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四十一 幸一がため

古兀を抱えて部屋から駆け出した幸一は、さっそく二人の妖怪を見つけて、大声で言い放った。

「この爺さんは俺の人質だ!俺をさっき爆発か地震があったところに送るんだ!断ったら、この爺さんの命はないぞ――」

「!!」

「!!」

この突然な出来事に、二人の文人っぽい妖怪はすぐ反応できなかった。

「わ、わしの命は大丈夫じゃ、この人間の魂は妖界を救う重要なものじゃ、決して、逃しては……」

「だから、俺の魂を抜き出すのが失敗したんじゃないか!この頑固じじい――!」

幸一は我慢できず古兀を反論したら、古兀の頭の異様に気付いた。

葉っぱを失った古兀の頭がピカッと光って、三本の毛しかなかった。

二人の妖怪は栗鼠と鹿の耳を震わせて、恐ろしいものでも見たような目で幸一を見る。

「こ、この人間!古兀様になんてひどいことをした!!」

「古兀様が命より大事にしている葉っぱを奪ったなんて!残虐非道な人間め!」

「馬鹿っ、おぬしら!!」

古兀は二人の妖怪を止めようとした、もう遅い。

頭のいい幸一は秒で彼たちの話の意味を理解した。

「なるほど」

幸一は人畜無害な笑顔を見せながら、空いている手で、古兀の一本の髪の毛を摘む。

「お爺さん、俺をあそこに連れてくれないなら、お爺さんの命よりも大事な髪の毛を抜きますよ」

「!!!」

古兀の顔が真っ白になり、鷲に掴まれたひよこのように震えながら、声をこぼれた。

「て、転送の間は二つ上の階じゃ……」


監視の隼は霧の中に飛び込み、両目から金色の光を発して探索する。

爆発の衝撃を受けて、紅凛軍の兵士は大半蓮の中心から遠いところに飛ばされて、地に倒れている。

「皆、大丈夫か!」

「しょ、将軍はどこだ!?」

起きられるものは急いで周りの状況を確認する。

霧の一番濃厚の中心部に、二つの影が佇んでいる。

一つは、体の半分が鮮血に染められた珊瑚。

珊瑚は体を支える力を失ったように、ドスンと片膝が地に着いた。

左手で骨が砕かれた右肩を抑え、目の前の修良を見上げる。

彼の知っている修良は、「半分」しかなかった。


修良の体の半分が化け物になった。

体が灰色の霧を纏い、肌が真っ黒。

腕と脚が鱗を被る枯れた樹木の形、手と足が龍の爪のように大きな爪の甲が突き立てる。

片方の目が剥き出した黒い玉、頭に尖った角が生えた。

「これが旧世界が残した破滅の力だ。ほしいのか?」

「!!」

修良の声の中に、巨体な獣の唸り声のような響きが混じている。

「それがしは、騙された、というのですか……?」

珊瑚は何回か息を調整して、なんとか声を出せた。

「お前は何を聞かされたのか分からない。そうとは言わない」

「……なぜ、それがしを仕留めなかったのですか?最後の一撃の力を抑えたのですね。その腹の傷は力を強引に収めたせいでできものでしょ?」

珊瑚が言っているのは、修良の右腹に空いている虚空の穴のことだ。

しばらく黙っていて、修良は嘆きのように言った。

「……幸一は、お前のことが気に入った。私に構わず、あいつと友になれるものはそれほどいない。お前が消えたら、幸一が悲しむ。だから、これから旧世界のことに一切触れないと承諾すれば、命拾いにしてやる。それと、お前の地位でなら、妖界でその情報の拡散を抑えられるだろう」

「フッ……あくまで幸一にこだわっていますね」

どうやら完敗のようで、珊瑚は肩の力を抜いた。

「分かりました。それがしが死んだら、妖界と仙道に迷惑をかけるし、幸一ももっと困るでしょう」

(正直、まだちょっと怖いな。)

珊瑚は心の中で自分をあざ笑った。

(紅凛軍総勢とそれがしの全力を出しても敵わなかったとは……)

(彼は確かに「少しだけ」と言った。おそらく、これはまだ全力ではない。)

(死ぬ覚悟で戦っていても、紅凛軍や妖界を賭けにしてはいけない。)

(こんな規格外なやつと正面で衝突するより、「迂回」で接触したほうが賢明だろう……)

武力で負けたが、頭の回転が早い珊瑚だから、さっそく次の計算を始める。

「では、幸一を解放してもらおう―――」

「その前に、もう一つ、いいですか?」

珊瑚は移動しようとする修良を止めた。

「百妖長たちを殺したのは、彼たちが元に戻らないことを知ったうえでやったのですか?」

「意味のないことを聞いてどうする?」

「あら、お忘れですか?修良がその者たちを殺した件はまだ解決できていませんよ。これからの『協力関係』のために、修良さんに『逃げ道』を作ろうと考えています」

「……」

(しつこい狐だ……)

重傷で負けたのに、そのわざとらしい言い方。修良は嫌味を覚えた。

でも、珊瑚は真面目だった。

「それがしはすでに気付きましたよ。彼らはもう元に戻れないでしょ?」  

乱心した兵士たちにあらゆる浄化術や鎮静術を施しても、彼らは元に戻れなかったのを見て、珊瑚は薄々気付いた。乱心で誘発された激しい妖力の消耗でも、数日間で彼たちから命を奪う。

心の底でその事実を認めるのに抵抗したが、修良に負けた今、やっと目が覚めたような気がした。

珊瑚は薄い苦笑いを浮かべて、ため息をついた。

「正直、それがしはそんな美しくない姿を晒されたら、死ぬことを望むのでしょう。ただ、同胞や上司として、いかなる理由があっても、彼たちの死に説明を求めなければなりません」

「『逃げ道』などいらない。彼たちの誇りを考えて殺したのではなかった」

修良は珊瑚の「好意」を受けなかった。

たとえ救済があっても、彼は同じことをするだろう。

旧世界のことは「幸一の存在」に関わっている。

彼はその秘密を死守しなければならない。

「つまり、修良さんは『彼らが元に戻れないのを知っている』を否定しませんね。分かりました。その証言を持って、議会で修良さんの罪を軽減するように働きます」

だが、珊瑚は勝手にその逃げ道を繋げた。

「目的は?」

修良は珊瑚のいきなりの態度転換を警戒した。

「さっきも言ったでしょ?『協力関係』のためです。それがしは旧世界の力に興味を持ったのは、一部の妖怪が『旧世界の力が妖界の完成に役に立つ』という『啓示』を受けたから」

「啓示?」

(まさか、あの百妖長が言っていた「神」のこと?)

妙な言葉に、修良は眉をひそめた。

「詳しい話は後ほどにしますが、『啓示』、『旧世界』、『乱心と魔の気配』、いろんなことがあったが、それらをつなげる糸がまだ見えません。それらを解明するには、旧世界と繋がっている修良さんの存在、そして、お助けが必要です」

修良は不快そうに眉間の皺を深ませた。

(今は伏せたが、機会があれば、また旧世界の力に突き込むように聞こえるな)

「……この期に及んで、まだ諦めないのか?狐らしくない馬鹿ものだな」

でもその固執さは、なぜか負けず嫌いの幸一に連想させた。

「断る。妖界の審判は私になんの影響もない。しつこく追い詰めれば、破滅になるのは妖界のほうだ」

修良は巍然とした態度で珊瑚の提案を拒否した。

「仕方がないな、修良さんもかなりの頑固者ですから――これを交渉条件にしましょう」

珊瑚はやれやれと笑って、右手で炎を着けて、一つの火炎の巻物を広げた。

「!!」

その巻物の内容を目にして、修良はめずらしく呆れ果てた。

その巻物は、幸一が人質になることを承諾する時に押印したもの。

だが、「修良の代わりに妖界から罰を受ける」こと以外に、珊瑚の屋敷で千年の使用人になり、ご主人のために霊力を捧げることも書いてある。

つまり、千年の身売り文書になった。

「修良さんも知ってるでしょ?妖界では人間の戸籍文書は不要です。これだけがあれば、幸一はすでにそれがしの使用人なりました」

「……」

「幸一のことだから、あんな状況で詳しく読まないと思いました。やっぱり、読もうともせずにこの身売り文書に押印してくれました。修良さんのためにあんなに焦っていた彼、本当にかわいいですね」

「……そんなに、死にたいのか……」

修良の体から大量な灰色の煙が生れた。

「それがしを殺しても有効な契約ですよ。解約するには両方の合意が必要だから、それがしを生かしたほうが賢明だと思います」

珊瑚はわざとらしいニヤニヤな笑顔を見せた。

「……」

(一本を取られたか……)

(やつらは旧世界の力を追い詰めれば、いずれ「幸一の正体」に辿り着く。どうしても避けられないなら、やつらの勝手な行動を放任するより、私の目が届くところに置いておくのも一選択だな……)

「分かった。その話に乗るとしよう」

修良は目を髪の影に隠し、声を限界まで低くして承諾した。

「だが、条件はある。二度と幸一に不利なことをしないと誓え」

「はい、誓います」

やっと修良から妥協を捥ぎ取って、珊瑚は長い息を吐いて、いつもの軽い口調に戻った。「そんなに幸一を大事にしているのなら、最初から和解を選んで、言い訳をすればいいじゃないですか。お互いにもこんな姿にならなくて済むのに……修良さんも、ある意味、正直馬鹿ですね」

「……」

珊瑚の文句に、修良は答えなかった。

本心でいえば、旧世界のことを知っているものを全員殺すことで情報を封鎖できれば、全員を殺すのを選んだのかもしれない。

新世界の人間は旧世界のように腐りきっていないとは言え、信じられるものではない。

妖怪も同じだ。

しかし、今掴んだ情報から見ると、旧世界の情報が想像以上に広まったようだ。

その後ろにも、何か見えないものが動いている。

事態をさらに拡大すれば、今回みたいに逆に幸一を巻き込む可能性が高い。

ひとまず、妥協して、珊瑚の提案に乗るしかなかった。

二人が話をつけたいやなや、呼び声が霧を貫けた。

「先輩――!!」

信じられなくなる世界で、修良が唯一信じ続ける人の声だった。



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