「和兄……?」
俺は和兄の求めている答えが分からず、なんと答えたらいいかわからなくて首を傾げると、和兄は首を横に振った。
「いや、なんでもない。腫れは……なさそうだな。内出血もしてないし、これなら骨も痛めてないだろ。数日安静にしていれば治るな」
「じゃあ、仕方がないけど明日は見学かー……。でも、そっか。よかったー……」
(今日は月曜日。明日の体育祭出場は無理だとしても、週末のライブには間に合うよね。はぁー……本当によかったー)
ライブを休まないで済んだことに、俺は心の中で安堵の溜め息をついた。
「でも、本当はまだ痛むんだろ? よく我慢したな理央」
和兄はもう一度俺の足首の状態を確認すると、ベッドの下から小さな踏み台のようなものを取り出した。
そして、和兄の膝に置いていた俺の右足を、取り出した踏み台へそっと乗せてくれた。
「ありがとう。和兄」
「ああ」
立ち上がった和兄は前屈みになって俺と目線の高さを合わせると、優しい笑顔を向けて、もう一度俺の頭を撫で始めた。
(和兄に頭を撫でてもらえると、なんでこんなに嬉しいんだろう……)
頭を撫でるその手つきは、まるで俺が双子を褒める時のようで、俺は少し気恥ずかしい気持ちになりつつも、やっぱり嬉しさが勝った。
昔、転んで擦りむいた時、泣かないで我慢したら、和兄は今みたいに褒めて撫でてくれた。
そのとき、憧れていた和兄に自分が認めてもらえたと思え、嬉しかった気持ちが思い出される。
(やっぱり、今も昔も和兄は和兄だ。俺にとって憧れの存在で……)
子どものときの記憶が蘇った俺は、少し懐かしい気持ちと同時に、包まれるような安堵を感じた。
「えへへ」
「なんだよ、理央。その気持ちの悪い笑い方」
「えー、酷いなー。俺は懐かしいなーって思っただけだよ。和兄、昔もこうやって俺のこと褒めてくれたよね? あのときも嬉しかったなーって。大好きな和兄に褒めてもらえて」
俺が満面の笑みを向けると、和兄は少し照れ臭そうに俺から顔を逸らした。
「お、俺は昔から褒めて伸ばすタイプなんだよ。ほら、ちょっと待ってろ。ドアが開けっ放しだから、とりあえず閉めてくる」
和兄はそう言って俺の頭を軽く二回ほど叩くと、ベッドのカーテンをわざわざ閉めて、どこかに行ってしまった。
(あっ……)
カーテンをまた閉めてくれたのは、保健室に誰か入ってきても、俺の姿が見えないようにしてくれたのだろうと気付き、俺は和兄の気遣いに心の中で感謝した。
だが、ドアの閉まる音はしたものの、和兄はすぐには戻ってこなかった。
その代わり、何かを探しているような物音だけが、ベッドの上で座って待つ俺に聞こえてきた。
(何してるんだろう?)
そう思いつつも、痛めた足で立ち上がって覗きに行くわけにもいかず、俺はじっと座ったまま待つことにした。
すると、氷嚢や包帯を両手に抱えた和兄がベッド脇に戻ってきた。
「とりあえず冷やそうな。そのあときちんと包帯で固定すれば、痛みはもっと軽減されるはずだから」
「あ、うん……。ありがとう」
(すごい、慣れてる。まるで本物のお医者みたいだ。やっぱり運動部をハシゴしているから、こういう対応をすることもあったのかな?)
料理のときみたいに無駄のない動きでテキパキ準備をして、和兄は俺の前で膝をつくと、俺の足首に作ってきた氷嚢をあてた。
「冷たっ……」
直接肌に氷を当てたような冷たさに、俺は驚いて肩をビクっとさせて顔を歪めた。
「我慢しろ。冷たく感じるのは最初だけだから。今のうちに冷やしておかないと、後が辛いだけだぞ」
「うん……」
和兄が言った通り、冷たいと感じたのは最初だけで、次第に冷たさにも慣れてきた。
すると、ドアの開けられる音がした。