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IFルート『もしも時久がイザスタと一緒に行くことを選ばなかったら』その三


 どこか気まずい沈黙が周りを支配する。見えないが相手が恥ずかしがっているんじゃないかなぁぐらいは何となく察した。


 さて、この状況で俺が取るべき行動は。


「……とりあえず入って良いですか?」

「えっ!? そ、そんな……困ります」

「腹ペコの人の前で自分だけバクバク食えるかっ! 空腹に『勇者』だろうが何だろうが関係ないっ! 良いからここを開けてくれ」

「……はい」


 こうなったら『勇者』の腹の虫を宥めた上で余り物だけでも頂いてやるっ! ガチャリと扉の開く音が聞こえた瞬間俺は素早く突入。勿論我らが昼食達も一緒だ。


 部屋の中には俺と同年代の少女が一人。この人が『勇者』か? まあ良い。今はそれよりこっちだ。


「昼食デリバリーですっ! 食事を広げるから場所を開けてっ! そこのテーブルの上なんて良いな」

「えっ! あ、あの……ちょっと」


 部屋は中々豪華。少なくとも俺の部屋の倍……いや三倍は広いな。なんか家具が倒れてたりカーテンが破れたりと荒れているが、そんなのは昼飯の前には些細な事だ。


 俺はテーブルを軽くナフキンで拭き、そこに昼食を手際よく並べていく。配膳なら手伝いで教わったからな。多少偉い人向けであろうとも何とかなる……と思う。


「お待たせしました。ちょっとスープが冷めちゃってるけど勘弁な。さあ。椅子にどうぞ『勇者』様」


 ひとまず見た目だけは整え、ついでに倒れていた椅子を起こして『勇者』を座らせる。


「あの、だから私……食事は」

「あれだけ盛大に腹の虫が鳴って腹が減っていないなんて言わせないですよ。さあ食えっ! そして余った分を俺にくださいお願いしますっ!」

「ですから、このまま差し上げますから」

「腹ペコの人から食事をぶんどれないんですってっ! せめて腹の虫を宥めてもらわないと俺の精神衛生上良くないのっ!」


 我ながら変なテンションの自覚があるが、普段はもうちょっと紳士的かつ穏やかな方なんだ。……ホントだぞ。だってのに『勇者』は食事をじっと見つめて手を出そうとはしない。


 『勇者』の目を見ると分かるが、これは腹が減っているのに人の目だ。何故手を出さないんだ?


「……はぁ。一体どうしたら食べてくれるんですか?」

「…………ベてください」

「何ですって?」


 その時彼女はこちらに向き直り、どこか暗い瞳と口調で言った。まるで見定めるかのように。


「どれでも良いから先に食べてみてください。……ですけど」


 つまり毒見役か。そう言う『勇者』の身体は僅かに震え、表情から何となく読み取れるのは疑念と、恐怖と……それらと同じくらい大きな申し訳なさ。それなら、


「じゃあ遠慮なく。頂きま~す!」


 俺は猛然と料理達に襲い掛かった。まずパンをナイフで二つに割って中にサラダを軽く敷く。勿論たっぷりソースを絡ませてからだ。次に鳥のローストを乗せ、もう一つのパンで挟み込む。


 これでお手軽だが高級サンドイッチの完成だ。それに大口を開けてかぶりつく。……おぅ。一噛みごとに口の中に幸せが拡がる。


 肉のギュッと凝縮された旨味も、野菜のシャキシャキとした食感も、そしてそれを引き立てるソースの味も。どれもそうそう味わえない逸品だ。


「美味いっ! 絶品だっ! これを毎日食べれるってのは贅沢だぞ」


 俺が美味そうに食べているのを見て、『勇者』は少し不思議そうな顔をする。どうしたのだろう?


「……躊躇ったりしないんですか? 毒があるかもしれないなんて言われたのに」

「そりゃあ入ってないって分かっていたからさ。それに信じているからな。色んな人を」


 俺は城の色々な場所で働いてきた。当然『勇者』の食事を作ったであろう厨房の面々も知っている。


 あそこの人達は皆料理人として誇りを持っていたからな。作った食事に毒を盛るなんて考えられない。味見も出す前に済ませるから、毒を入れたらすぐにバレる。


 じゃあ運ぶ途中に毒を入れる? それもない。さっき運んでいるメイドさん達を見ていたが、何かを入れたりする様子はなかった。それに毒を入れたとしたら、そもそも俺に運ぶのを手伝わせたりしない。


 まあ最大の理由としては、サンドイッチを作りながらこっそり貯金箱で料理を査定、毒の有無を確認したからなんだけどな。……出てきた値段に一瞬ビビったのは内緒だ。


「さて。こうして俺が飯が美味い事を証明した訳だし、そろそろさっきから鳴ってるその腹の虫を宥めたって良いんじゃないか? それともスープやデザートも頂こうか?」

「……いえ。ありがとうございます。……そうですよね。毒なんて入っている筈ないんですよね。……いただきます」


 『勇者』はどこか意を決したような顔でスープを口に含む。……そしてごくりと音が聞こえたかと思うと、先ほどとは打って変わって凄い勢いでスープを飲み始めた。


 これならもう毒見は必要なさそうだな。





「……ご馳走様でした」

「お粗末様でした。しかし綺麗に平らげたなぁ。全然余ってない」


 静かに両手を合わせる『勇者』を横目に、ほぼさっぱりなくなった昼食の皿を見てそう呟く。


 『勇者』は昨日からまともに食べていなかったようで、その分を埋めるように食べ進みもう欠片くらいしか残っていない。


「あの……すみません」

「別に良いって。元々貰えたら良いなぁ位で考えてただけだから。それにサンドイッチはとても美味かったし。ありがとうな」


 とは言ってもそれだけではやはり物足りない。仕方が無いので果物の欠片を口に入れて少しでも腹の足しにする。


「今から誰かに頼んでまた用意してもらいましょうか?」

「いや良いよ。元々これは『勇者』様の物だし、さっきは毒見役って事で先に頂いたけど本来余りを貰えれば良かった訳だしな。……あっ!? うっかりタメ口になってた。申し訳ございません『勇者』様」

「いえ。寧ろ今のままで。……皆私達を『勇者』様って呼んで、どこか線を引いている感じがしますから」


 それはしょうがないかもしれない。やっぱり国教に絡んでいるとどうしたって敬われる。本人のせいじゃなくてもな。


「そっか。じゃあタメ口でいっか。……この分だと『勇者』様って呼ぶのも避けた方が良いか。なんて呼べば良い?」

「普通に名前で。私は……ユイ。ユイ・ツキムラと言います」

「月村だな。俺は時久。よろしくな月村」


 これが『勇者』のスペアである俺と、正しく『勇者』である月村の初めての出会いだった。





「時久さん……ですか? 変わったお名前ですね。……あっ!? 別に悪いって言っている訳ではないんですよ」

「そうかな? 自分じゃそうは思わないけど」


 慌てたようにぶんぶんと手を振る月村。まあちょっと古めかしい名前だとは俺も思っているけどな。


 ちなみに俺はここでは名前だけ名乗っている。ディラン看守もそうだったけど、名字を名乗るとよく没落貴族と勘違いされるからだ。個人的にはそれでも良いけど、何故かウィーガスさんに止められている。


「さあて。じゃあそろそろお暇するか」


 俺はゆっくり立ち上がる。とりあえず食事は頂いたし、『勇者』の一人も見る事が出来た。という訳で自室に戻ろうとしたら、


「あ、あの……もう少しだけ、お話しませんか?」


 引き留められた。腹ごなしに話がしたいという事だろうか? だけど月村の顔を見て考えを改める。どこか張り詰めた顔で、放っておくとどうにも良くなさそうな気がしたからだ。


 ……仕方ない。幸い少しは余裕もあるし、俺はまた雑談に興じる事にした。





「えっ!? 月村って俺より年上なのっ!? じゃあやっぱり敬語の方が良いかな?」

「年上って言っても一つだけですから。普通に話してくれた方が良いですよ」


 月村はちょっと慌てながらそう言うが、見かけからして俺と同じか年下だと勝手に思っていた。


 俺と同じか少し上くらいの身長に、肩まで伸びた艶のある黒髪と線の細い顔立ち。だけどどこか伏し目がちでオドオドした態度から、どことなく小動物のような印象を受ける。しかし実際は十八歳で俺より年上だ。


 それからしばらく俺達は当たり障りのない話をした。好きな食べ物とかな。さっきの食事にもあったけど、こう見えて肉が大好きらしい。それにしちゃあ線が細いけどね。


 『勇者』の仕事に関しては本人もよく分かっていないようだった。あまりその話題は好きじゃなさそうだったのですぐ切り上げたけど、向こうはどうやら雑用係の方に興味があるみたいだ。単に手が足りない所を手伝う仕事ってだけなんだけどな。


 それからしばらくして、もうそろそろ良いだろうと俺は本題を切り出す。見も知らない俺を引き留めるくらいだ。何か話したい事があるのだろう。


 そしてそれは、きっとさっきのような雑談とは違う何か。


「月村。答えたくないならないで良いんだけど、さっきはどうしてあんな事を? 毒とはまた穏やかじゃないな」

「それは……」


 月村はそこで黙り込む。食事に毒が入っているなんて普通は思わない。少なくとも俺と同じ日本出身でそんな心配をする奴はまず居ないだろう。


 だけど月村は昨日からまともに食事を摂っていない。それが毒が入っているかもしれないという疑念からだとすれば、なんでそんな話になったのか?


「何でそう思ったのか知らないけど、食事はちゃんと食ってくれ。メイドさん達も心配してる」

「……本当に、そうなんでしょうか?」


 また月村の瞳が暗く陰る。だがそれは一瞬で、すぐにまた申し訳なさそうな顔をする。


「そんな事ないって頭では分かってはいるんです。……だけど、ふと思ってしまって、怖いんです。この前酷い怪我をして、やっと治ったと思ったら急に周りの人が、何でもない事が怖くなって」

「何でまた? 怪我を治してもらったんだろう? それなのに怖くなるっていうのは」

「襲撃の時、付き人の方に化けて襲ってきた人が居たんです。それもあってまた身近な人に化けているんじゃないかって……考えてしまって」


 月村の言葉をまとめると、つまりはこういう事だろうか?


 前の襲撃の時身近な人が別人だったのが気になって、またそんな事が起こるんじゃないかって不安。また襲われるんじゃないかって疑念。それが合わさって頭ん中がぐちゃぐちゃになっていると。


「何となく言いたい事は分かった。……なあ月村」

「何でしょうか?」

「お前バカだろ? 俺にそう言われるなんて相当だぞ」

「バ、バカって!?」


 正直に思った事を言うと月村は驚いた様子だった。もしや慰めてもらえると思ってたのか?


「あのな。詳しくは知らないけど怪我したのは同情する。身近な人に化けていたから怖いってのも分かる。……

「そ、それは……」


 ほら口ごもった。誰かに相談できているんならこうはなっていない。


「付き人やメイドさんがダメならもっと偉い人だ。ガードが固くて化けづらいだろうし『勇者』なら話くらい聞いてくれる。対応策だって考えてくれるかもだろ? それも嫌なら同じ『勇者』の誰かでも良い。少なくとも食事も摂らずに引きこもるよりはマシだ」

「だって……だって、私みたいな役立たずが、皆さんの手を煩わせるわけには」

「何で役立たずって言うのかは知らないけどな、本当にそうなら皆してこんなに気を遣ったりはしないよ。……それに怪我だって子供を守って負ったって聞いたぞ。それだけでも凄い事じゃないか?」


 月村は自己評価がとことん低いようだ。まあ見るからに荒事は向かなそうだし、『勇者』の役割が戦闘のみなら役立たずと言われてもおかしくはない。


 しかし仮にウィーガスさんが『勇者』を広告塔として使いたいのなら、こういう性格の方が使いやすい。人助けが本当なら立派な行動だ。能力的に役立たずでも広告塔としては上々だと思う。


 ちなみに本当に役立たずならあの爺ちゃんの事だ。クビにするなりカウンセラーでも付けるなり何かの手を打つ筈……待てよ。もしかしてってそういう事か?


「それでもまだ怖いってんなら……また俺が毒見してやるよ。だから食事だけはきちっと摂りな。相談云々はそれから改めて考えよう」

「……分かりました。じゃあ、お願いします。……私が、周りの人が怖くなくなるまで」


 そう答えた月村はまた身体が震えていた。だけど自分の意思で勇気を振り絞って出した答えに、目の前の人は文字通りの意味での『勇者』なのだと感じる。


「そっか。じゃあ早速夕食もご馳走にゲフンゲフン……いや、毒見させてもらおうかな」

「ふふっ。ではいつもより多めに頼んでおきますね」


 やっと普通に笑った。これまでずっとどこか無理したような顔だったからな。やはり美少女は笑っている方が良い。


「ちなみに、なんで俺を引き留めて話をしたんだ? 初対面だったし周りが怖いって言うなら尚更」

「け、警戒してたのに時久さんが無理やり入ってきたんじゃないですかっ!? それで勝手に食事を広げちゃうし、毒があるかもって言うのに躊躇わずに食べちゃうし。……もうここまで来たら、顔見知りより初対面の人の方が裏切られてもショックが少ないだけ話しやすいかなって」

「なんか無茶苦茶な理論じゃないかそれっ!?」


 裏切り前提で話さないでほしい。どうにも月村はネガティブというかそういう気があるから不安だ。『勇者』としてこれから大丈夫だろうな?





 そうして俺達は夕食の約束をし、また後でご馳走が食えるとルンルン気分で自室に戻ろうとして、


「……っと。そうだ。遅くなった時の為にこれを渡しておくよ。小腹が空いたら摘まんでくれ」


 扉を開ける時、ふと思いついて胸ポケットから取り出した品を投げ渡した。月村は一度取り損ねてお手玉するも何とかキャッチする。


「そんじゃまた夕食時に。あっ! 先に食べててもそれはそれで良いぞ!」

「はい。……これってっ!? 時久さん。貴方もしかして」


 何か月村が言っていたような気がするが、流石にもうあんまり余裕はない。そのまま俺は急いで自室へ戻っていった。さあてまたお仕事頑張りますか!





 それにしてもあんなに反応してくれるとは。……月村も好きだったのかね? あの。だとすると少し嬉しいな。


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