奪い取り、片方俺に差し出してくるアナの姿に苦笑しながら俺はカップを受け取る。するとアナは嬉しそうに微笑んだ。


 アナは結局ジャニス様の言っていた決闘の建前通り、ユーノとは同盟のような関係となった。


「ジャニスが言うには、他の神族の中にもわたしのようなを抱えている奴が居るみたい。もしかしたらその中にわたしの仇が居るかもしれない。なら、今は素直にこっちに従うわ。……でも用心して。まだわたしは、勇者の座を諦めていない」


 そんな事を同行する前に言っていたが、幸い直に戦ったライとはそれなりに認め合っているようで、ライが止めに入る限りはユーノへ危害を加える事はなさそうだった。


 あと、時折俺に対して甘えるような態度をとるようになったのは良いのやら悪いのやら。付きっ切りで面倒を見る契約は終了したが、ライ達と一緒にちょっとした訓練を見る程度ならやる続ける予定だが。


 加えて聖都から護衛として来てくれた、オーランドさん直属の聖護騎士団が数名。聖都で乗り換えたグリフィンに騎乗するチーム『鋼鉄の意志』の面々。そして、


「グルル」「シャァ」「ワゥっ!」


 まだ思考伝達の効き目が残っていたのか、敵意もなく追走してくる聖国関所手前で別れた筈の大量のモンスター達と、


『おいワン公。お前の宿主ちょっと人によってツンとデレが激しすぎにゃい? オレ様の宿主に対してはまだデレが多い方だからマシだけど』

『……うむ。まあ……許せ』

『いやお前も大概気に入った奴には甘々だにゃっ!?』


 馬車の隅で半透明になりながら、互いの宿主を見守っている大罪の獣達。今でこそどちらも小型だが、いざとなったら即巨獣の姿で実体化できるのは明らかだ。


 以上ちょっとした軍勢並みの大所帯となった一団が、森の中を突き進んでいた。





『しかし開斗様。これから先も色々ありそうで困りましたね』


 ヒヨリの言葉に俺は静かに頷く。


 まだ厄介事の火種は多い。ブライト様にまた呼び出される事は確実で、ジャニス様も力こそ封印されたが企みがある事は間違いない。そして他の神族様方も、どうやらそれぞれ思惑がありそうだ。しかし、


「もうすぐ森を抜けますよ」

「見ろっ!? 森の出口に何者かの一団が居るっ!?」


 俺はそっとの馬車の窓から先を見て、問題はないなと薄く微笑む。それは、


「バイマン様だっ! バイマン様と村の守備隊だぞっ!」

「お出迎えだっ!」


 その言葉にライとユーノも俺の横から窓の外へ顔を出し、バイマン様達を視認する。そして、


「父さんっ!」

「お父様」

「「ただいまっ!」」

「ああ。……お帰り」





 そう。これはどこまで行っても、それだけの話。


 子供達が様々な困難を伴いながら、帰るべき場所に帰るまでの冒険譚。


 俺達大人に出来る事と言ったら、その旅路をほんの少しだけ導き、手助けするだけ。でも、


「なぁ。ヒヨリ」

『何です?』

「俺は子供でもないし、何を今更と思うかもしれないが、いずれ必ず依頼を達成して生きて元の世界に帰るつもりだ。こんな俺だが、待っていてくれる人達が居るから。……だから、もうしばらく俺の仕事に付き合ってくれ」

『ふふ~ん! 分かってますって!』


 そう言ってヒヨリは、どこか穏やかで慈悲深い……まるで女神のような表情を一瞬見せた。





『ご安心ください! アナタが帰るべき場所に帰るまで、無事ご依頼を達成できますようこのヒヨリ。影に日向に手助けする所存ですとも!』

「……ああ。ありがとうよ。相棒」



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