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第十二章 生命の霊気

四十二 縛られた魂

幸一は古兀を抱えて濃厚の霧に覆われた空から飛び降りた。

落下した地点は、ちょうど珊瑚と修良の真ん中。

「わっ、若将軍!!」

古兀は血まみれの珊瑚を目にしたら、一生懸命もがいた。

幸一もそれ以上彼を拘束しなく、そのまま老妖怪を放した。

古兀はあたふたと珊瑚に駆け付ける。

「一体、何があったのじゃ!?まさか、紅凛軍の赤蓮陣が……」

「ああ、破られたよ。そこの、修良さんに——」

珊瑚の視線を追い、半分の人形しかない修良に目を向けたら、古兀は言葉に詰まった。


「先輩!その姿はどうした!?怪我している……!?」

幸一は修良を触ろうとしたが、修良は反射的に後退って、幸一の手を避けた。

「それとも、何か新しい術……?」

「……あ、悪鬼じゃ……!」

修良が返事しなかったら、古兀のほうから怯えている声があげられた。

「その姿、まさに、『啓示』が見せてくれた、世界を滅ぼした悪鬼じゃ!!」

「世界を滅ぼした悪鬼……?爺さん、その啓示のこと、もっと詳しく説明してもらえないかな」

珊瑚は仕方がなく息を吐いて、古兀に問い詰めた。

「『啓示』に見せてもらったのじゃ。一匹の邪悪な鬼が旧世界を滅ぼし、新世界に逃げ込んだ残影を……」

「はやり、修良さんは旧世界からの悪鬼なのか?」


「旧世界からの悪鬼?先輩が?」

古兀の叫びを聞いた幸一は首をかしげる。

「……」

短く沈黙したら、修良は諦めたように目を閉じて、静かに認めた。

「そう。私は、悪鬼だ」

「なるほど。ということは、この姿は『鬼』なのか?」

幸一はちょっとだけ驚いたが、なんの抵抗もなくその答えに納得した。

「……半分だ。悪鬼の力を制御できないと、こうなるんだ」

「力の制御ができない……もしかして、先輩の体が弱いのも、悪鬼の力のせいなのか!?」

幸一の目に拒絶や恐怖など負な感情が一切ない。

いつものように修良を心配しているだけだ。

その一点の曇りもない目に見つめられ、修良がずっと抱えている重い何かの一部が降ろされた。

「……そのようなものだ」


「お、おぬし、早く離れるのじゃ!」

古兀は後ろから幸一に呼びかけた。

「あいつは悪鬼!危険じゃ!」

「何処が危険?原形があるのは普通でしょ?お爺さんだって、もともと人形じゃないでしょう?」

幸一は何事もないように、平然に古兀を見返した。

「それだけじゃないのじゃ!あいつの身から破滅の力を溢れているのじゃ!それは、世界一つを滅ぼした力じゃ!」

同じ生物として幸一を心配する気持ちはなくもないが、幸一に万が一のことがあったら、せっかく手に入れた旧世界の扉を開く機会がなくなる。

こんな時まで自分目的に執着するのがよくないので、古兀は言葉の後半を伏せた。

その熱心な忠告に、幸一はデタラメでも聞いたような呆れた表情になった。

「確かに、先輩はすごいです。でも、一人で世界を滅ぼすなんてありえないでしょ。しようとしても、途中で体調が崩れて倒れちゃう」

そう言って、幸一はまた修良の腹の傷に注目した。

「それより、この傷はなんなの?どんな治癒術を施せばいい?」

修良の返事を待たずに、幸一は最上級の鎮痛と治癒術を発動した。

「……」

真剣で自分の「罪」を否定した幸一を見て、修良は複雑な気持ちになっていても、心のどこかでくすぐりを感じた。


「福徳があんなに高いのに、なんてバカな子じゃ!」

古兀は地団駄を踏んだ。

「それにあの鬼の波動……もしかしたら、奴はおぬしの魂に縛りの術をかけたものかもしれぬぞ!」

幸一はもう古兀に構わなく、修良の回復に専念した。

興味が湧いて聞き返したのは珊瑚だった。

「魂に縛りの術、とは?」

「それは……」

古兀は珊瑚に幸一の魂で見つけたことを説明した。

「……なるほど、そういうことか」

裏を悟った珊瑚はニヤッとした。

「爺さん、ちょっと手を貸してくれ」


珊瑚は古兀の支えで、幸一たちの後ろまで歩いた。

「幸一、修良さんがあなたの戸籍文書を返さない理由が分かったよ」

「本当に!?」

「!!」

修良は珊瑚を止めようと口を開いたら、幸一にそれを気づかれ、口を塞げられた。

「止めないでください!俺は本当のことを知りたい!!」

「……」

言葉の出ない修良をチラとみて、珊瑚はくすっと笑った。

「つまりそういうことだ。幸一の福徳は前世の意識に宿っているので、幸一の『前世の人』の意識がとても強い。一方、仙道を修行する人間は膨大な福徳を使う。現世の幸一が未熟のままで前世の福徳を解放すると、『玄幸一』の意識が飲み込まれてしまう。そうならないように、幸一の現世の意識を強めなければならない。通常の人間は家族や友達とのつながりで自分の意識を現世に留める。しかし、仙道を修行する幸一は、家族との縁が薄くて、そちらに頼れないだろう」

「だから、国の力に守られている戸籍文書は、幸一にとって現世との重要な繋がりになった。それが消えてしまったら、幸一は現世との繋がりが更に薄くなる。おそらく、修良さんはそれを知って、戸籍文書で幸一の現世の意識を強化する術でも施したのだろう」


「!そうだったのか?先輩は俺の戸籍文書を買い取ったのは、そのためなのか?」

幸一は真っすぐに修良の目を見つめて、答えを待つ。

修良は人形の左手で幸一の手を自分の口から外して、泣きそうな目で幸一を謝った。

「……ごめんな、幸一。『前世の幸一』はどんな人なのかよく分からないが、今の幸一を失いたくない」

態度が真摯だが、修良はやはり真偽の混ぜた言葉を返した。

「前世の幸一」は、彼はよく知っている。

だが、今の幸一を失いたくないのは、本当の本当だ。

「そうだったら、早く言ってくれればいいのに!お金とか実験体とかわけがわからないよ!」

幸一は修良の返事をまったく疑わなかった。

「……怒らないのか。前世の、以前の自分を取り戻したくないのか?その術は、幸一の修行を邪魔するかもしれないよ?私は悪鬼で、幸一を騙して、幸一の力を悪用するのを企んでいるかもしれないよ」

修良は不安そうに次々と問い詰めた。

「なんで怒る?小さい頃のことも、全部覚えているわけじゃないし。前世はもっともっと遠い過去のことでしょ?そんなことより、悪鬼のことも、戸籍文書のことも、今まで全然知らなかった先輩のことを知ってて、とても嬉しい!!」

幸一の目が喜びで輝いた。

その同時に、手の甲に描かれた修良の心と連動する印が光った。

「!!先輩の心が動いた!?俺、何か好きなものを上げたのか!?」

「……」

修良は感じる。

泉のように静寂だった心が、幸一の言葉と笑顔でぽかぽかしてきて、波紋が広がる。

彼は負けを認めて苦笑した。

「そのようだが、やっぱり返したくないな」

「じゃあ、返さなくていい。本当の理由を知ったから、先輩が持っていても俺は文句ない」


「美顔の術を掛けていないのに、輝いているな……」

珊瑚は思わず手で目を覆った。

「なんて、馬鹿な子じゃ……」

古兀は徹底的に呆れた。

「その修為で、この万物を抹消するような力が漂う空気の中で、何も感じてないのか……」

「いいえ、気にしていないだけだろう」

珊瑚は古兀の言い方を正した。

彼の理解は正しい。

今の幸一が一番気になるのは、修良と珊瑚が戦った理由でも、修良の正体でも、戸籍文書のことでもなく、修良の傷だ。

使える最上級の治癒術を施してもその見たことのない傷に変化がないので、幸一はかなり焦った。

「先輩、この傷は一体どういうもの?なぜ治らないんだ?」

「治す必要はない。放っておけばそのうち消える」

修良は幸一の手を自分の体から外して、治癒術をやめさせた。

「そのうちって、どのくらい?」

「十年くらいかな」

「そんなのダメだろ!本気で心配しているから冗談をやめて!治せる方法があるなら教えてくれ!」

「……」

今回こそ怒る幸一を見て、修良はもう一度手を上げた。

「じゃあ、教える」

修良は軽く幸一の両手首を掴んで、自分の腰後ろに置いた。

その勢いで幸一は自然に顎を修良の肩に置いた。

修良はさりげなく幸一を腕の中に抱きしめた。

「術などいらない、幸一の霊気を少し分けてくれれば、自分で治せる」

「本当に?」

「本当だ」

幸一は目を閉じて、自分の霊気を惜しまず放出し、純白な力を修良に送る。


「な、なんということじゃ!不気味な力で妖界の兵士を怪我させて、土地をめちゃくちゃにしたのに、説明もなく、勝手に自分らの和解を先にするとは!」

完全に無視された古兀は不満でプンプンと鼻息を吹いた。

「爺さん、今は美しいところだから。そんな話をする場合じゃない」

珊瑚は特に文句がなく、鑑賞の意味を含めた視線で修良と幸一を見つめる。

「あんな愚かな人間と破滅をもたらす悪鬼、どこが美しい!?」

「爺さんには分かりにくいかもな……幸一の福徳は、その『愚かさ』からのものかもしれないよ」

「はあ?」

珊瑚の理論を理解できなくて、古兀はただぼうっとして白い霊気に囲まれる二人を観察した。


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