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第71話「鏡の鬼道」

観音寺芸能プロダクションに捕まった前田よしとは、観音寺社長の知恵の鬼道で、神楽りお、浦川辺あや以外にインストールした者がいない事を確認された。深夜3:00頃になって、確認が終わった。


観音寺社長は、


「言う通りみたいだから」


と晴男に言うと、流石に疲れた様子でソファに座って天井を見上げた。


「前田君は知っていると思うけれど、時間ループの長い間、私達は長年の夢を叶えられない日々だったんだよ」


よしとは、


「申し訳ありませんでした」


と言う。


「俺は時の神官の霊魂を分け与えらているので、平気です、疲れてません。電車が動いたら帰ります」


よしとは、これ以上時空の鬼道を使わないという事で話がついたと思った。しかしこの発言を聞いた観音寺社長と晴男は、やはり説教が必要だと思った。そこで観音寺社長は、


「晴男。疲れてないみたいだから『やってやれ』。前田君は座ったままでどうぞ」


と言う。そして事務所の玄関までフラフラと歩くと、


「低糖のコーヒーとプリンを買って来る。コンビニに行きたい」


と言って出て行った。


晴男は、


「前田君もコーヒーを飲む?ブラックなら冷蔵庫にあるんだよ」


と言う。


そして男二人でブラックコーヒーを飲みながら話した。主に女子の話題だった。女子の友達が何人いるかとか、恋人はいるかとか、晴男は興味本位で根掘り葉掘り聞いた。そして嬉しそうに笑った。


よしとは、晴男がフレンドリーにするので、少し顔の筋肉がほぐれて来た。


晴男は、


「男同士の方が落ち着くでしょ」


と言って、飲み終わったコーヒー缶をテーブルに置くと、


「じゃあ呪文を聴いてね」


と言って微笑んだ。


よしとは、


「はい」


と言って、頭を少し下げた。




晴男が呪文を唱えると、よしとは身体が金縛りにあったような感覚に襲われた。両腕、両足、首と胴体が思うように動かせない感覚に陥った。


「これは…鬼道ですか…?」


口を動かして声を発する事はできるようだった。


「うん。なるほどね。皆、怯えたり、驚いたりするんだけど、流石は時の神官の末裔だね。確かに前田君に直接危害を加える呪術じゃないよ」


すると晴男の両手に30cm四方の鏡が出現した。晴男の鏡の鬼道は、その具現化された鏡に対象者が心に思い描いた人物を概ね同じように映し出す呪術だ。


「この鏡に、どのように人々が映るかで対象者が悪性の高い悪人かどうかが大体わかるんだよ」


善人ほど自分を取り巻く人物を綺麗に鏡に映し出す事ができる。悪人ほどそれができない。もちろん好きな人と嫌いな人とで差が出るが、何人も思い描けば大体わかると言う。


晴男は、


「呪術で身体を縛られるのも嫌だと思うからテキパキやって終わりにしようね」


と言って、さらに呪文を唱えると、よしとは視界が真っ白になった。


「まず、僕を思い描いてみよう」


よしとは視界が真っ白になったまま、


「晴男さんを思い描くんですか?」


と聞いた。


「うん」


晴男がさらに呪文を唱えると、よしとの視界に晴男の想い出が走馬灯のように蘇った。大塚駅で初対面の挨拶をしてから、事務所に連れられて、先程コーヒーを飲みながら談笑するまでの記憶で、よしとが強く認識した晴男の顔が走馬灯のように駆け巡った。


ズズズズズ…


晴男が手に持つ鬼道の鏡に、よしとが思い描いた晴男の顔が映った。SNSのアイコンでよく見かけるバストアップの一枚絵だ。実際の晴男の顔より大きく歪んでいて、ピカソが描いたように人物の顔の域を逸脱していた。そして全体的に黒ずんでいる。


「うん。なるほどね。これは試し打ちだから安心して欲しい。初対面の人物は大体誰がやってもこういう残念な絵になるんだよ。顔の歪みは相手を理解できていない証拠。黒ずんでいるのは不信感の表れだよ」


視界が元に戻ったよしとが、


「これが鏡の鬼道…!」


と言う。


「うん。なるほどね。じゃあ次『神楽りお』行ってみよう」


「神楽…」


「前田君は時空の鬼道をなんでインストールしたのかな?」


「神楽が息災ないようにインストールしたんです」


「愛している?」


「今でも好きです…でも、りりあと付き合ってる…もうそれは言えない」


「うん。なるほどね。神楽ちゃんを愛しているから鬼道をインストールした」


晴男がさらに呪文を唱えると、よしとの視界が真っ白になって、りおの想い出が走馬灯のように蘇った。




高校卒業までの間に、女の子の恋人が出来なかった時、前田君がまだ私の事好きだったら


恋人になろう


そう思える人となら怖くない


そんなヘンテコな呪文を唱えてくれるの?


どうして前田君のような素敵な人がいるの




長空北高校入学から今日まで、よしとが強く認識したりおの顔が走馬灯のように駆け巡った。


ズズズズズ…


晴男が手に持つ鬼道の鏡に、よしとが思い描いたりおの顔が映った。歪みも黒ずんだ部分も無い。輪郭線に白い光が薄っすら光っていた。胸の部分に本が一冊映っていた。


「実物もそうだけど綺麗だね。輪郭線の白い光は尊敬や憧れだよ、胸の部分に映る物体はその人への先入観や思い込みだよ。白い光もそうだけど、余計なものが映っているほど完璧な愛から遠いんだよ」


視界が元に戻ったよしとが、


「神楽がいたから頑張れた事は何度もありました」


と言う。




「うん。なるほどね。じゃあ次『お母さん』行ってみよう」


「お母さんを思い浮かべるんですか」


晴男が鏡の鬼道で確認すると、鏡には歪みも黒ずんだ部分も無く、輪郭線に白い光が薄っすら光る母親の顔が映った。胸の部分に食器が一枚映っていた。


「前田君みたいに健全に育った青少年に限って、母親を疑ったり、憎んだりしているはずがないからね。むしろ神楽ちゃんが母親と同じくらい綺麗に映る事がわかるよね」


視界が元に戻ったよしとが、


「すみません。怖くなってきました。尊敬や憧れがあったら減点というのも納得がいかないのですが…」


と言う。


晴男は、


「うん。なるほどね。じゃあ次『友達』行ってみよう」




晴男がさらに呪文を唱えると、よしとの視界が真っ白になって、友達の想い出が走馬灯のように蘇った。




前田君はイイ男なのに勿体ない


前田君は!もう!手を汚さないで欲しいの!


前田は彼女つくれ


前田はもっと速いトス上げていいぞ!


前田先輩への尊敬のほうを選びました


りお先輩は、本当は前田先輩の事が好きなんですか?


手をつなぐのだって肉体が必要だから。みんな肉体が目当て


楽しいな前田君


長雨じゃないよ、野球部のランニングだよ。えみかの話、聞いていたのか?


前田君がそう思うなら、気が済むまでりおの事、見守ったらいいね




晴男が手に持つ鬼道の鏡に、よしとが思い描いた横山みずきの顔が映った。


「友達もかなりいい線行ってるね。顔は歪んでいない。少し黒ずんだ部分が疑い。少し赤い部分は憎しみ。胸の部分に映っているのは本かな。顔全体にかかっている檻のような光の四角形は他人の所有物だという認識を意味する」


よしとは、


「友達です。俺より勉強できます」


と言った。


晴男は、


「恋人ですって言いながら、こういう絵を映し出す人もいるからね。これで神楽ちゃんの事を十分愛しているのがわかったし、許してあげても良いんだけど、一個だけ気になる事がある。次『恋人』行ってみよう」


と言う。


よしとは、


「りりあは見たくないです…見てはいけない…」


と言う。




晴男がさらに呪文を唱えると、よしとの視界が真っ白になって、蛇島りりあの想い出が走馬灯のように蘇った。




前田先輩はカッコいいです。今日知り合えて嬉しかったです


友達以上ですからね。デートするんだから


よしと。やっぱり寂しいから一緒に回ろ?


なんで神楽先輩のたこ焼き屋なんですか!!!


清算ならいいですよ。清算でお願いします


よしとは女の子の友達が多いんだね。最初に言って欲しかったな




ズズズズズ…


晴男が手に持つ鬼道の鏡に、よしとが思い描いた蛇島りりあの顔が映った。顔は歪んでいないが黒ずんだ部分が多い。


「これが恋人か。顔半分が黒ずんでいるのは日頃見せる表情を疑っている証拠だね。先入観や思い込みはないようだね。顔全体にかかっている光の円形は自分の所有物だという認識を意味する」


よしとは、


「俺はりりあの事を疑っているんですか?」


と言った。


晴男は、


「芝居臭い子にした?」


と突然、よしとに尋ねた。


よしとが「あぁ~」という顔をしていると、図星なんだと思った晴男が、


「うん。なるほどね。じゃあ最後に『芝居臭い子』行ってみよう!」


と言って、呪文を唱えた。




よしとの視界が真っ白になって、あらゆる人物の想い出が走馬灯のように蘇った。




前田先輩♡スコアブックの整理がしたいです♡


なんで『ごめんね』って言うんですか?


なんにも悪くないですよ♡


大会前に司令塔が色ボケしたなんて誰も言いませんよ♡


ほらぁ~♡彼女から連絡来ますよ♡何しているんですかって♡




ズズズズズ…


晴男が手に持つ鬼道の鏡に、よしとが思い描いた雛菊さやの顔が映った。




晴男とよしとはゴクリと唾を飲んで、顔を見合わせると、晴男は、


「完璧だね。これが完全なる愛だよ」


と言う。


鏡に映った雛菊さやは、歪みも余計な物も何一つ無かった。


よしとは、


「なんだ。全部冗談か。あぁよかった」


と言って、ドッと疲れが出たようにうなだれた。


そして戻って来た観音寺社長に改めて謝罪と、アンインストールのキッカケを与えてくれた御礼を述べて、山手線の始発で帰宅した。


前田家に帰ると父親の説教を散々聞かされた。昨晩よしとが父親に送ったメッセージについては、「逆にどんな一大事かと思う」との事だった。冗談だと思って深夜まで待っていたんだぞと叱られた。 

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