「ごめん、理央。待たせたな」
疲れているのか、バツが悪そうに顔を少し俯かせた和兄はベッド脇に戻ってくると、空いている隣のベッドに腰掛けた。
「その……。聞こえてたよな……オレが病院の跡取りだって……」
「あ……うん。知らなかったから、ちょっとびっくりしちゃった。それに、先生とも親戚だったんだね」
「ああ……その、隠してた……わけじゃないんだけどな。なんか久々に理央と再会して、改めて言うのも変だしさ……」
まだ顔を俯かせる和兄の様子に、俺は和兄が、この話にこれ以上踏み込んで欲しくない何かがあると察した。
「べ、別に俺は何も気にしてないよ! ほら、俺だって母さんや父さんのこと、和兄に黙ってたわけださし。それに……」
(アイドルやってますって、俺だって未だに和兄へ言えてないんだし。お互い様だよ。でも……)
それでも俺は、いつか和兄が困ったら何かの役に立ちたいと、心からそう思った。
「何か話したくなったら、気を使わないで話してね。話を聞くぐらいなら俺にもできるし、和兄の力になれたら嬉しいから、ね?」
「理央……」
一瞬、和兄は驚いたように目を丸くしたが、すぐに俺のことを真っ直ぐ見つめながら、嬉しそうに微笑んできた。
「やっぱり、お前たちは兄弟なんだな」
「えっ……?」
(それって、那央にも同じようなことを言われたってこと?)
那央が和兄にそんなことを言ったことにも驚いたが、俺は瑛斗先輩の言葉を同時に思い出した。
「俺……瑛斗先輩に、さ。言われたんだ。大切に思ってくれている人は、頼ってもらえないと悲しむって。和兄は、那央に頼ってあげられた? 俺は那央に頼ることができなくて傷つけちゃったんだ……。那央は和兄にとって大事な人なんだよね?」
「えっ……?」
俺の質問に表情を強張らせた和兄は、口元を手のひらで覆い隠すようにすると、複雑そうな表情を浮かべて俯いた。
「和兄……?」
「ど、どうだっていいだろ、アイツのことなんて。それより、理央。頼ってもらえないと悲しむってわかっているなら、さっきのアイツらのこと、俺にはきちんと話して欲しい」
「アイツらって……」
和兄が言っているさっきのというのが、先程俺に階段でぶつかった二人組のことを話しているのだと気が付いた俺は、慌てて首を横に強く振った。
「あ、あれは……いいんだ」
「理央……」
「お、俺が勝手に階段を踏み外したところに、その……あの人たちが居合わせただけだから……」
別にあの二人を庇おうとか守りたいだとか、カッコつけてるわけじゃない。
誤魔化そうとしたのは、単純にこれ以上、事を大きくしたくないと思ったからだ。
俺は足元に折り畳まれていた掛け布団を慌てて引っ張ると、そのまま顔を覆い隠すように被った。
「理央……」
「この話はお終い! 俺はもう大丈夫だから、和兄は授業に戻りなよ……」
「理央ッ!」
悪気があったわけじゃなかったが、和兄の追及を諦めて欲しくて素っ気なく答えた俺に、和兄は声を荒げるとベッドに乗り上げてきた。
そして、俺の顔を覆い隠していた掛け布団を乱暴に奪い取った。