「ノア……」
「ボク、お前にファーストネームで呼んでいいなんて、一度も言った覚えないよ」
後ろ手で教室のドアを閉めたノアは、ゆっくりとした足取りで俺に近づいてきた。
俺はとりあえず、すぐそばに置いたままとなっていた車椅子へ座った。
「呼びに来てあげようと思ったら、校庭から変な格好した女の子が見えて、まさかと思ったけど……。へぇー……」
まるで最初に出会ったときと同じように、ノアは俺のことを、頭のてっぺんからつま先まで、歩きながらじっくりと観察してきた。
「それで、何? その車椅子で可哀そうアピールもするつもり? でも、今座ってなかったよね? それも嘘なわけ? ほんとお前って、そういうアピールがお上手なんだね」
矢継ぎ早に向けられる質問の端々から、俺に対する憎悪が手に取るよう伝わってきて、俺は緊張から、また息を飲み込んだ。
(誰だよ……月宮学園に天使が舞い降りたなんて言ってたヤツ。てか、いつものフワフワキラキラした話し方は演技かよ……)
俺に対する今までの態度からすれば当たり前の言動になるのだが、さすがにこうも違うと、もはや驚きを通り越して感心したくなる。
だが、このまま好き勝手されるのも、いい加減俺の性に合わない。
そう思った俺は車椅子を動かすと、ノアの方を振り向いた。
「フッ……」
鼻で笑ったノアは、口元に笑みを浮かべていた。
しかし、目元は蔑むように冷ややかなまま、俺を睨み続けていた。
「……」
まるで、下等生物を見るようなノアの冷ややかな目に、俺は背筋から冷たいものを感じながらも、ノアから決して目を離さなかった。
「べつに……。アピールとか、俺にそんなつもりはないよ」
「ふーん……。あっそ」
興味なさそうに俺の返答へ軽く頷いたノアは、車椅子の目の前で足を止めると、俺を見下ろしてきた。
「へぇー。よくできてるねー。なに? お前にそんな、女装趣味でもあったわけ?」
ノアは俺に向かって手を伸ばしてくると、金髪ウェーブのウィッグに、指を通すように触れてきた。
「でも、おっかしいなー。姫役はみんなに笑われる役だって聞いたよ。こんな本格的にしたら、引いちゃって誰も笑ってくれないよ? あーあ。せっかくボクが姫役に選んでやったのにさー。お前って、姫役の役目も分かってないの?」
(やっぱり、そういう理由で俺を推薦したのか)
姫役に推薦されたときは、自分に落ち度があったと反省した。
だが、どうやらノアのこの口ぶりでは、俺が何もしなくても、俺を姫役にするのは決まっていたのだと察した。
(それなら……)
俺は意を決して、膝の上に置いていた手を拳にして力を込めた。
「俺は……笑われるつもりなんか全くないよ」
はっきりと俺は言い切ると、ノアは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑い出した。
「ハハッ! 何言ってんだよ? お前は全校生徒から笑われないとだめだろ? 元々そういう存在なんだからさー!」
一瞬、表情が消えたノアだったが、すぐにまた口元が笑い出すと、近くの机を勢いよく蹴とばした。
「……っ!」
机と椅子の倒れる大きな音が教室に響き、俺は思わず肩をビクつかせてしまった。
けれど、それでも俺はノアから目を逸らさずに、ノアの目を真っ直ぐ見上げ続けた。
臆さない俺の態度へさらに苛立ったのか、ノアは静かに舌打ちをすると、俺の目を覗き込むような距離まで顔を近づけてきた。