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第十五章 中途半端な告白

五十 拒絶の瞬間

紫苑しおんは人間界への道を知っている。

彼の案内で、幸一こういちの魂は幽冥界を離れて、体に戻った。

幸一は旅館で目覚めると、隣に人が横になっているのを見た。

赤紫な衣裳を身の纏い、顔色が白く、繊細な美男子だ。

「紫苑さん?」

その人が紫苑だと気付き、幸一はさっそく彼を呼び覚ます。

げn、様……」

紫苑は無力そうに目を開けた。

「幸一でいい」

昨夜はいきなり寝ちゃったので、幸一は窓の暖簾を締めなかった。

窓から朝日の光が入ってきた。

「あっ、締めたほうがいい?」

「大丈夫です。陽射しが嫌いじゃないです」

紫苑は感慨深そうに嘆いた。

「人間界に来るのは久しぶりです。おのれが生れた場所なのに、いつの間にか足を踏み入れる勇気もなくなりました」

「あんな大変なことに遭ったから、弱気になるのは当然だ。まずは人間界で静養してください」

幸一は紫苑の肩を軽く叩いて彼を慰めた。

「いいえ、おのれは、もともと弱いです……」


「お坊ちゃま、入ってもよろしいですか?」

扉の外から、二郎じろうの声がした。

「うん、いいよ」

幸一の許可を得て、二郎は扉を開けた。

「昨日はご迷惑を――お、お坊ちゃまああ!?!?」

幸一の寝台で泣きそうな顔をする紫苑を見たら、二郎は思わず大声を出した。

(ど、どういうことだ!修良さんだけではなく、ほかの男とも一緒に寝るのか!!?)

(お坊ちゃまは玄天派で、一体何を学んできたぁ!!??)

「紹介するよ、こちらは紫苑さん。幽冥界ゆうめいかいで知り合った友達だ」

「幽、幽冥界?!」

(お坊ちゃまは、鬼にまで手を出したってこと?!いやいや、何を考えているんだわたし!!)

その紹介を聞いて、二郎は更に取り乱した。

「やっぱりこういうのが怖いか……何処から話せばいいのか……」

二郎が混乱した理由を勘違いした幸一は眉間を掴んで、言葉の整理に悩んだ。


「旦那様の魂はそんなことがあったのですか!?」

二郎は幸一から事情を聞いて、驚愕で目を白黒させた。

「ええ、二郎さんやしゅ執事は何か心当りがあるか?」

「お坊ちゃまが生れた時、わたしはただ四歳で、何も覚えていません……急いで父に手紙を出して聞いてみる」

「手紙は不要だ、俺は伝言の鳥を出す」

「あの、奥様にも聞いたほうがいいと思いますが……」

「そうだね、一応、母にも聞いてみるが、素直に協力しにくれるかな……俺のことが嫌いなのはどうしようもないけど、父を恨んでいないといいな……」

寝台で休んでいる紫苑が幸一の複雑な表情を見たら、大きく息を吸って、身を起こした。

「唐突ですが、お母様と何かあったのですか?」

「いえ、ちょっとドロドロというか、なんというか……」

別に恥ずかしいとか思っていないけど、簡単に説明しきれないので、幸一は返事に困った。

「かつて、おのれは人間界にいる間に、たくさんの女性や母親の悩みを聞きました。お母様との関係に悩んでいるのなら、お手伝いができるかも知れません」

「大丈夫だよ、紫苑さんはこれから玄天派の拠点に行って、保護してもらうから、ほかのことに構わなくていいんだ」

「いいえ、ぜひ恩返しをさせてください――」

紫苑は意志を示すように、拳に力を入れる。でもその端に、体がふらと揺れて、また寝台に倒れた。

「紫苑さん!」

幸一はすぐに紫苑の隣に行った。

「すみません……ちょっと、人間界に慣れなくて、めまいをしました。平気、です……」

「大変だね!俺の霊気を分けてあげよう!」

「いけません、もうこんなにご迷惑をかけています。心配はいりません。おのれは、もともと弱いですから……」


(うわ、これもまためんどくさいやつだな……お坊ちゃまの男関係…いや!人間関係が心配だ……)

二人のやり取りを見て、二郎さんは非常に嫌な予感がした。


次の二三日、幸一は伝言鳥の帰りを待ちながら、二郎と一緒に土地の確認と、売却の準備をした。

龍穴の土地は希少で貴重な商品なので、仲介商人が積極的に幸一たちに売買のことを案内した。

幸一が所有権を持つ土地は、谷川地帯にある。未開発の土地の故に、人造物のない自然の美しさを保っている。

仲介商人が土地の査定をする間に、幸一と二郎はしばらく悩みを捨てて、自然の恵みを楽しむことにした。

「さすが世界中一番風水のいいところだ。清らかな霊気がどんどん湧いてくる」

幸一は新鮮な空気を大きく吸った。

「わたしは霊気のこととがよく分からないけど、本当に心地よいところですね」

二郎さんも久しぶりに気持ちを楽にした。

「あれは……」

幸一は見まわしたら、崖の上に一輪の万年茸が目に入った。

「デカい万年茸だ!」

「あっ本当!紫色って珍しいですね!」

「体と霊気の回復にとても役に立つ薬材だ。よし、紫苑さんにあげよう!」

そう言って、幸一はさっそく崖に向かって飛んだ。

その勢いで万年茸を手にしたら――

「痛っ!」

指が茸の後ろに凸凹の岩にぶつかった。

「お坊ちゃま!」

「大丈夫、かすり傷だ!」


旅館に戻ったら、幸一は万年茸を厨房に頼んで、汁を作ってもらった。

そして、自分で出来上がった汁を紫苑に運んだ。

「おのれのために、わざわざ……!?」

紫苑は幸一から万年茸のことを聞いたら、信じられないように目を大きく張った。

「紫苑さんは俺の霊気を受けたくないだろ。ちょうどこれを見つかったので、代わりにこれで霊気を補ってください」

「受けたくないなんて、とんでもございません!おのれは、幸一様の高貴な力を受けられるような身ではないなから……コッホン、ホン……」

慌てて説明をしたら、紫苑は息が継げなくて、何回も咳をした。

「紫苑さん、大丈夫!?」

(被害者なのに、その劣等感はどこからのものかな……)

(もしかしたら、生前に何か悪いことでもしたのかな、そうは見えないけど……)

幸一はいろいろ疑問しながらも、腕で紫苑の背中を支えて、汁の茶碗を紫苑の前に送った。

「さあ、冷めないうちに飲もう!」

「……では、お言葉に甘えて……」

紫苑は両手で茶碗を受け取って、一口飲んだ。

「あつっ!」

汁の温度が高かったのか、紫苑は舌がやかれて、手が滑った。

幸一は茶碗を受け止めようとしたら、熱い汁が胸にこぼした。

「も、申し訳ありません!」

紫苑は慌てて幸一の外着を脱く。

その時――

「幸一――」


部屋の扉が開かれて、修良しゅうりょうが入り口に現れた。

「先輩!?」

幸一は驚いて嬉しかったが、修良の笑顔が素直な喜びではなかった。

「幸一、その方は?」

ニコニコの修良から溢れ出るとんでもない暗い気配を感じ、紫苑の震えが止まらない。

「幽冥界で知り合った紫苑さんだ。どうした、紫苑さん?寒いのか?横になって布団をかけよう」

「い、いいえ、いいんです、自分で、やります!」

紫苑はビクビクと幸一を押しのけた。


修良は窓を開けて、外に向けて一度深呼吸をした。

すると、外から人々の驚きな声があった。

「あれはなんだ!?竜巻か!?」

「牛が飛ばされたぞ!」

その雑音を窓の外に遮断して、修良はさわやかな笑顔で幸一に向ける。

「先輩、体はもう大丈夫?九香宮で待っていればいいのに!」

「ええ、もう大丈夫だ。幸一が心配だから急いで駆け付けてきた(正解だった)」

「俺は全然平気だ」

「へぇ、幸一は、私がいなくても平気か……大人になったな(面白いものも連れてきて)」

修良の笑顔がわざとらしいものになった。

「そういう意味じゃなくて!俺は自分を守れるって言いたいんだ」

「じゃあ、その手はどうしたの?」

修良は幸一の包帯が巻いている手を指さした。

「ちょっとしたかすり傷だ、二郎さんは大げさに巻いただけだ」

「見せて」

「うん」

幸一はいつものような自然な動きで手を修良に任せた。

修良は丁寧にその包帯を解き、まだ血痕が残っている傷を観察した。

「なぜ治癒術をかけなかった?」

「術を使うほどの傷じゃ……」

幸一の話は途中で止まった。

修良が彼を見ている眼差しは、苦しくて、悲しそうなものになったから。

「私がどれほどあなたを大切に育っていたのか、分からないのか?」

「先輩……」

「かすり傷とはいえ、毒の侵入口にならないとは限らない」

修良は目じりで布団の中で震えている紫苑を覗いた。

氷柱にでも刺されたように、紫苑はひくっと布団をきつく締めた。

「はい、もう、分かった。分かっている……」

修良の悲しそうな目に見つめられ、幸一は言葉が出なくなった。

修良は頭を下げて、幸一の指先を軽く咥えた。

淡い水色の光が幸一の指先をやさしく包む。

「!!」

幸一の心がドキッとした。

指先から伝わった感触は暖かくて痒い。なぜか、幽冥界で見せられた幻を思い出させた。

修良の吐息はやさしくて、懐かしい匂いがする……

顔の温度が急上昇しているのを感じて、幸一は思わず手を引き戻した。

「大丈夫だ!放っといてもすぐ治る!」

「っ!」

小さな行動だけど、修良は驚いた。

幸一が彼の接触を拒絶するのは初めてだ。

「……そうか。じゃあ、お大事に」

修良は寂しそうに軽く笑ったら、身を翻して、部屋を出た。

「あっ、先輩!」

幸一はまだ何かを説明しようとしたが、修良は振り向かないまま幸一を止めた。

「二郎さんと話したいことがあるから、幸一はその方の世話でもしていて」


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