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閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その一

 ここからはエプリ視点です。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「シーメ姉。そっちは今どこに? ……そう。こっちも探しているけどまだ。……うん。もう少し探してみる」


 ソーメが目を閉じて誰かと話している。多分先ほど別れたシーメの所だろう。こうして遠くのヒトとの連絡が道具なしで出来るのは便利だ。護衛対象の様子もすぐに分かる。


 トキヒサ達と二手に別れ、私達はヒースが居る可能性のある場所の一つを探していた。


 ここまで乗ってきたクラウドシープは近くで待機している。この辺りは狭い路地が入り組んでいて中まで入れないのだ。


「シーメ姉たちも、今着いたみたい……です」

「……そう」


 連絡を終えたソーメに対し、私は言葉少なに返して周囲の探査を再開する。風の流れに僅かに自身の“微風”を混ぜていく感覚で、自身の魔力を拡げていく。


 ……ひとまず近くには、私達以外に動くものは感じられない。少しずつ調べる範囲を広げていく。


 風の流れを読んで探るのはそれなりの集中が伴う。出来れば一人静かに行いたい。まあ仕事以外で他のヒトと話すこと自体あまり得意ではないというのもあるが。


 どうやらソーメも自分から話しかけるのは不得意なようだし、こちらが集中しているのを酌んで静かにしている。こういう静寂はあまり嫌いじゃない。……だというのに。


「どうっすかエプリさん!? 何か分かりましたか? にしても周りのことがここに居ながらにして分かるってのは凄いっすね! あと風を読むっていうのはどんな感じなんっすかね? 本を読むみたいな感じっすか?」

「……騒がしいわね」


 私は内心ため息をつく。やはりこの班分けは間違いだったのではないだろうか? 無理にでもトキヒサの側に付くべきだったかと今更ながら少し本気で考える。


 目の前のオオバという女。トキヒサと同じく異世界の住人。それが先ほどから事あるごとに私に話しかけてくるので、風を読むのに支障はないがどうにも落ち着かない。


「もしかして気に障ったっすか? ……だとしたらすいませんっす。あたしってばよく空気読めないって言われてたんすよ。直そうとは思ってるんすけどね」


 オオバは頭の後ろに手を当てながらペコペコする。その顔は本当に反省しているようだ。


 悪意があって故意にやったのなら容赦はしないが、単に気性の問題であれば事を荒立てることもない。私は別にそこまでじゃないと静かに言う。


「そうっすか? なんかエプリさんって口数が少ないから、そこだけ聞くとまだ怒ってるんじゃないかって思っちゃうんすよ」

「わ、私も……そう、思います」


 何故かソーメも話に入ってきた。口数が少ないのはアナタも同じじゃないかと思う。


「……特に必要が無いから言わないだけよ。喋り過ぎは隙に繋がるから」

「隙って……エプリさんってホントに傭兵さんなんっすねぇ。いつも気を張ってるし、センパイと話している時みたいにもっと普通に話せばいいのに」


 何故今トキヒサの名前が出てくるのだろうか? 別に話し方を変えているつもりは無いのだけど。


「もしかして気付いてないっすか? エプリさんセンパイと話す時は確実に他の人の倍以上話してるし、それにいつもちょっとだけ楽しそうっすよ! 普段見えるの口元だけっすけど」

「……それは単なる勘違いね」


 大葉が急に口元に手を当ててムフフと笑う。少しイラっと来たが顔に出すような真似はしない。風を読むのに神経を注ぎつつ、ほんの少し言葉に不快感を乗せてその間違いを正すべく言い返す。


 まあ直接の依頼主ということもあって、多少話をする頻度は多いかもしれない。そこは認めても良いが、流石に楽しそうというのはないだろう。


「私はどこまで行ってもただの傭兵。トキヒサとは雇い主と護衛という間柄でしかない。……楽しいだなんて護衛の際に邪魔になる感情を、私は依頼人に見せたりはしない」

「う~んそうっすか? 今日見た時は確かにそう見えたし、今だって明らかにセンパイ絡みだから口数だって増えてると思うんすけどね。……まあ一応そういうことにしとくっすよ! ちなみにこれについてどう思うっすかソーメさん?」

「そこで私に、振らないでください!」


 ソーメが何やら「……これは強敵だよセプトちゃん」と呟いているが、一体何のことだろうか? 今の所セプトとは、トキヒサを護るという点で利害は一致している。敵対するとは思えないのだけど。


「さあ。気が済んだのなら二人共、少し静かにし…………うんっ!?」


 もうこの二人には付き合っていられないと、再び本腰を入れて周囲を調べようとした時、感知範囲ギリギリに動くものの存在を捉えた。


 感覚を集中させ、明らかにヒトの動きだと確信する。だけど、


「……ソーメ。この辺りはこの時間人気が無いという話だったわよね? だからこんな所に居るのは探しているヒースの可能性が高いと」

「はい。この辺りは、大通りから距離が有ります。近くに、住んでいるヒトでもないと、通りません」

「それにここの人達は早寝早起きの人が多いから、夜は基本的にさっさと寝ちゃうって話っす。だから人気が無いんっすよね?」


 ソーメへの質問にオオバも補足する。……早寝早起きというより単に異世界のヒトが寝るのが遅いだけと言おうとしたが、ここにはソーメも居るので語らずに呑み込む。誤魔化すのが面倒そうだ。


「もしかして探してるヒースって人が見つかったんすか? なら早く行きましょうっす!」

「……慌てないで。確かにヒトらしき反応は向こうからあった。ここから歩いて数分といった所かしらね。ただ」


 私はそこで一度切り、明らかにおかしいと思える点を口にする。


「ただ……怪しい集団の中に、ヒースが居るとは限らないと思うのだけどね」





 これまでの動きを軽く思案してみる。ヒースはいつも一人で居なくなっていたらしいが、途中で誰かと合流するということは決してない訳ではない。


 反応が二人や三人程度なら、こんな時間だけど誰かと会っていたという線もあり得る。都市長の息子とはいえこっそり会う友人の一人や二人は居るだろう。昼間に会えない事情が有ってもおかしくはない。


 私の推測とは外れているが、別に専門家でもない自分の考えが間違っていたとしても不思議はない。


 しかし、二十人以上の集団となると一気に話が変わってくる。昼間ならともかく、こんな時間に集まるのは不審以外の何物でもない。


「これ明らかに怪しいっすよね。問題はこの中にヒースさんがいるかどうかってことっすけど……そこはエプリさんでも分からないっすか?」

「……分かったらさっさと進むなり退くなりしているわ。風ではそこまで詳しくは分からないもの」


 モンスターや凶魔のように特徴的な動きをしているならともかく、個人の細かい特定までは難しい。分かったのはあくまで、ヒトらしき動きをしているのが少なくとも二十人は居るという事だけだ。


「もしかして、私達と同じように、ヒース様を探している方達では?」

「最初は私もそう思ったわ。レイノルズの件もあるし、探しているヒトが居てもおかしくないと。……だけどそれにしては動きが不自然なの。誰かを探しているというより……隠れているという感じ」


 ソーメはそう言うけど、ヒトを探しているのなら相手の方が逃げ回っている場合を除き、相手に気づかせる為に探す側が声を上げたり分かりやすく動くはずだ。


 しかし補足したヒト達は動きはごく僅か。大きく声を上げている様子もない。会話はしているようだがそれも近くのヒトに向けてのみのようだ。


 もしヒースがあの中に居るなら、素早く接触して帰るよう促すべきだ。しかしもし居ないのなら盛大な無駄足な上、接触の結果何か揉め事に巻き込まれる可能性もある。


「……さて。どうしたものかしら」





「まあこうなったら一つ会ってみたらどうっすか? そしたらなるようになるんじゃないっすかね?」


 私が悩んでいる最中、オオバは暢気にもそんなことを言う。この女ときたら状況を分かっていないのではないだろうか。


 私はトキヒサの護衛ではあるが、トキヒサが一緒に行くとオオバを誘った以上、こちらも優先度は低いが護衛対象だ。そしてソーメも貴重な連絡係であり、また協力者でもあるので護衛対象に入る。


 最悪あの集団と揉め事になった場合、私一人ならともかく二人を護りながらでは危険度は一気に増す。簡単に決められることではない。


「もしかして、あたし達が足手まといとか護りながらはキツイとか思ってたりするっすか? だとしたら……舐めてもらっちゃ困るって話っすよ!」


 私の表情を見て取ったのか、オオバは人差し指を立ててチッチッチと数度振って見せる。……何故だろう。その仕草にまたもやイラっと来る。どうやらオオバは自然に相手を煽るのに長けているようだ。


「こう見えても逃げ足には自信があるんすよあたし! なんかマズそうなことになったら、即ダッシュで逃げるから大丈夫っす! それに、ソーメさんも大丈夫って顔してるっすよ」

「は、はい。私も、がんばります。だからエプリさん。私達のことは、気にしないでください」


 自身の足を掌でパンっと張りながら笑うオオバに、どこかオドオドしながらもハッキリそう言ってみせるソーメ。


 私は知らず知らずの内に二人を過小評価していたのかもしれない。確かに私の仕事は護衛ではあるけど、そもそも二人に話も聞かず、勝手に護ろうなどと考えていたのだから。


「私としたことが、護衛対象との意思疎通を疎かにするなんてね。……改めて聞くわ」


 そこで私は姿勢を正し、二人の方に向き直る。トキヒサと合流するまでの短い時間とは言え、今の護衛対象に対しての最低限の礼儀だ。


 二人も私の雰囲気が変わったのを察したのか、少しだけ真剣な顔つきになる。


「接触すれば危険が伴う可能性がある。もしもの時は、ある程度自衛してもらう事にもなる。……それでも良い?」

「そこでって言っちゃうんだから、やっぱエプリさんてば優しいっすね。これがいわゆるツンデ……あたっ!?」


 私はオオバの額にトキヒサの時よりさらに手加減した風弾を撃ち込み、よく分からないが益体もないことを言おうとしたその口を塞ぐ。


「それと、これからは護衛対象と言っても、無礼を働いたら遠慮せず撃ち込むのでそのつもりで。……分かった?」


 ソーメを見ると、こちらを見てぷるぷると震えながらこくこく頷いている。そこまで怖がらなくても、別に無礼なことをしなければ何もしないのだけど。


「あたたたっ!? あの。あたしの額割れてないっすかね? もうメッチャ痛いっす! これじゃあ下手なこと言えないっすよぉ」

「……加減しすぎたかしら。赤くなっているだけで割れてないわね」

「割る気だったんすかっ!?」

「冗談よ。……さて、ではオオバの言う通り、なるようになると期待して行くとしましょうか」


 私は幾分か肩の力を抜き、しかし周囲への警戒を完全には緩めぬまま、二人を伴って謎の集団の居る所へ向かうのだった。

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