「……」
旧世界の力を求める。
黒須少尉の話は、珊瑚に昨夜の古兀との会話を思い出させた。
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「……若将軍にだけでも、真実を聞いてもらいたいんじゃ……」
「この妖界、いいえ、この世界を完成させるために、『旧世界の力』が必要じゃ」
昨夜、古兀は深刻な顔でそう告げた。
「わしは長年、妖界の新生代の育成に手伝っていた。若将軍のような優秀な血筋と天賦な才を持つ妖怪もいれば、いくら努力しても霊気を集められなく、昇格できない妖怪がいるのじゃ。昇格できない後輩たちが苦しんでいる姿を見ていられず、わしは妖界の霊気を増やせる方法は模索していた」
「それは知っている。だから、爺さんは分離を主張するようになった」
「そうじゃ。わしはあらゆる可能性を考察した結果、今の世界は自身の限界を超える分の霊気を生み出せない。そこで、わしは考えた。この世界に問題があるのなら、世界の源から直す方法はないかのう……」
「……」
陣営や主張が違っていても、珊瑚は認めざるを得ない。古兀は後輩思いのいい先輩だ。小さい頃に、彼も古兀からたくさんの有益な指導をもらった。
「わしは同じ志を持つものたちと世界の根源を探した。そして、やがて『朽ち果てる深淵』で旧世界の痕跡を見つけて、『世界の意志』からの『啓示』を受けたのじゃ」
「旧世界の痕跡と、『世界の意志』からの『啓示』?」
珊瑚はその妙な言葉を繰り返した。
「そうじゃ。『朽ち果てる深淵』の底に、旧世界の思念波が微かに存在するのじゃ。わしらはそれに触れると、世界の意志から『啓示』が降りた。新世界と旧世界の廃墟から生れたもの、もともと、旧世界から養分を引き継ぐのじゃが、何かの原因により、旧世界には膨大な遺跡が残してて、完全に滅んではいなかった。その故、一部の養分が新世界に振り込まれなかった。それが、妖界と人間界が分離できなかった原因じゃ」
「……そんなことがあったのか。しかし、その『啓示』とやらは一体どこから来たもので、信憑性はどのくらいあるのか?」
怪しいと感じたが、今まで聞いたことのない新鮮な情報で、珊瑚は少し興味が湧いた。
「信憑性はわしらも完全に保証できないが、それはこれまでずっと見えなかった希望の光じゃ。旧世界の遺跡を見つけ、その力を手に入れれば、妖界の霊気不足の問題を完全に解決できるのじろう」
「その遺跡の手掛かりは?」
「旧世界への道が必要じゃ。じゃが、新世界で生れたわしらは旧世界との繋がりがなく、道を開けない。道を開くために、旧世界からの階級の高い魂が必要じゃ。じゃから、あの者たちは危険を冒し、扉を破り、旧世界の魂を持つ人間を探しに行ったのじゃ。乱心が起こしたのは、おそらく、旧世界からの破滅の力が満ちた思念波に影響されたのじゃ」
「なるほど、道理は分かった。信憑性はさておいて、密かにやる必要はある?本当に妖界の問題を解決できるのなら、議会に提出すればきっと助力をもらえる」
古兀の長々の説明に、珊瑚は半信半疑だった。
「フフ」
古兀は苦笑しながら頭を軽く横に振った。
「若将軍は相変わらずやさしくて、正直で、いい子じゃのう」
(いい子は余計だ……)
深刻で真剣な話をしているので、珊瑚はツッコミを伏せた。
「十分な霊気を生み出せば、今まで昇格できなかった妖怪たちは一気に上に這い上がる。すでに頂点に立った者たちはそれが許されると思う?」
「……」
珊瑚はすぐ返事しなかったら、古兀の眼差しが一層暗くなり、恨みを込めた言葉を吐いた。
「老いぼれで妖力の弱いわしでも手掛かりを見つけられるのに、数万年、上位者たちは誰一人も真剣に取り込まなかった。奴らは、この妖界のことも後輩たちのことも考えていない。奴ら自身の地位と利益だけのために動いているのじゃ。お父様の大将軍さえもな」
「!」
いきなり父が指摘されて、珊瑚の肩が思わず動いた。
「平民妖怪の出身で膨大な力を手に入れたのに、高貴な血統のお母様と結婚したら、妖界の変革に手を貸さず、利益集団の側に入った!」
「……」
古兀の話から強い違和感があったが、珊瑚はすぐ否定に入らなかった。
古兀の理論によると、彼も間違いなく「利益集団」側の妖怪だ。何を言おうとも、この「老狸」は不服だろう。
だが、古兀は少し柔らかい目線で珊瑚を見た。
「じゃが、若将軍はまだ彼らと違う。小さい頃から若将軍を見ていたわしには分かる。若将軍は七尾まで昇格してもやさしい心を持ち続けるのじゃ。じゃから、こうやって真実を申し上げたのじゃ」
「……それがしに何をしてほしい?」
珊瑚は目を細めて、古兀の真意を催促した。
「もともといろいろ頼むつもりじゃが、意外な収穫のおかげで話は簡単になったのじゃ――あの、玄幸一という人間の子をわしが働ている動力部に連れてきてほしいのじゃ」
「!」
「あの子は旧世界の魂を持つ、福徳の高い人間じゃ。彼がいれば、旧世界への道が開かれる」
********
「若将軍、どうかしましたか?」
珊瑚が黙っていたら、黒須少尉は彼に話をかけた。
珊瑚はにっこりと笑って、古兀から聞いたことを伏せた。
「これから悪鬼かも知れないものを捉えに行くから、ちょっと不安でね、その悪鬼を倒すコツとかはないですか?」
「引き続き調べてみます」
珊瑚に返事を出したら、黒須少尉は一度止まって、逆に珊瑚に質問を投げた。
「一ついいですか?なぜ玄幸一を人質にしたのですか?あの天修良の底力が見ない状況で、彼を過度に刺激する恐れがあると思いますが……」
珊瑚は軽く息を吹いて、涼しい口調で答えた。
「幸一はそう望んでいるから。あの修良先輩のためなら、彼は喜んでできることを尽くします。『お互い』に利のあることだから、そうしましたよ」
「……お互いに……?」
黒須少尉の眉間に皺ができた。
今の珊瑚の言葉は、なぜか裏があるような気がした。
「それじゃ、それがしは鬼退治に取り掛かります。何か新しい情報が分かったらすぐ教えてくださいね」
黒須少尉に別れを告げて、珊瑚は城外で待機している紅凛軍の陣に戻った。
妖界軍の数百人の精鋭が集結し、彼の指示を待っている。
「朽ち果てる深淵で、『赤蓮の陣』を構えろ」
「!!」
珊瑚の命令を聞いて、副将は驚いた。
それは紅凛軍の精鋭が総勢をあげて、初めてできる最強の集団陣法。
危険性の高さと威力過大のゆえに、百年前の妖界大戦でも使ったことはなかった。
しかし、あの天修良から感じた妙な威圧感を考えると、なんとなく納得できた。
「承知!」
「……」
(『赤蓮の陣』、やりすぎじゃないよな……)
動き始める軍をみて、珊瑚は少し頭痛を感じた。
昨夜の古兀の話が頭から離れない。
黒須少尉の調査結果を聞いて、なおさら血が騒ぐ。
旧世界のことが本当だったら、今回の事件は世界の意志に導かれた、妖界を助ける道かも知れない。
昨夜、古兀に幸一をどのように使うのも聞いた。
********
「幸一の魂で扉を開くってこと?そんなことをしたら、幸一どうなる?」
「彼なら、特に害はないじゃろ。福徳が厚いし、仙道の修為も高い。しばらく魂を抜き出すくらいのことで死なない。あの子はいい子じゃ、彼の仲間のやったことを大目でみてやることを条件で交渉すれば、きっと応じてくれる。お互いにいい話じゃろう」
「……悪いけど断る」
その時、珊瑚はきっぱりと古兀の提案を断った。
「幸一は幸一、他人のために自分を危険に晒す義務はない。まして、同胞の死を交渉の条件にしたくない。今回のことは尋常じゃない。下手したら仙道との関係がまずくなる。爺さんの話も、あの天修良についても徹底に調べる。慎重に運ぶつもりだ」
「若将軍は相変わらずやさしすぎで妖怪らしくないのう、しかし、その配慮は彼らに通じるのかね」
昨夜の話は、古兀の不気味な笑い声の中で終わった。
(そうだ、それがしは一度爺さんの話を断った。武力で修良を捉えるのは、現実的な判断だ。幸一は自分の意志で人質になったのだ。爺さんの手伝いをするかどうか、彼本人が判断する……)
(あのムカつく修良先輩を掴まえば、旧世界の謎が解けるかもしれない。妖界の霊気の問題も解決できるかもしれない。)
(それがしはあくまで責任を果たしている。自分の美学に反することを、やっていない!)
珊瑚は一度拳を強く握りしめ、彼の行動を止めようとするうるさい雑念を振り払った。
自分の体から魔の気配が溢れたことに全く気付かなかった。