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四十六 幸一、冥府へ

幸一にはずっと黙っていたが、修良の体が不安定なもので、時々悪鬼の姿になる。

今までの病弱は大分演技だけど、全部演技ではなかった。

幸一からもらった「生命の霊気」は、確かに修良の悪鬼化を抑えられる。

だが、その霊気と悪鬼の力の性質は真逆のゆえに、両者は修良の体内で戦い、修良に巨大な苦痛をもたらす。

妖界で幸一の力を受けたのは、早く人間の姿に戻りたい、幸一に心配をかけたくないからだ。

いつもの場合、宗主の九天玄女きゅうてんげんにょに体の修復を頼んでいる。そのことも修良と九天玄女の約束の一部だ。


*********


幸一と二郎は蒼炎鳥に乗って、「世界の龍穴」ごと「三源さんげん高原」に降りた。

高原地帯は気候と交通の問題があって、暮らしに向いていないが、龍穴のおかげでこの辺がかなり建設されて、景気のいい小町がいくつもある。

幸一は一時も早く売却を済ませて修良のところに戻りたいが、鳥での長途旅行に慣れていない二郎は着陸後、高原反応とひどい鳥酔の症状が出た。仕方がなく、二人はまず宿で休むことにした。

「先輩は無事に九香宮に帰ったのかな……」

夜中に寝床で横になって、幸一はまた修良の心配をした。

幸一は指先で一羽の白い鳥を作った。

「聞いてみようか……あっ、でも、余計に負担をかけるかも」

連絡を悩んでいるうちに、強い睡魔に襲われ、すぐ寝込んだ。


「玄……幸一……」

「玄、幸一……」

夢の中で、幸一は不気味な呼び声を聞こえた。

「来い、来るのだ……呼んでいる……」

何ものに意識を掴まれたように、幸一は身を起こして、目を開いた。

しかし、周りは宿の部屋ではなく、一片の白い霧だ。

「なんだ、夢か……」

幸一が呟いたら、両腕から冷たくて重い感じがした。

視線を下げると、両手首が二本の鎖に縛られたのを見た。

鎖がとても長く、霧の中へ繋がっている。

「!」

いきなり、鎖が勝手に動き出して、幸一を霧の中に引きずる。

「悪夢か?ちょうどいい、夢修行をしよう」

夢は現実とは別次元、うまく使えば修行の効果が倍増と言われている。

悪夢を勝ち抜けば、きっと大きな経験値になると思って、幸一はやる気が湧いた。

そう思うと、幸一は両手で二本の鎖を掴み、逆方向へ引っ張った。

鎖の向こうから抵抗があり、幸一と引っ張り合う。

「夢なら、少々激しいやつを使ってもいいよな」

幸一は目を閉じて、法術を放った。

「九天迅雷!」

ガチャン!!

鎖が強い電流に大きく震える。

「いててててぇっ!!!」

霧の向こうから復数の声がした。

「へぇ、喋るのか、面白い」

「じゃあ、次はこれ――三昧真火!」

猛烈な炎が鎖を赤く焼けた。

「あっ、あつっ、あつっ!!」

向こうからまた苦しそうな声がした。

「これも耐えられるのか、いい訓練になるな!」

幸一は謎の声に気にせず、更に興奮した。

「玄氷凍気!!」

灼熱になった鎖に白い凍気が付着された。

まもなく、鎖が硬くなり、ひび割れ、ガチャン――

二本の鎖が氷の屑となり、砕かれた。

「てぇめ!!なんてことをした!!」

霧の向こうから高い叫びと共に、二つの人影が飛び出した。

「!!」

二人の若い男だった。

一人は真っ白な服を着て、真っ白な高い帽子を被っている。

もう一人は真っ黒な服を着て、真っ黒な高い帽子を被っている。

「あ、あなたたち……!」

幸一はぱっと目を張った。

その男たちの姿が、彼は授業で勉強したことがある。

幽冥界の役人、死者の魂を案内する「黒白無常くろしろむじょう」だ。

「黒白無常……を演じているのか!」

幸一の判断を聞いたら、二人の男は危うく躓いた。

「演じるんじゃない!俺たちは本尊だ!!」

「面白いな!俺の夢に幽冥界のものが出るのは初めてだ!」

「どこが面白いんだ!」

黒服の男・黒無常はムカと顔を引き締めた。

「そもそも夢じゃない!お前は魂の形で人間界と幽冥界の狭間にいる」

白服の男・白無常は幸一に現状を説明した。

「なるほど、ご説明ありがとう。魂を体から分離する術はまだ修行したことがないな、うまく行けるかな」

二人に一礼をして、幸一は自分の思考に戻った。

「人の話を聞け!!」

二人の男は一斉に幸一を呼び戻した。

「あ、はい。俺に何かご用でも?」

「大きにある。まずはこれだ!」

黒無常は袖から一枚の紙を出した。

「!!」

幸一は一瞬ゾクとした。

(まさか……!?)

でもその紙が空白で、男は一本の筆も出して、紙で何かを書いた。

そして、出来上がったものを幸一に見せた。

「違うか、ふぅ――」

紙の内容を見たら、幸一はほっとした。

「何が違う。これはお前が俺たちの鎖を破壊した賠償請求書だ。払ってもらうぞ」

「なんで?先に俺を攻撃したのはあなたたちじゃないか。反撃するのは当然だろ!」

幸一は不服した。

「何処が攻撃だ?俺たちはお前を幽冥界に連行する命令を受けて、お前を連れて行こうとしただけだ。いきなり攻撃をかけたのお前だ!」

白服の男は幸一に反論した。

「正当な理由があればなんでまず顔を出さなかったの?突然に人の両手を鎖で縛って、どう見ても攻撃行為だろ!」

「それでも九天迅雷や三昧真火のような過激法術はないだろ!避けなかったら霊体まで焼かれたぞ!」

「……」

「……」

両方とも譲らなくて、プンプンと対峙し続ける。

その時、霧の向こうから鐘の音が三回した。

「やべっ!もうこんな時間!?早くしないとまた残業になるぞ!」

白無常は慌てて対峙の姿勢をやめた。

「賠償のことは後にしろ。とにかく、ついてくるのだ!」

場所は幽冥界だけど、幸一はまったく怯えなかった。

むしろ、興味津々だ。

「付いて行ってもいいけど、理由はなんだ?」

「お前のお父さんのためだ」

「父のため!?」


三人が霧の深いところに入って、黒白無常は交代に幸一に詳しい事情を伝えた。

「通常、人間の死者は幽冥界の審判で自分の一生を自白する。判官たちは死者が自白したことと幽冥界の記録を照らし合わせて、その人に審判を下す」

「だが、お前のお父さんの記録に不審なところがあったのに、問い詰められても口を噤んでいる。意識もぼやけていて、ずっとお前の名前を呼んでいる」

「!?父が、俺の名前を……どうして?」

生きている間にあんな冷たかった父は死後に自分のことを思っているなんて、到底信じがたい。

「知らないんだ。このままだと彼の審判が進まない。だから、お前を呼んでこいとあの方が命令を下した」

「あの方って?幽冥界の判官?」

「慎んでくれ!あの方のお名前を軽かるしく口にするのは不敬なことだぞ!」

白無常はいきなり厳しい口調で幸一を叱った。

「一体なにもの……?」

幸一は疑問が解かれないまま幽冥界に入った。


深い霧を潜って、さらにうす暗い森道を通り、幸一たちは、とある荘厳な宮殿に到着した。

宮殿の外装は真っ黒で、複雑な彫刻に飾られ、かなり年代感がある。

黒白無常は幸一を「閻羅えんら殿」の扁額がかけている大広間で待たされて、外へ出た。

大広間の入り口の反対側の壁前に、大きな石机が置かれている。石机の後ろに重そうな黒い帳が張ってある。側面の壁に両面の本棚がぎっしり詰まってる。

「閻羅殿か、やっぱり判官じゃないか……」

幸一はを周りを観察しながら、好奇心満々に「あの方」の登場を待っていた。

すぐに、鈴の音と共に、帳の後ろから人が歩み出だ。

銀色の刺繡の入った黒衣裳を身に纏う若い男。

その男の顔を見た瞬間、幸一は驚きの声を上げた。

「先輩!!?」

その男の顔は、修良とそっくりだ。

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