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第143話 和兄にキス……されちゃった……

 切なる願いのように呟いた和兄は、俺の手を掴んでいた手を片方だけ離すと、その手で俺の顎を掴んだ。


 そして、俺を無理やり和兄へと向けさせると、じっと見つめたまま、また顔が近づけられた。


 近づいてくる目は冷たく、目の前にいるのは和兄のはずなのに、俺には知らない人に思えて恐怖を覚えた。


「やだ……!」


 俺は和兄の頬を、思いっきり手で叩いた。


「り……お……」


 叩かれた頬を確認するように、自分の頬へ手をあてた和兄は、少し冷静さを取り戻したのか、慌てて俺から離れていった。


「和兄、ごめん……」


「謝らないでくれ。今のは完全に俺が悪かった……」


 ベッド脇に立った和兄は俺に背中を向けると、反省するように項垂れた。


「こんなことしておいてなんだけど、本当に理央のことが好きなんだ。だから……」


(でも、和兄が本当に好きなのは那央なんじゃ……。どうして俺のこと……)


「和兄。俺……」


「待った! 勝手なのはわかってる。けど……今は答えを……今は聞きたくないんだ。明日の体育祭が終わるまで、もう一度ちゃんと俺のことを考えて欲しい……。だから……」


(和兄……)


 俺に背を向けているため和兄の表情は分からなかったが、声から必死なのが伝わってきた。


「わかったよ……」


 そんな必死な和兄を前に、今の俺には、そっと頷くことしかできなかった。


「ありがとう」


「うん……」


 和兄にお礼を言われると、罪悪感から胸が締め付けられた。


 罪悪感を感じてしまったのは、俺の中で答えはもう、決まっていたからかもしれない。


 俺はそんな罪悪感を覆い隠すように、掛け布団を引っ張って、顔を半分ほど隠した。


「……。最後に、ひとつだけ教えてくれ。月宮先輩は知ってるのか……? その……クラスのヤツらから無視とか、嫌がらせされてること……」


「えっと……」


 和兄に急にそんなことを聞かれ、俺は返答に困ってしまう。


(直接話したわけじゃないけど、騙されたときのメモを見られたんだよな。だから、ここで全く知らないって言うのも……)


「うん……。ちょっとだけだけど……」


 俺は迷った末、そう和兄へ答えた。


 すると、和兄は俺に背を向けたまま歩き出して、閉ざされていたカーテンを開けた。


「理央……。今日は早退して病院送ってくから……。このままちょっと、ここで待ってろ」


「えっ……? 和兄どこへ……?」


 俺の質問は聞こえていたはずなのに、和兄は答えないまま、カーテンを後ろ手で閉めた。


 そして、そのまま俺の視界から消えてしまい、ドアが開閉された音だくが聞こえてきた。


「行っちゃった……」


 一人残された俺は、茫然と白い天井を見つめてしまっていたが、今の状況を一旦整理しようと上体を起き上がらせた。


(和兄にキス……されちゃった……)


 唇の感触を確かめるように、俺は指先を唇へ触れさせた。


(でも、なんで……? 和兄が好きなのは那央のはずじゃ……)


 考えたところで答えが出ないことに気付いた俺は、起き上がらせていた上体を倒して、また天井を見上げた。


 瑛斗先輩も和兄も、俺には何を考えているのかわからない。


 明日は体育祭本番。


 きっと、この足じゃ競技には出られないが、問題は山積みのままだ。


 姫役にクラスメイト、そして和兄に瑛斗先輩。


 俺はどうしていいか分からず、目の上に腕を置いて視界を隠した。


(瑛斗先輩……)


 視界を遮った目の奥から浮かんでくるのは、瑛斗先輩の顔だった。


 俺を心配する顔に、笑う顔。


 怒った顔に、辛そうな顔。


 次々に浮かんでくる瑛斗先輩の顔を脳裏に残しながら、俺はそっと目の上から腕を退かした。


(もし、いつもの瑛斗先輩なら……俺になんて言ってくれるだろう……)


 想像すると、答えは簡単だった。


(きっと一つ一つ、解決していくようにとアドバイスしてくれたと思う。だから……)


 俺は胸元に手を置いて、拳を作ると力を込めた。


(クラスのことは……このまま本当に大人しくやられっぱなしでいいのか? いや、いいわけがない。和兄にもこれ以上心配かけられない。瑛斗先輩も……。それなら……)


 俺は思いついた秘策を胸に、新たな決意をした。


 そして、問題を解決したそのうえで、和兄、瑛斗先輩ときちんと話しをしようと思った。


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