「瑛斗先輩! あと、もう少しー! 頑張れーッ!」
すると、最終カーブへ差し掛かったところで、瑛斗先輩は加速して、和兄と瑛斗先輩が横一列に並んだ。
「いっけー! 瑛斗先輩! 瑛斗先輩ー!」
声が枯れてしまうなんて心配を考える暇もないほど、俺は何度も瑛斗先輩の名前を叫び続けた。
そして、ゴールテープに向かう最後の直線。
和兄と瑛斗先輩は一進一退の攻防を続けたまま、ほとんど同時にゴールテープを切った。
「……!」
ゴールの瞬間、校庭中に響いていた歓声が、一瞬時が止まったように止んだが、すぐに大きな歓声に包まれた。
「や、やった……!」
最後の最後で和兄を抜かしたおかげで、瑛斗先輩にはゴールテープが巻きついていた。
『ご、ゴール! 一着は三年の月宮さんだー!』
大きな歓声に包まれる中、瑛斗先輩は拳を高く突き上げると、拍手と声援に包まれた。
ともにリレーを走りきった三年のリレー選手が一斉に瑛斗先輩へ駆け寄っていき、その中で嬉しそうに笑う瑛斗先輩の顔は、達成感に溢れていた。
すると、俺の胸は瞬く間に熱くなって締め付けられると、また涙が込み上げてきた。
(ああ……)
込み上げてくる涙を抑えようと、俺は上を向きながら、力が抜けたようにその場にズルズルと床にしゃがみこむんでしまった。
そして、窓側に背を向けて壁に寄り掛かると、上を向いたまま瞬きをしないようにして、必死に天井を見つめた。
(俺、瑛斗先輩のこと……もうどうしようもないほど……)
あの人が嬉しそうな顔をしていると、なぜか泣きたくなる。
俺のことで必死になってくれたときも、なぜか泣きたくなる。
その答えが今、はっきりと分かった気がする。
それは、幸せだからだ。
自分の好きな人が幸せなら。
俺のことを一番に思ってくれるなら。
これ以上の幸せはきっとない。
目を閉じて、俺はもう一度、目の奥に焼き付いた瑛斗先輩の勇姿を噛みしめた。
(ああ、やっぱり俺……)
頬が火照るのを感じながら、俺は自分の手で顔を覆い隠した。
耳元で鳴り響くように聞こえる心臓の音は、まるで気持ちを止める警報音のように思えた。
だが、俺はもう逃げ出すことなどできないほど、瑛斗先輩が好きなんだと、はっきり理解した。︎
(でも、俺の気持ちを伝えることは……決して許されない。だって……)
俺を大切に思ってくれている人が、瑛斗先輩以外にもたくさんいる。
支えてくれている人たちを、裏切ることなんてできない。
(もしアイドルをやってなかったら……。いや、そしたら瑛斗先輩と出会ってない……)
何を必死に考えているのか。
こんな仮定の想像なんて無駄だとわかっていても、俺の頭の中に次々と浮かんできてしまう。
(いやだ。俺は自分が選んだ道を後悔なんかしたくない。後悔するわけにはいかないんだ。だから……)
息が詰まっていくのを感じた瞬間、ドアの開かれる音がした。
床に座り込んでいた俺は、机の隙間からドアのほうを覗き込むと、机の足の隙間から長ランの裾が見えた。
(和兄? そっか、俺が姫役だって聞いて、閉会式のために和兄が迎えに……。いや、さっきまでグラウンドで走っていたのに、今ここにいるわけ……)
俺は嫌な予感がして、右足を庇いながら窓枠に掴まって立ち上がった。
そしてドアに向かって振り向くと、緊張から息を深く飲み込んだ。
「……」
そこに立っていたのは、和兄ではなく、相澤ノアだったからだ。