「お前さー。なんなの、その目。初めて会ったときから嫌いだったんだよ。消えてよ、ボクと……エイトの前から」
軽蔑するような冷たい瞳の奥から、怒りの感情も同時に向けてくるノアが、俺のウィッグの毛先を指先で強く握り締めたのを感じた。
俺の身体に緊張が走るが、それでも俺は、ノアから目を離さなかった。
「ノアがそう思うのは自由だと思うけど、嘘をついて周りを巻き込むのは、よくないと思うよ」
「……ッ! ふざけんな!」
声を荒げたノアは俺のウィッグを握り締めたまま、今度はすぐ横にあった椅子を蹴とばした。
まるで子どものように感情を荒立てて物に当たるノアの姿に、俺は首を静かに横へ振った。
「脅すようなことをしても無駄だ。こんなこと、瑛斗先輩が知ったら悲しむ……」
俺が瑛斗先輩の名前を出した瞬間、ノアは大きな瞳をさらに見開くと、俺のウィッグを思い切り握り締めて引っ張った。
「いッ……」
ウィッグは外れにくいようにと、地毛と何ヵ所かピンで止めていた。
そのため、容赦なく引っ張られると、顔を歪めるほどの痛みが俺に走った。
だが、俺のそんな仕草なんて気にもしない様子で、ノアはウィッグを無理やり引っ張りながら、俺の顔を自分の元へと近づけさせてきた。
「エイトの名前をお前が口にするな。エイトは特別なんだ。お前みたいな底辺の存在と、エイトが一緒にいること自体が間違ってんの? いいかげん気付いたら?」
(くっそ。言いたいこと言いやがって……俺だってな!)
俺はとうとう苛立ちを抑えきれず、ウィッグの髪をむりやり引っ張るノアの手を、振り払うように叩いた。
「なっ……!」
反抗すると思っていなかったのか、ノアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに俺を睨みつけてきた。
「勝手に言ってろよ。瑛斗先輩が誰と一緒にいようと思うかなんて、瑛斗先輩が決めることだろ。違うか?」
「は? 何言ってんだよ。ハエはハエらしく、ゴミに集ってろよ。それとも、自分はエイトに選ばれたって言いたいわけ? ボクからエイトを奪ったって思って嬉しい? 自分のほうが優位に立ったつもりか? 勝ったつもりかよ!」
感情がヒートアップしていき、どんどん早口になっていくノアに、俺はまたウィッグの毛先をさらに強く掴まれながらも、首を横に振った。
「違う。そんなこと考えてもいない。俺は……」
一瞬、このまま言葉にしていいか迷い、ノアから目を逸らしてしまった。
だが、俺はノアにはきちんと言葉にすべきだと、意を決してノアを真っ直ぐ見つめ直した。
「俺は瑛斗先輩の傍にいたいだけだ。あの人が笑ったり、悲しい時に一番傍にいたい……ただそれだけだ」
「……! ふざけるな!」
叫ぶように大声を上げたノアは俺の肩を掴むと、床に向かって勢いよく投げ飛ばすように、思いっきり体重をかけてきた。
(まずいっ!)
慣れていない車椅子の上でバランスをとることができなかった俺は、投げ飛ばされた勢いのまま、床へ向かって倒れてしまう。
このままではまずいと反射的に判断した俺は、咄嗟に床へ向かって手を伸ばした。
だが、手にはレースのグローブをしていたため、床の上で踏ん張りが利かず、手が滑ってしまった。
(……ッ!)
滑ったものの、なんとか先に手をついたおかげで、床に身体をぶつける衝撃を少し和らげることができた。
それでも、右半分を床に直接打ち付けた衝撃は顔を歪めるほどの痛みで、俺は横向きに倒れたまま、起き上がることさえできなかった。
「ほら、立ちなよ! どうせそれも演技なんでしょ!」
俺と一緒に倒れてしまった車椅子を、ノアは蹴とばすように足で退かすと、俺のブラウスの襟元を乱暴に掴んできた。
そして、俺の上半身を軽く持ち上げて俺を仰向けにすると、今度は俺のお腹辺りへ跨り、馬乗りの状態になった。