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第十四章 狙われた恋心

四十七 生まれた日の残影

「先輩!?いや、違う、先輩じゃない……」

幸一は帳から出てきた男が修良だと思ったが、すぐ自分で否定した。

「先輩の目は、こんな生気のないものでない、もっとやさしい……」

修良と同じ顔を持つ男は幸一の反応にびくともしない。

波紋一つもない目で幸一に振り向いた。

「私は、幽冥界閻羅殿ゆうめいかいえんらでん、第六判官はんかん冥清朗めいせいろうです。玄幸一ですね」

「!」

寒くないのに、幸一は小さく震えた。

この冥清朗という判官は声まで修良にそっくりだけど、彼の声からまったく感情を感じられない。まるで生きていないようだ。

まあ、もともと幽冥界のものは生き物かどうか言い難いけど……

「はい、俺は玄幸一です。父のことなんですが……」

「出て来なさい、玄誠実の魂よ」

冥清朗は余計な言葉もなく、一枚の黒い羽を机前の床に投げた。

黒羽が螺旋状な風になり、その風の中心に人影が現れた。

「お父様……!?」

幸一は一目で分かった、その人影・魂は、六年も会っていない父だ。

しかし、彼の記憶の中の父と違い、その魂は顔色がつやつやの自信家ではなく、目にまったく光のない衰弱老人だった。

「幸、一……」

老人の口から文字が漏れた。

「!」

「幸一……」

(本当に、死んだ後も俺を思っているのか!?)

自分の名前を聞いて、幸一は大きく動揺した。

すぐに父の前に駆け付けて、父の両肩を掴んだ。

「俺はここにいるよ!何があったのですか?!俺に何か伝えたいことがありますか!」

「幸一……」

玄誠実はぼうっとして頭を上げて、焦点のない目を幸一に向けた。

「生れてこなければ、よかった……」

「!!」

「あの子が、あの子のせいだ……幸一が、生れてこなければ、よかった……」

幸一の全身が凍った。

衝撃で頭が真っ白になって、呆然と呟いた。

「どうして……」


「彼はずっとそれを繰り返していました」

冥清朗は感情の込めていない声で幸一に説明した。

「人間が生れる以前から、一生の運命が決まりました。普通に、己の努力や選択によって、境遇が変えられますが、大きな枠が変えられません。幽冥界の生死簿(*1)にその枠が記されているます。人が生きている間の行いも、自動的に生死簿に載せられます。人が死後、幽冥界は生死簿を照らしながら、その人の自白を聞き、彼の一生を清算し、魂の行方を決めます、が――

あなたの父親の実際の人生は決められた枠から大きく乖離しました」

*1 生死簿:人間の一生を記載する冥府の書類

「それ、どういう意味?」

幸一ぼうっとして冥清郎に聞き返した。

「一つ、あなたの父親の魂がこれまでの輪廻で積み上げた福徳は、彼が実際に成し遂げた富が必要とする福徳に遥か及ばない。つまり、彼は自身の福徳に相当しない巨額な富を手に入れました;

二つ、彼の陽寿はもともと七十から八十まで、自然死に予定しているが、彼が僅か五十九歳で自殺した。つまり、死亡の年齢も方式も異常でした」

「決められた運命の枠を外させるのは至難のことです。通常に、極大な善行か、極悪非道な行いが必要です。しかし、生死簿によると、あなたの父はそのような極大な事件を起こしたこともありません」

「もう一つ、見ての通り、彼の魂はまるで一部が抜き取られたように、自分の人生を語られない。今世を清算しないと、彼の魂は輪廻に入れません。ですから、あなたをここに呼びました」


「そういうこと、ですか……」

妖怪も悪鬼も怖くない幸一だが、なぜか冥清朗の声と言葉に異様な寒さを感じた。

「父について、俺もよく分かりません。十二歳の時から家出したから……父は俺のことがこんなに嫌いのも全然知りませんでした……」

「あなたが知らなくても、あなたと関係がある可能性が高いでしょう」

「なんで!?」

「玄誠実と関係のある人物の中で、あなたの生死簿だけがこの幽冥界にないから」

「!?でも、仙道の人間でも、仙人にならない限り、生死簿がちゃんと存在するじゃないですか?」

幸一は玄天派でそう教われた。

「そうの通りだが、いくら探してもあなたの生死簿がありません」

「……どういうこと?」

冥清朗は幸一の生死簿のことを一旦差し置いて、また玄誠実のことに戻った。


「玄誠実の運命の異常さについて、考えらる一番の原因は、彼の一生分の福徳は五十九歳以前に突き込まれ、寿命で富と交換したのでしょう。しかし、それは人力で成し遂げるものではありません。妖鬼精霊など強力なものと引き取りをしなければなりません。なのに、生死簿にそのような記録もありません。精査した結果、十八年前の春分の日に、彼の人生が二時間ほど記録されませんでした」

「十八年前、春分の日……!」

それは、幸一がよく知っている日だ。

「そう、あなたが生れた日です。その二時間に何かあったのかまだ断言できないが、それまでなんの異常もない彼の運命は、あなたが生れてから急激に変化し始めたのが事実です。息子のあなたの運命に影響された可能性もあります。その上に、あなたの生死簿がないという点も引っ掛かります」

「そういわれても、俺には何がなんだか……そもそも、人間は自分の生死簿をどうにかできないでしょう」

冥清朗は幸一の話を認めて、頷いた。

「そう、普通に、人間には自分の運命が分かりません。あなたが仙道に踏み入れたから、こうして来てもらって、直接に訳を伝えました。これから、仙道のほうにあなたの調査を依頼します。もしも、あなたのほうで何か気付くことがありましたら、ぜひご協力をお願いします」

「事情は分かりました。もちろん協力します。父が輪廻に入れないのは悲しすぎる……」

幸一は同情な目で父のほうに向けたら、玄誠実はまた呟いた。

「生れてこなければ、よかった……」

「!」

幸一の悲しみは一瞬怒りになった。

(なんでんだよ!継母はともなく、なんでお父様まで俺をそんなに嫌いなんだ!)


********

十八年前、幸一が生まれた日。

実の母の韓婉如は早産で難産、大出血で命の危機に面している。

玄誠実の妻の楊氏は急いで玄誠実を商談から呼び戻した。


その時、玄誠実の事業が詰まっている。

二十代半ばまで、奮闘でいくつか小さな成功を収めて、そこそこ盛んでいる家業を築き上げたのに、三十代後半に入ってから、どの事業もうまく行かなくなって、昔の成功を複製しようともできなかった。

今回も、相手に彼の商売理念が「古い」とケチを付けられ、商談が中止となった。

それに加えて、妾が難産、玄誠実はイライラでたまらなかった。

家に帰って、妻や医者から状況を聞いてもどうしようもなく、自分の部屋で歩き回って、ぶつぶつ文句をつけるしかできなかった。


「婉如があの子を身ごもってから、悪いことばっかりだな、不吉な子だな、ひょっとして、今回の商談失敗もそのせいかな。だよな、俺の計画は完璧だ。儲からないはずがない。理念が古いだなんて!俺より商売の流行りを理解している人がいない!」

そう言いているうちに、窓から灰色の霧がスルスルと室内に流した。

よそ者の声を聞くまで、玄誠実はそれに気付かなかった。

「それは、違いますよ」

「!?」

灰色の霧は部屋の中心で人の形となり、玄誠実に声をかけた。

「何者だ!」

いきなり見知らぬ青年が現れて、玄誠実は大声で威嚇した。

「その子を、あなたたちに授けたものです」

青年は真っ白な羽織で顔の半分をかっくしているが、口元に穏かな微笑が浮かんでいる。

悪意があるように見えない。

「まさか、送子観音(*2)様!?」

*2 送子観音:伝説中の人々に子供を授ける神様。

「……」

青年は玄誠実の誤解を否定しなった。

「その子は不吉な子ではなく、この世界で唯一無二のお宝です。大事に育ってほしい。彼が望むものをすべて与えて、彼を自分の命よりも愛してください。そうすれば、あなたたちにも大きな福徳を手に入れるでしょう」

青年の言葉が神々しい雰囲気を纏っているが、玄誠実は彼の要求に戸惑った。

「福徳って……お金、ですか?」

「福徳はお金とは限りません。家族の愛、心の安らぎ、人生の知恵、これらすべては……」

「それは、ちょっと困るな」

青年の話の終わりを待たない、玄誠実は拒絶を示した。

「!」

青年は意外そうに顎を小さく動いた。

「そんな貴重な子って、結構お金がかかるだろ?万が一、その子が王宮がほしいと言ったらどうする?親がいるから子供がいるんだ、子供に縛られてはいかん。ほかの人にとって英雄や聖人の親になるのは光栄なことかも知れないが、子育ては俺の人生目標と違いすぎる」

「……」

「神様は俺を認めてくれるのなら、そんな子供じゃなくて、お金をくれないかな?あはは……」

「…………」

へらへら笑い話をする玄誠実を見て、青年は沈黙した。

周りの空気の温度がどんどん下がってることに気付いてないように、玄誠実は開き直した。

「すまんすまん、失礼なことを言ってしまったな。どうかお許し下さい。自分の欲望に『誠実』なところは俺の取り柄だからな」

「分かりました。そんなにお金が欲しいなら、くれてやりましょう」

青年は冷徹な声で玄誠実の希望に応じた。

「えっ、本当ですか!?」

本当に答えてくれると思わなかったので、玄誠実は驚喜で躍起した。

「寿命で引き換えでもいいというのなら」

「問題ない!お金のない人生は長くても意味がない!」

今日に上京を買い取れば、明日に死んでも悔いはない、というのは玄誠実の本心だ。

「それと、もう一つ条件があります」

「なんなりと!」

「生れた子を、私にくれ」

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