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第十三章 父の召喚は冥府から

四十四 妖怪の森で

【幽冥心魔篇】

目覚めた雪男から情報を叩き出してから、幸一こういち修良しゅうりょうは雪男を解放した。

雪男の話によると、彼が持っている幸一の身売り契約書と戸籍文書は、とある妖怪との酒飲み賭けで勝ち取ったものだそうだ。

幸一の居場所もその妖怪から聞いた。

先日、その妖怪は公務のために上京じょうきょうから雪山に訪れ、今はすでに折り返したはず。

その妖怪はずっと人間の青年の姿のままで、雪男も彼の正体を分からなかった。

契約書に書かれた名前は「匿名希望」、買い手の住所に「多分上京」の文字しか残らなかった。

幸一は母の適当さにもう一度仰天した。

契約書から買い手を探すのは難しいから、雪男と賭けをした妖怪のほうから着手しかない。


上京と九香くこう宮は離れているが、雪山から出発すれば、途中まで共通の通り道がある。

道自体は平坦。ちょっと特殊なのは、周辺に森地帯が続き、妖怪が多く住んでいる、

人間よりも、妖怪のほうが多く利用する道だ。

その道で行けば、雪男の言った妖怪を追跡できるかも知れないと考え、幸一たちはその道を選んだ。

修良と幸一のような仙道修為の高い人間(?)にとって、人間界に住んでいる妖怪は大体脅威にならない。

普通に、妖怪たちも相手の実力をよく察して、二人を避けるのだろうが、今回の様子はちょっと違った。

「先輩、気付いたのか?また増えたみたい……」

幸一は低い声で修良に話しかけた。

二人がこの「妖怪の通り道」に入ってから、ちょこちょこと監視者が現れる。

それほど強い妖怪ではないが、ずっと覗かれているのが不気味だった。

「そうだな。何を企んでいるのか、ちょっと聞いてみよう」

修良は目を閉じて、空気に自分の霊気を注ぎ、広げる。

すると、闇で二人を観察している妖怪たちから欲念の波動を感じ取った。


「玄幸一だ」

「玄幸一が現れた……」

「おおお、あれは、伝説中の……!」

「彼の肉を一口食べれば、千年の修為を手に入れるだそうだ!」

「でももったいないわ、あんな綺麗な子を食べるなんて」

「いや、全部食べなくていい。何処かに閉じ込めて、飼うんだ。人間はニラみたいに再生するから」

(……幸一を狙っているのか?)

修良は気を引き締めた。

(狙っているのは、今の幸一の力なのか、それとも、前世の幸一の力なのか……)

(珊瑚は約束を破るはずがないと思うが、情報の流出を防げなかったのか……)

(どのみち、不愉快極まりだ。まずは、見せしめしないと――)


「分かった」

修良は気楽そうに幸一に笑顔を見せて、妖怪たちの心の声をまとめて伝えた。

「彼らは幸一の美貌に魅了され、幸一を飼って、食べて、鑑賞するのを企んでいるようだ」

「はぁ!???」

幸一の頭の上に久しぶりに火山が炸裂した。

「ここは無人地帯、やるなら止めないよ」

「それは助かる!この間静養ばかりで、ちょうど体を動かしたい!」


十五分後。

百匹に近い大中小妖怪はボロボロな姿で列に並んで、幸一の前で跪いた。

「誰も知らないって!?」

訊問した結果、百近いの妖怪は、誰も幸一の居場所の出所を知らなかった。

「わたしも通行の人間から聞いたので……」

「俺は親戚からの手紙だ」

「わらわは隣さんから」

「小生はこいつから――」

「違うだろ!?お前が先に言ったんじゃ!」


「押し付け合うのをやめろ!!」

幸一は思いきり地面を踏んだ。

土地に亀裂が入って、小さく震えた。

妖怪たちは幸一の怒りに怯えて騒ぎをやめた。

「そんな話を信じるとでも思うのか?言っておくけど、俺は人間不信を勉強しているから、妖怪も信じないぞ!本当のことを言わないと、お前らを原形に戻させる!」

「そんな!たとえ家蜘蛛に戻されても、知らないことは知らないわよ!!」

顔と胴体だけが人類の女の蜘蛛妖怪は、四つの手で手ぬぐいを持って涙を拭きながら号泣した。

「人間が怖い!ママァァァァ!!」

鼠の耳と尻尾を持つ子供形態の妖怪は耳障りな高い叫びを出した。

「……」

幸一は言葉に詰まった。

狙われるほうなのに、また弱者をいじめる悪人にされたようだ。

こんな時に、はやり修良が助け船を差し出す。

「話をまとめると、あなたたちはただ噂から幸一のことを知って、その噂の根拠も出所も知らない、でいいよね」

修良のまとめは妖怪たちから強い肯定を受けた。

「その通りだ!」

「話せる人がいるんじゃない!」

「そうだそうだ!俺たちは騙されたんだ!こんな慈悲も知らない凶悪な人間を食べて修為が上がるはずがない!」

いきなり、とある土石の体の妖怪は立ち上がって、憤慨しそうに幸一に指さした。

すると、幸一の手から一枚の白い羽が飛ばされ、妖怪の額に命中した。

「がぁぁ!!俺自慢の顔がぁぁ!!」

土石の妖怪は両手で顔を覆い、地に倒れた。

「プッ」

馬鹿馬鹿しい妖怪たちを見て、修良は逆に一安心した。

意図的にこいつらに幸一の情報を流したものがいたら、陰謀より、嫌がらせをしたいのだろう。

でも相手の真意が見えない以上、まだ気を抜けない。幸一の情報を流出した源に辿り着く必要がある。


「先輩、こいつらをどうする?集団で人間を襲撃するのは協議違反だよね」

幸一は霊気で大きな網を作って、妖怪たちを網羅した。

「二度とやらせないように、記憶を改ざんしてから妖界の役所に突き出そう」

「面倒くさいな……」

「じゃあ、焼いて食べよう。修為のあるもののお肉は美味しいだと言われている」

修良の今回の意見はすぐ妖怪たちから強い反発を受けた。

「な、なんだと!?」

「温和そうな顔をしているのに平然として怖いこと勧めるなんて!人でなしだわ!」

「そっちが先に襲撃しにきたんだろ!」

「ちくしょう!騙したな!やっぱり同じ穴の貉か!!」


「冗談をやめてくれ、お腹が壊す……」

うるさい妖怪たちといたずら好きな修良にどうしようもなく、幸一はため息をついた。

その時、一羽の白い鳥が空から降りて、幸一の肩に止まった。

「二郎さんからの伝言だ。母の契約金返還について相談ことがあるって……」

鳥から伝言を聞いた途中、幸一はピンと閃いた。

「あっ、まさか!?」

その様子を見て、修良も気付いた。

「伝言の鳥が原因なのか?」

「かも!旅館に到着したまもなく、一度二郎さんから安否確認の連絡があった。でも、俺はただ無事だと返事して、居場所を言わなかった……」

「幸一のほうに問題がなければ――」

「二郎さんの周りに、俺の居場所を突き止めようとするものがいて、伝言鳥を追跡したってこと!?」

「考えられる」

「じゃあ、まず二郎さんのところに行ってみよう!上京の買い手はまだなんの手掛かりもないんだ」


「そうだな……」

修良は少し考えて、袖から空白な巻物を出して、妖怪たちに投げた。

「お前たちを妖界役所に突き出さないが、働いてもらう。自分の名前をその巻物に書いておこう」

不本意だが、幸一の力と修良の悪知恵の前で、反撃する力のない弱い妖怪たちはビクビクと巻物に名前を入れ始めた。

その間に、修良は要求を妖怪たちに伝える。

「やることその一、玄幸一の居場所を流出するものと、玄幸一を食べれば修為が上がる噂の出所を探す。その二、玄幸一の隣に凶悪な鬼がいる、玄幸一はその悪鬼のもの、玄幸一に近寄るものは悪鬼が滅ぼすという噂を広げる。任務を完了したものから名前を削除する」

「っ、先輩、どうして!?」

「相手の真意と実力を試すためだ。こちから態度と力を示して、相手の反応をみる。相手の目的はただのいたずら、あるいは、力が弱い場合、もう手を出さないと思う。それでもちょっかいを出し続けるのなら、相手の目的がもっと大きい、自分の力にももっと自信があるのだろう」

「なるほど……ある程度、相手の実力が分かるのか」

幸一はその説明を理解したが、納得しなかった。

「でも、それでも先輩を悪者にする必要はないだろ?」

「自分の悪口は一言も言っていないよ、全部真実だから」

「また冗談を言って!先輩は危険を自分のほうに引き寄せるつもりだろ!どうせなら、俺を妖怪を食うやばい奴にすればいい!」

修良は本心を明かしたつもりだが、幸一は信じなかった。

「やっぱり、食うのか……なんでぼくはこんなことに……!」

幸一の片言しか耳に入らなった巨大土竜の妖怪は涙を飛ばしながら土を掘り始めた。

彼の隣に、頭がよさそうな人間の書生っぽい妖怪は挙手した。

「あの、すみません!もし、任務を完成できなくて、この巻物から名前を削除されなかったらどうなりますか?それに、すべてのものが本当の名前を書いた保証はないじゃないですか?公平ではないと思います」

「心配しなくていい」

修良は穏かな笑顔で妖怪の質問に答えた。

「意味があるのは名前ではなく、残された妖気だ。その巻物は妖気を食って自身を強化する『生きる法具』。匂いを辿り、妖怪の『元神(*1)』まで食いつくすことができる。『元神』がそれに閉じ込められたものは、生きることも、死ぬことも、生まれ変わることもできなくなる」

*1 元神:意識のある万物の源。

「何処が心配しなくていい!!?」

「やっぱり食うのか!!?」

「どうして平気にそんなひどいことをできるの!?」

「凶悪しすぎる!!」

「まさに悪鬼だ!」

「……」

幸一は言うことがなくなった。

修良が悪鬼だということはもうこの妖怪たちの脳に刻まれたのだろう。

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