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その名を忘れてなお

 注意! 途中視点変更があります。






「……おい。どうするよこの状況?」

「こっちに振らないでよボンボーンさん。それより今はトッキーの方! 大丈夫トッキー?」


 どうにか最低限の応急処置を終え、急いで二人の後を追ってみればこの状況。ボンボーンが困惑する中、シーメは急ぎ怪我人である時久に駆け寄る。だがそこには既に先客が居た。エプリだ。


 エプリは時久の傍らで、未だ戦い続けているヒースとネーダ、そして仮面の男の身体を執拗に壊し続けている影凶魔に警戒し続けていた。いざとなればどちらかに、または両方同時に介入できるように。


「エプリ! トッキーの容体は?」

「……大丈夫。ざっと調べただけだけど外傷はごく僅かよ。のおかげね」


 エプリは時久の服の穴から覗く、ボジョを指し示した。


 時久が土の槍で貫かれる時、ボジョが槍を受け止めていたのだ。


 だが、ボジョだけでは完全に防ぎきることは出来なかった。そこで役立ったのが、今日エプリが時久に贈った胸当てだった。


 時久がそれを出発前に服の下に着込んでそのままにしていた事。衝撃に強く伸縮性のあるホッピングガゼルの革製だった事。ボジョの力で槍の勢いが弱まっていた事。


 そして時久本人の耐久力等が重なり、実際は土槍は時久の薄皮一枚を傷つけただけだった。


「トキヒサが気を失ったのは……ダメージよりさっきの毒霧のため。それで弱っていた所に、自分の胸に槍が刺さったのを見て勘違いしたといった所かしら」

「だとしても弱っているのは間違いないから、私はトッキーの治療に移るね。エプリはどうする?」

「私は……やらなきゃいけないことが出来たようね」


 エプリは時久の治療を始めたシーメと時久共々背に庇うように立つ。その先には、仮面の男の身体を完膚なきまで破壊し、今度は視線を向ける影凶魔の姿があった。


「……こうしてアナタと戦うのは二度目ね。来なさいセプト」


 風がエプリの周囲にヒュルリと吹き抜ける。そして、エプリは挑発するように軽く影凶魔に向けて笑いかけた。不敵に。不遜に。


「アナタが護るべき誰かを見失ったというのなら……思い出すまで相手をしてあげる」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……暗い。とても暗い。そして寒い。


 私の主人が、××××が倒れてしまった。これ以上傷つけさせないと誓ったのに。


 目の前が真っ暗になり、私の身体は影に……いや、それとは少し違う何かに包まれる。


 私は奴隷。奴隷は主人のためにあるモノ。主人が居なくなってしまったら、大切なヒトが居なくなってしまったら、私はどうしたら良いのだろうか?





 気づけば周りにはよく分からないモノが沢山居た。暗いからか何なのか姿がよく分からない。


 壊せ。打ち砕け。食らいつけ。殺せと、自分を包むが囁く。今ならいつもより強く、早く、手足のように影を伸ばせそう。


 言われるがまま、私は影を伸ばしてそこそこ大きい二つを捕まえる。これらから少し美味しそうな感じがしたからだ。気が付いたら私は酷くお腹が減っていた。


 美味しそうな所だけ引きずり出し、それ以外は要らないから放り出した。影に取り込み早速それを味わう。……そこまで美味しくなかった。変な苦みがある。


 はさっきからずっと私に囁きっぱなしだ。喰らうだけでなく殺せと。壊せと。


 いけない。これは私の主人じゃない。だから従ってはいけない。私は声を無視しようとする。だけど、


『~~~~~~』


 周りのモノの中の一つ、耳障りな音を立てているそれを見て反射的に思った。これは壊すべきモノだ。喰らう価値は無いが殺すべきモノだ。


 何やら近づきたくない何かを持っているようだが、それに構わずそのモノを影で貫き、そのまま槍をばらけさせて内側から串刺しにする。


 あぁ。だけど足りない。こんなものじゃ全然足りはしないっ! どこかから湧き上がるこの感情を影は形にしてくれる。


 剣で切り裂き、槍で貫き、大槌で叩き潰し、思いつく限りの武器で責め苛んだ。


 壊して、壊して、壊して、壊した。


 途中からこれはただの物だと分かったけれど、それでも止まることなく壊し続けた。そしてもう物としても形が残っていないと頭の片隅で判断し、気は晴れないけど影を収めた。





 私は何をすれば良いのだろうか?


 何かを忘れている気がするのだけど、それも思い出せない。


 は相変わらず五月蠅いほど囁き続けている。だけど特に従う気も起きない。


 お腹はまだ減っているからまた美味しそうなモノを取りに行こうか? そうして視線を動かした時、



 ××××を見つけた。



 ××××は倒れ伏している。……そうだ! 私は何でこんな大事なことを忘れていたのだろう?


 早く。早く。××××の所に行かなくちゃ。周りにまだよく分からないモノが居るようだけど、邪魔するのなら追い払うか壊してしまえば良い。


 今行くから。もう少しだけ待っていて××××。







 ××××って……誰だっただろうか?




 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 ザンっ!


 地面を切り裂くように、影凶魔の足元から黒い影が幾筋も伸びる。


 その一つ一つが狙うのは……いや、もはや執着と言って良いほどにまで求めるのは、倒れ伏してシーメの治療を受ける時久ただ一人。


 だが、そうはさせじとエプリが強風で影の接近を阻む。魔力でもって伸びる影である以上、同じく魔力によって操る風であれば干渉できた。


「Aaaaarっ!?」

「アナタがそう成り果ててなおトキヒサを求めるのは……いえ。と思っているのは理解できるわ。……でも、今のアナタをトキヒサに近づけるわけにはいかない」


 影凶魔が苛立ちのような声を上げる中、エプリは駄々っ子を諭すように口にする。


 エプリは影の挙動から、まだセプトが自意識を残していると判断した。さっきから時久のみに影を伸ばし、それ以外には迎撃を除いてほとんど手を出していないからだ。


 だからこそ今のセプトを近づけるわけにはいかない。セプトはおそらく時久を傷つけかねないことを自覚していない。


 魔力で伸ばした影は凶器だ。勿論精密な魔力操作によって影で物を持ち上げたり、人形のように操作する事は出来るがそれは普段のセプトの話。今の影凶魔と化したセプトでは、最悪先ほどの仮面の男のようになりかねない。


 そして第一護衛対象が時久であることと同時に、セプトもまた優先順位はやや劣るが護衛対象だ。凶魔化を解ける可能性がある以上仕留めるには早い。


 故にエプリのとった行動は、“時久の治療が終わるまで防御に徹して時間を稼ぐ”という、先ほど時久がやろうとしていたこととほぼ同じものだった。


「Aaaaarっ!」


 影凶魔が苛立って影の本数を増やすも、エプリはまるで影の動きが分かっているかのように風刃で相殺していく。


 いや、実際に分かっているのだ。既に周囲は微風の影響下。魔力の流れを大まかに感知できる。おまけに普段のセプトならまだしも、今の影凶魔は愚直に時久のみを狙っている。


 時折邪魔者であるエプリにも影が伸びてくるが、こちらは自身を強風で巧みに加速、減速を織り交ぜ回避していく。


「…………うぅっ!」

「……!? エプリ! トッキーが目を覚ましそうだよ!」


 治療中のシーメからの言葉に、エプリはそのまま影を蹴散らしつつ時久達を守るように着地する。


 完全に状況はエプリの優勢……。だが、


(……チッ。やはり長期戦は不利ね)


 油断なく身構えながら、内心エプリは舌打ちをしていた。


 実際に影と相対しているから分かるが、


 これが凶魔として馴染んできたからなのか、もしくは他の要因かは分からないが、このままでは下手をすると厄介なことになりかねない。そして、


「アアアァaaaarっ!」


 エプリの懸念はすぐに現実となった。今度は傍から見ても分かるほど数と威力を増した影が、やはり大半が時久と近くに居るシーメに向けて伸びてきたのだ。


「……くっ!? “風壁ウィンドウォール”っ!」


 エプリが咄嗟に時久達の正面に風壁を展開し、影を上から吹き降ろす風で釘付けにする。そして自身への影にも対処するのだが、風壁を時久達に使っている以上先ほどより動きに余裕がない。


 スパッ。スパッ。


 エプリの頬が薄皮一枚切り裂かれて血が滲み、その拍子にフードがバサリとめくれる。素顔が露わになったがエプリにそれを気にする余裕はなく、その後も少しずつ肌や服が切り裂かれていく。


 このままではジリ貧。エプリの額に冷や汗が浮かぶ。そこへ、


「“光壁ライトウォール”!」


 響き渡るのはシーメの声。エプリが自分へと向かう影を捌きながらチラリとみると、シーメは自身と時久を囲うようにまた光の幕を展開させていた。


「トッキーの怪我と毒はもう大丈夫! 目を覚ますまでこっちはバッチシ守るから、エプリはそっちをお願いっ! ……セプトちゃんを止めてあげてっ! 全部終わった後、また笑って会えるようにっ!」


 エプリは一瞬、ほんの一瞬だけ迷った。この影の刃を防ぎ続けるのは自分でも厳しい。自分が風壁を解くことで、その分もまとめて向かうことになる。


 しかしシーメの顔に悲壮感はなく、あるのはただ自分の出来ることを成そうとする決意のみ。エプリは意を決して風壁を解き、そのまま自身に強風を纏う。


 もうこうなれば、なるべく後遺症を残さないように戦って戦闘能力をそぎ落とすしかない。


「……少し荒療治になるけど、我慢してもらうわよ」


 エプリは再び構えを取り、そのまま影凶魔に挑みかかった。

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