「和兄……」
目が合った和兄は俺の顔の横で手をついて四つん這いになると、眉間に皺を寄せて明らかに怒った顔をしていた。
「……」
今まで見たこともない和兄の本当に怒った表情は、俺を和兄から目を離せなくさせた。
「さっき、大切に思ってくれている人が頼ってくれないと悲しむって言ったよな? 月宮先輩になら、素直に話すのか? 俺には頼れないって言うのか?」
「違う。そういうわけじゃ……」
俺は必死に首を横に振るが、和兄の険しい表情は変わらなかった。
「なんで、俺には話してくれないんだ……。もし、理央が本当のことを言わないなら、俺はアイツらへ直接、事情を聞きに行ってくる」
そう言い残して、グラウンドへ殴り込みに行きそうな勢いで俺から離れていく和兄を、俺は和兄のジャージの裾を両手で掴み、必死に制止した。
「そ、それはダメ! それに、これは俺の問題だから……。お願いだから和兄は放っておいて!」
「これ以上、放っておけるかよ!」
声を荒げてジャージを掴んでいた俺の両手を和兄は掴むと、そのまま逃がさないと言っているかのように、ベッドへと押し付けてきた。
「ケガをさせられたんだぞ! 理央は事の重大さをわかってるのか?」
(わかってる。わかってるからこそ……だから……)
俺は手首を押さえつけられながらも目を逸らすことなく、和兄を真っ直ぐ見つめた。
「ちゃんとわかってる。でも、本当に階段から落とそうとしてやったわけじゃないと思うんだ。だいたい、俺の気が緩んでいたのがいけなかったんだし」
「気が緩んでたって……。じゃあ、百歩譲ってわざとじゃなかったとする。だが、あんなに痛がっていた理央を見捨てて、アイツらは自分の身を守るために逃げたんだぞ。そんなこと、許されるべきじゃないだろ?」
「……。たしかにそうかもしれない。けど、あの人たちってバスケ部なんでしょ? 俺の不注意で起こった事故に巻き込んじゃだめだと思う。もし、大会とか出られなくなっちゃったら、俺は一生自分を許せなくなっちゃうよ」
「理央……ッ!」
奥歯を噛みしめたような表情を浮かべた和兄は、俺にそっと、鼻先が触れそうな距離まで顔が近づけてきた。
「やっぱり、俺には話さない……。いや、頼らないんだな……」
「頼らないとは話が違うよ。だって……」
言いかけた瞬間、まるで俺の言葉を封じるように、和兄の唇が俺の唇に重ねられた。
(えっ……?)
何が起こったのか瞬時に判断できなかった俺は、そのまま目を見開いたまま固まって動けずにいると、重ねられていた和兄の唇がゆっくりと離れていった。
「俺は……理央が好きだ」
「えっ……?」
(俺が……好き……?)
「だから……月宮先輩には渡さない……」
俺の目を覗き込むように見つめてくる和兄の顔が、またゆっくりと近づいてきた。
「や、やだっ……」
俺は慌てて抵抗しようと、体を捩じったり、足をバタつかせるが、和兄の体はびくともしなかった。
「和兄……」
助けを求めるように和兄の名前を呟くが、和兄の耳には届いていないかのように反応はなかった。
押さえつけられる手首へ、さらに力が込められたのを感じると、俺は和兄から顔を必死に逸らした。
「理央……。頼むから、俺を受け入れてくれ……」