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第140話 大病院の跡取り息子さん

「ん? 誰かいるのか?」


 聞き覚えのある声の主は、どうやら保健医のようだった。


「やっと帰ってきた。理央。ちょっとコレ、自分で患部に当てていられるか?」


「あ、うん……」


 和兄が当ててくれていた氷嚢を受け取り、俺は前屈みになりながら足首に自分で氷嚢を当てると、和兄は深い溜め息をついて、また立ち上がった。


「先生。席を外すなら、どこに行くか書いてドアに貼れって、校長に再三言われているはずですよね?」


 呆れ気味に文句を言うような口ぶりで話しながら、和兄はベッドを囲うカーテンを開けると、後ろ手で閉めて、帰ってきた保健医の元に向かっていった。


「なんだ、和也か。和也がいるなら、俺は必要ないだろ。大病院の跡取り息子さん」


(和也……? って、えっ……? 和兄の家って病院だったんだ……)


 保健医と和兄が、なにやら知り合いである様子なのも気になったが、俺は和兄の家柄の方が気になった。


 代議士や社長子息ほか、瑛斗先輩のような家柄が当たり前のようにゴロゴロいる、私立の名門校である月宮学園。


 そんな月宮学園で初等部から過ごす和兄が、病院の跡取りなんて言われても、本当は不思議じゃなかった。


 だが、和兄とは昔からずっと知り合いだったせいか、勝手に庶民の親近感を感じていた俺は、ちょっとだけ淋しさを覚えた。


「俺自身は『なにも』持ってないですよ。それに、校内では名前で呼ぶのも止めてください。てか、先生……。どうせまた、用務員室で煙草でも吸ってきたんでしょ? 白衣にタバコの匂いがついてますよ」


「えー。おっかしいなー。ちゃんと消臭剤かけてきたのになー」


「タバコ吸うほどお暇なら、俺の代わりにグラウンドへ行って、海棠理央は階段から落ちて、保健室で休んでるって伝えてきてください」


(あっ、そっか。もう授業中なんだ。なんだか、すっかり忘れてた……)


 後ろを振り向いて壁に掛けてある時計で時刻を確認すると、本鈴が鳴ってからだいぶ時間が経っていた。


(見学……と思ったけど、ちょっと疲れたな……。それに、また胃も痛い気がするし……)


 俺は授業に戻ることは諦めて、痛めた右足の太ももを手で持ち上げると、足首に氷嚢を乗せた状態でベッドへと横になった。


「なんだ、海棠がまた来てるのか? アイツもよく、階段で倒れるなー。って、なんで俺が使いパシリされないといけないんだ?」


「先生。校内は禁煙なはずですよ。校長に言いつけていいんですか?」


「なっ! 教師を脅すのか?」


「いやなら結構です。でもその代わり、父に本当のことを話しますよ」


「あー、もう。兄さんへは勘弁してくれってー」


(和兄のお父さんが保健医のお兄さん……? ということは、保健医は和兄のおじさんってこと?)


 横になりながら頭の中で相関図を思い浮かべた俺は、保健医の顔と和兄の顔を頭の中で比べてみる。


 和兄はスポーティーでクールな男性らしい顔つきだが、保健医は長身でありながらも細身でスラっとしていて、顔はどちらかといえば中性的なイメージで年齢不詳だった。


 二人とも顔は整っているが、俺にはあまり似ているとは思えなかった。


「あーあ。やっかいなヤツが高等部に来ちまったなー……。早く卒業してくれないと、俺はずっと監視されている気分だよ」


「もしかしたら、それだけの理由でオレはココへ入れられたのかもしれないですね」


「……。チッ……。まあ、グラウンドくらいなら、散歩ついでにいいけど。じゃあ和也、留守番よろしくな」


「はい。先生、いってらっしゃい」


「あ、間違っても鍵は閉めるなよ。ここは神聖な保健室なんだから」


「あなたがそれを言いますか? ほら、さっさとグラウンドへ行ってきてください」


「へーい」


 カーテンの向こう側でのやり取りは終わったらしく、保健医は和兄が言った通り、グラウンドヘ向かったようで、入口のドアを開け閉めする音がした。

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