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閑話 ある新米幹部の優雅な一日 その六

 注意! 今回(見た目は)未成年のネルが堂々と飲み会に参加するシーンがありますが、これはあくまで悪の組織基準であり現実では決して未成年の方は真似しないように。







「ネルさん!? どうしてここに」


 驚きながらもピーターがネル越しに扉の先を見ると、仕掛けられていた筈の防犯罠は見事に破壊されていた。そして扉にはぽっかりと拳の跡が残っている。


「何よ? あたしがここに来ちゃいけないってぇ訳? ……まあこれまで通り来る気はなかったけどさ。リモートとかやる気もないし直接行くのも酒臭いから嫌だし。ただ丁度菓子が切れたから貰いに来ただけ。あんたの事だから来客用の奴ぐらい常備してんでしょ? ほらさっさと出しなさいよっ!」

「え~!? いやありますけどね」


 そんな事を言いながら、堂々と部屋に入ってくるネル。しかしその瞬間、


『……あらあら。誰かと思えば、扉を壊してやってくるなんて相変わらず礼儀がなっていませんのねぇ。小さな暴君さん? おまけに遅刻癖も健在ですの? これだからいつまでたってもお子様なんですのよ』

「あ~ら。そっちこそ顔を合わせて早々相変わらずのその口調。さっさと“悪厄麗浄”なんてお奇麗な二つ名は捨てて、素直に“悪役令嬢”に直したらどう? ……ああそっか! もうそんなのを名乗れる歳じゃないって内心認めてるんだね! や~いオバサンっ!」


 室内にピリリとした雰囲気が漂う。画面越しに口元を扇子で隠しながら目を細めるガーベラと、目のつり上がったネルの視線が交錯して一瞬火花が散る。そして、


『……ふふっ! 久しぶりですわねネル。しばらく会えていませんでしたが、その憎まれ口も変わっていないようで安心しましたわ』

「それはこっちのセリフだよガーベラ。最近はあんまり腕比べに来ないもんだから、遂にあたしに勝つのを諦めたかと思ったよ」

『こちらはこちらで忙しいのです。それとまだ私が勝てた事がないような言い回しは止めてくださいませ。一対一の決闘では負け越していますが、集団戦では私の方が勝っていますので』


 速攻で険悪なムードは霧散し、残るのは互いにからかうような気安さと笑みを見せる友人同士の会話だった。


 昔から何かとその実力と性格ゆえ組織内で疎まれていたネルにとっては、互いに立場が変わった今になっても尚変わらぬ態度で張り合ってくるガーベラはうざったいながらも……そう。本人はあまり口外しないが親友だった。


『やあネル嬢。壮健なようで何よりだ。君の噂は本部にも時折届いているが、やはりこうして顔を見ないと分からない事も多いからね』

「あっ!? 居たのアンドリュー? 久しぶり!」

『最初から居たとも。君達女性陣の団欒を邪魔しないよう空気を読んでいただけの事。こういう時は男の方が気を遣うものなのさ。そうは思わないかいピーター』

「そこでボクに振るの!? というよりネルさんとガーベラさんが濃いだけじゃないかな? うん」


 画面の中で微笑ましい者を見るように笑うアンドリューに軽く手を振りながら、ネルはごそごそと勝手知ったるとばかりにピーターの部屋の冷蔵庫を漁る。


 そして中のいかにも高級そうなプリンとスプーンをケースごと引っ掴むと、


「ピーターっ! ここで食べるから椅子持ってきてっ! ……やっぱいいや」

「椅子ぐらい自分で持っ……いやそれボクの椅子なんだけどっ!?」


 当然とばかりにピーターが今まで座っていた椅子にどっかりと座り込む。


「だってこっちの方が画面が見やすいんだもん。ピーター下僕の椅子はあたし主人の椅子でしょ? まあそんなにここが良いなら椅子に座るピーターの上にあたしが座るという形でも」

「……はぁ。ボク用に椅子持ってくるのでちょっと待っててくださいよ」


 いたずら気味に笑うネルに対し、ピーターは仕方ないなとばかりに来客用の椅子を引っ張ってきて隣に座る。すると、


「そういえば……ここ酒臭くないね。前のリモート飲み会の時は結構飲んでたのに」

『ネル。ここ数回、ピーターはいつも食事はともかく酒は終わり際にしか飲んでいないんだよ。いつ君が来ても良いよう気を遣ってね』

「アンドリューっ!? それは言わなくても良いって!?」


 告げ口めいた言い方をされてピーターが慌てる中、肝心のネルはと言うと、


「へぇ。それは良い心がけね。じゃあ勿論あたしが居る間ずっと飲まずにいるんだよねぇピーター?」

「げっ!? それはその…………はい」


 ニヤニヤ笑うネルに対し、ピーターは苦笑いしながら頷く。しかしそれを見て、ネルはアハハと笑いながら手を横に振る。


「冗談よ。あたしは苦手だけど、飲みたいんなら飲めば。前にオジサンが言ってたけど、“酒は現実から逃げるためじゃなく、明日を生きるために飲む物”なんだって。飲み過ぎて酔っ払わない程度なら許してあげる」

『私は許しを得るまでもなく優雅に頂いていますわよ。……んっ! ふぅ。美味しい。この味が分からないなんて、まだまだお子様ですわねぇ?』

「うっさいうっさい! 前試しにオジサンのビールをこっそり一口飲んだらやたら苦かったし、オジサンにバレてすっごい怒られたんだからもう良いのっ! ……むむっ!? このプリン美味しいねピーター! もう一個ちょうだい!」





 そうしてネルも加わり、幹部会は非常に盛り上がった。


 と言っても内容自体はそんなに変わらない。互いの近況報告をしたり、愚痴をこぼしたり、或いは宴の肴になるような馬鹿話をしたりだ。例えば、



「アンドリュー。そう言えばこの前の侵略はどうなったんだ? 最後に聞いた時は互いの落としどころを探るべく会談をするって聞いてたけど」

『ああ。あれか! それが笑い話でね。相手から持ち掛けてきた話だったけどそれが真っ赤な噓。会談場所で僕を暗殺しようと狙っていたらしいんだ。ただ運の悪い事に、どうやら僕の命を狙っていたのが幾つかの勢力に分かれていてね。毒に爆弾、銃にナイフ。僕達以外にも互いが互いの罠に引っかかり、気が付いたら僕達一行以外勝手に全滅していた。僕達もボロボロだったけどね』

「なるほど。つまりは皆ツイてなかったって事か。……そんな中でも普通に部下と一緒に生還するのが流石“悪運主人”というか」

『鍛えてるからね!』



 アンドリューの少々血なまぐさい笑い話を、悪の組織らしく笑い飛ばして肴にしたり、



『……それでレイったら、ちょくちょく業務を抜け出しては私に逢いに来ますのよ。この前も“は~いハニー! 一日一回は君の顔を見ないと力が出ないからやってきたよ! ……侵略? 大丈夫。一番厄介な相手はこっそり仕留めてきたから後は他の皆で平気平気!”とか言ってやってきましたの。他の人達の負担が増えるでしょうがとお仕置きしておきましたが』

「でも、それはそれとしてが来てくれて嬉しかったんでしょ?」

『それは……まあ、そうですけど。送り帰す際に行ってらっしゃいのキスとかしたらとっても喜んでいましたし』

「婚約者通り越して新婚さんかアンタ達はっ!? もうさっさとくっついちゃいなさいよっ!」



 ガーベラの悩み(という建前の惚気話)にネルが突っ込みを入れたり、



『諦めてさっさとになりなさいなネル。アナタのこれまでの功績を考えれば、私達が推薦すればすぐにでも特別試験を受けられます。人格はともかくとして、能力だけ見れば十分受かるでしょうに』

「今幹部になったらアンタ達の後輩って扱いになるじゃん! いずれになるレディのあたしがそんなのゴメンだよっ! それに……雑用係の方がオジサンと一緒に居る時間が増えるし」

『しかし首領様を目指すなら尚更そういう地道な正攻法の方が良いんじゃないかい? ピーターもそこは同意見だろう?』

「まあそうだね。折角幹部になったのにネルさん相手じゃ立場は変わらないし、もう素直に昇進してもらった方がまだ自然かなって」

「ピーターまで。……分かったわよ。考えとく。まあその内気が向いたらね!」



 ネルが友人達に引っ張り上げられそうになるのをのらりくらりと躱したりとだ。



 そんなこんなで時は過ぎ、


「……ふわぁ」

『あら? お眠ですの? そう言えばもう良い時間ですわね。そろそろお開きにします?』


 時間はもう午後十時過ぎ。


 ネルが大きな欠伸をして眠そうに目をショボショボしているのを見て、ガーベラは最後にくいっとグラスを空にする。


『そうだね。流石にネル嬢をこれ以上突き合わせるというのも悪いか』

「何よぉ。あたしはまだまだ行ける……むにゃ」

「寝ぼけながらスプーン咥えてむにゃむにゃ言ってる時点で説得力がないでしょ! この辺りでお開きにしますよ。……じゃあ二人共。今日は楽しかったよ。はまた明日辺りにでもメールで詳細を送るので。それじゃあお先に失礼!」

「じゃ、じゃあねぇ!」


 画面の中ですっかりほろ酔い気分の二人に別れを告げ、ピーターとネルは静かにサーバーから退出する。


「さてと。じゃあネルさん。部屋まで送りますよ」

「何よ気を遣っちゃって。あたしがちょっと眠たいだけで部屋まで帰れないような子供に見える? ……そ・れ・と・も、この前本で読んだんだけど送り狼って奴? まああたしがそれだけ魅力的って事だよね!」

「いやどっちかと言うと、寝ぼけて帰り際に何かやらかさないか不安だからですね。そもそもネルさんに手を出す様な恐れ知らずはここには多分いません」


 ムフフとおちょくる様な顔をするネルに対し、ピーターはそうぴしゃりと返す。


「ノリが悪いなぁ。じゃあ……コホン」


 そう言ってネルは、咳払いと共に片手を差し出した。そして軽く微笑んでこう続けたのだ。


「エスコートよろしく。ピーター下僕二号

「はいはい。謹んでお供しますよ。ネルさんお姫様





「……はぁ。やっと帰ってきた」


 ネルを部屋まで送り届け、折角来たんだから主人の労いを受けなさいとばかりに部屋に引っ張り込まれそうになったのをどうにか回避し、自室まで帰ってきて大きく息を吐くピーター。


 当然部屋はつまみやら何やらが出しっぱなしで、ピーターが疲れを押してそれらを片付け終わった時には真夜中近くになっていた。


「明日の準備をしないと。でも……眠い。いやいや。昨日もそれでサイクルが乱れて……あ~やっぱり無理」


 せめて昨日と同じ轍は踏むまいと、炊飯器の予約をしっかりと確認した上で手早く着替えて布団にダイブするピーター。


 入ってすぐに優しい睡魔が襲い掛かる中、脳裏に浮かぶのは今日一日の事。


 朝は食堂に行こうとしたらネルに見つかり、訓練に付き合わされた上モーニングを食べ損なった。


 昼は幹部として職員達と書類と格闘、抜き打ちの視察をしながら現地協力者であるアズキの様子を確認。


 夜は仕事を終わらせて自室に戻り、幹部会という名のリモート飲み会をしていたら珍しくネルも参加。思いっきり用意していた食事を食い散らかされ、挙句食べ過ぎと話の弾み過ぎで疲れたネルを部屋に送り届けるハメに。


 軽く思い浮かべるだけで濃い一日。並の職員では一日で音を上げるハードスケジュール。だが、



「うん。まあ今日も無事終わったな!」



 終わり良ければ全て良し。もっと過酷な状況に何度も経験してきたピーターからすれば、今日は充分良い一日だった。


(そろそろメレンが帰ってくる。それに合わせて……こっちも調査の段階を一つ上げて、アズキちゃんの方はもうしばらくジェシーに……任せて、悪心の対応は場合によっては……直接魔法少女関係との接触も……視野に……)




 こうして、眠りについたピーターのとある優雅な一日は終わりを迎えるのであった。







 ◇◆◇◆◇◆


 以下はピーターがネルを部屋に送っていく途中にあったんじゃないかなという一コマ(蛇足)です。



「だけどピーター。何本か買ってあったのに、アンタ結局お酒は一滴も飲まなかったね。どうして? そんなにあたしに気を遣ったの?」

「そりゃあまあ気は遣いますよ。酒臭いってまたへそを曲げられたらたまらないですし。それに……」

「それに?」

「どうせネルさんに無理やりにでも明日へ引っ張りまわされるんなら、わざわざ明日を生きるのに酒に頼る必要がないっていうか。勿論嗜好品としては楽しみますけど」

「分かってんじゃん! じゃあ明日もあたしが暇になったら付き合ってね!」

「……こっちの都合が空いたらですけどね」



 もしこの後ネルに部屋に引っ張り込まれていたら……どうなっていたかはご想像にお任せします。


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