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事件を事件にさせないように


「お、俺が盗みを働いたってのかっ!?」

「そこまでは言ってません。ただ……ジューネ頼む」

「はい。こちらとこちら。随分と美しい品ですが、以前同じような物を見た記憶がありましてね。はて。あれはどのお客様の身に着けていた物でしたか?」


 ジューネが盗品と表示された品をピンポイントで指差す毎に、男の顔色がドンドン悪くなっていく。


「雇い主様よ。丁度良いしこれから顧客の所にご機嫌伺いにでも行くとするか? 偶然同じような物を困っているかもしれないぞ」

「そうですねぇ。それも良いかもしれません。もし盗まれたなんて事になっていたら大変です」


 うわぁ。こう着々と逃げ場を塞いでいく感じ、ミステリ物の犯人を追い詰める時みたいだな。


「……くそっ!」


 あっ! 男が逃げたっ! 身を翻して路地を抜けようとする。だが、


「おいおい。そう慌てるなよ。腹でも壊したか?」

「それはいけませんね。痛み止めの薬でもお売りしましょうか?」


 一瞬の内にアシュさんが回り込み、そのまま腕をガッチリと後ろ手に極める。そうして動けなくされた所にジューネが白々しく懐から薬を差し出した。こわ~。ホント味方で良かったよこの二人。


「さてと。それでトキヒサさん。これなら話が出来ますか?」

「ああ。ありがとな二人共。上手く伝わってホッとしたよ」

「私の教え方が良かったからですね。お礼に追加授業料を払ってくれても良いのですよ」


 実は先ほど渡した紙に、気になる事があるから逃げようとしたら捕まえてくれと書いておいた。まだ単語くらいしか書けないので伝わるか賭けだったが、ジューネの方で上手く読み取ってくれたようだ。


 俺がゆっくり男に近づくと、僅かに濁った眼で睨みつけてきた。おっかない。


「幾つか聞きたい事があるんですが……良いですか?」

「……ぺっ」


 危なっ!? 唾を吐かれた。そんなに敵意むき出しにしなくても。


「まあ落ち着けよ。何も取って食おうって言うんじゃないんだ。正直な話、ここでお前さんを衛兵にって選択肢もあるんだ」


 男をしっかりと極めながら、アシュさんは後ろから静かに語り掛ける。男は顔をがばっと上げてアシュさんの方を振り向く。


「ほ、本当かっ!?」

「ああ。まずお前さんが盗った品を持ち主が認知しているか確認する。その上で被害届を出しているならお前さんを突き出さなきゃならないが、向こうがまだ気づいていないとか表沙汰にしたくないとかなら話が変わる。落とし物を拾って届けたって形に丸く収める事もできる訳だ」


 アシュさんの言いたい事はなんとなく分かる。つまり事件になる前に終わらせてしまおうって事だ。


「ただしお前さんが素直に話に応じるのが最低条件だ。あと他にも盗品があるなら全部出しな。そうすれば最悪衛兵に突き出す事になっても、少しくらい融通を利かせてもらえるよう話してやってもいい。……悪い話じゃないだろう?」


 男は少し考えこんでいるようだった。今の話が本当なら確かに悪い話ではない。だが嘘だったらそのまま捕まる上に喋り損。どうしたものか……と言った所だろうか? 


「ちょっと良いですか?」


 最後の一押しになるかは分からないが、俺もここで条件を提示しようと思う。男はこちらを警戒する様に見つめた。


「盗品は受け付けられませんが、それ以外は買い取らせていただきます。全部で……これくらいになりますが」

「……こんなに? 嘘だろ?」

「本当です。この額をお支払いします」


 俺が合計額を書いた紙を見せると、男は予想以上だったのか驚いた様子を見せる。ちなみに実際の買取額はもう少し安いのだが、話し合いを進める為にもここは少し身銭を切る。


「その上で質問に答えて頂ければ追加で謝礼をお支払いします。どうか話を聞かせてもらえないでしょうか? お願いします」


 俺は男に頭を下げる。他の皆が唖然とした様子でこちらを見ているが、そんなに変な事だろうか?


「……分かったよ」


 男は俺を不思議そうに見つめるとそうポツリともらした。


「ありがとうございます。じゃあ最初に、お客さんの名前を教えてください」





「なあ、俺の言葉遣い変じゃなかったか?」

「どうかしらね? 私自身言葉遣いが綺麗な方ではないし。……でもそこまで固くならなくても良いんじゃない?」

「私より、上手だと、思う」

「セプトは大体俺を立ててくれるから参考になりづらいな。一応お客さん相手だから丁寧に話そうとジューネの商人モードを参考にしてみたんだけど……やっぱ難しいや」


 俺とエプリ、セプト、ボジョは、男……ビンターに教えられた場所に向かっていた。


 アシュさんとジューネ、ビンターは雲羊に乗って都市長さんの屋敷へ。盗品の確認が取れたら顧客の所に向かい、場合によってはアシュさんの言った通り事件になる前に収めるらしい。


 落とし物を拾ったという事で謝礼をせしめられたら尚良しとジューネが目論んでいたが、そう上手くいくかな?


 ビンターはその間屋敷で軟禁……もとい、話を聞かせてもらうらしい。最悪事件になった場合はそのまま衛兵に突き出されるという。


「……それにしても、少し意外だったわね」

「何が?」

「トキヒサは問答無用で衛兵に突き出すと思ったから。……そういう所あるじゃない? 自身の善悪の判断がきちっとしているというか」


 そうなのだろうか? 自分ではよく分からないけど、悪い事をしたら罰を受けるのは当然だと思うぞ。むろん状況によって絶対ではないと思うけど。


 牢獄に捕まっていた時も、不法侵入の分は素直に捕まっても良いと思ってたしな。襲撃したエプリに関しては……まあ散々助けてもらってるから俺がとやかく言える事でもないし。


「俺だって丸く収まるならそんな事言わないっての。盗みは悪い事だけど、それだって時と場合によるだろ? それに……あのペンを見たらちょっと考えちゃってさ」

「ペン? ……品物の中に有ったわね。換金しないでそのまま返していたけれど」

「あのペンさ。先が少し欠けていたけど、それ以外はとてもよく手入れされていた。他の物は乱雑に扱われていたのにな」


 おまけにあのペンは査定で買取不可が出ていた。理由として、からと出ていたしな。


「何があったか知らないけど、あんなになってもこれだけは捨てられないって物を売りに出す。自分の心に嘘を吐いてでも金が欲しい。……そう考えると、一概に衛兵に突き出すのもなんか違うって思ってさ」


 同情や憐れみなんてするなと言われるかもしれない。人によっては虫が好かない考え方かもしれない。だけど……なんとなくその気にならなかった。それだけなんだ。


「……そう。……そろそろ着くわよ。気を引き締めた方が良いと思うけど?」


 フードに隠されて分からないが、エプリはどこか嬉しそうな様子でそう注意を促した。


 いよいよだ。スマホの元の持ち主にご対面といくか。平和的に済むと良いんだけどな。





 ビンターに教えられた場所は、意外にも今までいた路地裏から近い所にあった。一旦雲羊と合流してジューネ達を送ってから向かったが数十分くらいかな。


「ここ……か?」

「ボロボロ」


 セプトがそう漏らしたように、そこは一言でいえばボロ家だった。まともな石材で建てられた物ではなく、落ちていた廃材をむりやり家の形に仕立てたみたいな。


 扉も屋根もなく、代わりに大きな布を廃材の柱に張って雨風を凌いでいるようだし、まだ調査隊の使っていたテントの方が住処として上等だと思う。入口に布を暖簾のように垂らしているのは扉の代わりだろうか?


 俺達は少し離れた場所で止まり、軽く周囲の様子を伺うが誰も居ない。中にいるのだろうか?


「……そのようね。ビンターの言っていた事が本当なら」


 ビンターの話によると、あのスマホは数日前にここの住人から三十デンで買ったという。初めて見る物だったので高値で誰かに売り捌いてやろうと思ったらしいけど誰も買わず、仕方なく噂になり始めていた俺の所に持ってきたらしい。


 よく分からない物を買うビンターもビンターだけど、スマホを三十デンで売る方も売る方だ。


「……それにしても、さっきの板の出どころにここまでムキになる所を見ると……例の?」

「ああ。あれは俺の元いた世界の物だからな。他の参加者か『勇者』が関わっている可能性が高い」

「……でも、向こうが友好的とは限らないわよ。わざわざ関わらなくても良いんじゃない?」


 エプリの言う事はもっともだ。相手がどんな人なのか分からない上に、昨日アンリエッタが言っていたようにこちらを狙っている参加者もいる。だけど、


「そうかもしれないな。でもそうじゃないかもしれない。話せば分かる相手かもしれない。なら……まずは会ってみないとな」


 まあ色々理由を並べ立ててはみたが、一番の理由は単純だ。


 この時点で仲間だって思ってしまうのだから、自分でも実に甘ちゃんだ。もし悪い奴だったら? その時は全速力で逃げる。後悔も反省も、まず行動を起こさなきゃ出来ないのだから。





「よし。これ以上は外から見ていても分からないし行ってみるか」

「そうね……可能性は低いけど、いきなり戦闘になる事もあり得るわ。いざとなったら護衛として動くからそのつもりで」

「私も、守る」

「二人共頼りにしてる。といっても荒事にはしたくないからな。あくまでも話し合い。向こうが敵意を向けてきたら全力で逃げる。ひとまずの方針はそれでいこう。……では」


 出発……という所で、足の下でかさりと何か音を立てる。なんか踏んだかな? ……これはっ!?


 俺は落ちていた物を残像が残るくらいの速度(体感)で拾い上げ、それをまじまじと穴が開くんじゃないかと思うほど見つめる。こ、これはまぁさかっ!!


「……どうしたの?」

「……ぶ、ぶ」

「ぶ?」

「ブ〇ックサンダーだあぁぁっ!!!」


 俺はつい大きな声を上げてしまう。このパッケージ。内側にごく僅かにこびりつくチョコレートの欠片。間違いない。これはかの黒い雷神ブ〇ックサンダーの包装紙。この世界でまた会えるとは夢じゃなかろうか?


「ブ〇ックサンダー? 雷属性の一種?」

「違うっ! ああいや、意味合いとしては合っているんだけど魔法とかじゃなくて。というか雷属性なんてあるんだな。……これは俺が元居た世界にあるブ〇ックサンダーって菓子を入れる袋だ。ちなみに俺も大好物」


 そう言えば何個か俺のリュックサックに入れておいたけど、牢獄に置きっぱなしなんだよな。あれは今頃どうなっているのだろうか? ディラン看守あたりが保管してくれていると助かるんだが。


「お菓子? それ、美味しいの?」

「勿論だともセプト。甘くねっとりとしたチョコレートの中に、サクサクとしたパフが絶妙なバランスで入っていてな。ココアの風味がまた一口ごとに食欲をそそるんだ。じっくり舐めて味わうも良し。一気にかみ砕いて食感を楽しむも良し。一つで色んな楽しみ方が出来る実に素晴らしい菓子だぞ。おまけに値段も手頃で俺もよく買ってたもんだ」

「よく、分からないけど、凄いんだね」


 セプトは前髪から僅かに覗く目をキラキラさせる。こうして純粋に凄いと言ってくれるのは、ブ〇ックサンダー好きとしてはとても嬉しい。


「……少し興味があるけど今は置いておきましょう。……その菓子の袋が落ちていたという事は」

「ああ。まず間違いなく俺の居た世界の人が関わってる」


 俺がそう言うのとほぼ同時に、入口の布がゴソゴソ動いた。それに気づいたエプリは素早く俺の前に立って構え、セプトも自身の影を僅かに揺らめかせる。


 咄嗟の対応に迷いのない二人に、俺はちょっと自分が情けない気分になりながらも頼もしくも思うのだから複雑だ。



「誰っすか~? あたしの家の前で騒いでんのは? 騒ぐならよそでやってほしいっすよ~」



 その言葉と共に布をまくり上げて出てきたのは、俺と同年代くらいの少女だった。

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