「そっか……」
俺は瑛斗先輩を慰めるように、瑛斗先輩の頭を手のひらで軽く撫でた。
「その気持ち……。少し分かる気がします。俺、瑛斗先輩に話しかけたくて会いに行ったとき、瑛斗先輩の周りにはいつも人がいっぱいで……。俺は特別でもなんでもないんだって思ったら、淋しくなって……」
(そっか。だから俺、あんなにイライラしたりしてたんだ……)
モヤモヤしていた気持ちの理由が分かると、胸につかえていたものが取れて少しだけ気持ちが軽くなり、素直に言葉にして伝えられる気がした。
「俺も同じですよ、瑛斗先輩」
「同じ……?」
「はい。同じです。俺、先輩に言いましたよね? 俺だけを見て欲しいって。俺だけを見て、目を輝かせて欲しいって。なのに、先輩の目に俺は映っていないんだって思ったらショックで……」
「……! そんなことは断じてない! 私の目にはリオンしか映っていない。いや、映っていなかったはずなんだ……」
俺の肩に額を押し付けながら、まるで自分へ言い聞かせるように瑛斗先輩は首を横に振った。
「瑛斗先輩……?」
「私は……。私は、理央とリオンが分けて見られなくなってしまったんだ……」
「えっ……?」
「理央を見ていると、胸がドキドキし始めるんだ……。まるで、リオンのときのように……。だから、理央に近づくのが恐れ多くなってしまったんだ……」
そう言いながら、俺を後ろから抱き締めていた腕がゆっくりと離れていったが、俺は振り返ることができなかった。
(俺を見てドキドキする……? リオンじゃない、俺を……? えっ、えっ……?)
予想もしていなかった答えに心を乱された俺は、胸の鼓動が速まるのを感じた。
(ここは困ると思うべきなのに……。なんで、俺……嬉しいとか思っちゃってるんだよ……)
顔が熱をもって熱くなるのを感じ、俺は咄嗟に頬を両手で覆い隠した。
(ど、どうしよう……)
振り返ることができず俯いていると、背後にいた瑛斗先輩の気配が突然消えたように感じた。
「ああ……。私はなんて自分勝手な理由で理央を避け、傷つけてしまっていたんだ……」
「えっ……」
まるで神様へ懺悔するような口調に驚いて、俺は瑛斗先輩に向かって慌てて振り向くと、瑛斗先輩は両ひざをついて、眉と目尻を下げながら申し訳なさそうに俺を見上げていた。
「あっ、いや……その……」
昼休みまでの俺なら、意味も分からず避けられたら、傷つくのなんて当たり前だと怒って言ってしまう勢いだった。
だが、瑛斗先輩のそんな気持ちを知ったら、俺は責める言葉や文句も言えなくなってしまった。
すると、瑛斗先輩は急に正座をすると、両手を絨毯につけて、俺に向かって頭を下げてきた。
「土下座……? って、え、瑛斗先輩……!」
あまりに突然な瑛斗先輩の行動に、俺は一瞬思考が止まり、声が裏返ってしまったが、瑛斗先輩は俺に向かって頭を下げたままだった。
「何をどう謝っても、自分勝手な理由で理央を傷つけたことに変わりはないし、許されることではない。しかも、理央が倒れるほどの精神的苦痛を与えて……。私はなんと、理央やご家族に謝罪をすれば……」
「ま、待ってください!」
俺は慌てて瑛斗先輩の前で膝をつくと、瑛斗先輩の肩を掴んだ。
「俺が貧血起こしたのは、俺の責任であって俺の問題だって、さっき言いましたよね? 瑛斗先輩はなんも関係ありません」
「しかし、波多野が……私が理央を振り回して傷つけていると……」
「なんで俺の言葉より、和兄の言葉を信じるんですか! そんなことより、俺に言うべきことがあるんじゃないんですか? 瑛斗先輩!」
顔を中々上げない瑛斗先輩の肩をさらに強く掴むと、俺は無理やり瑛斗先輩の上体を起き上がらせて目をしっかりと合わせた。
「顔を上げてください! 俺のこと……ちゃんと見てください!」