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第172話 先輩を利用してるのは……お前のほうだろ

「そうやって、可哀そうなフリしてエイトに近づいて。お前はエイトのことを利用してるだけなんだよ! わかってんのか? 何様だよ! 自分のこと、高尚だと思ってんのか? 勘違いすんなよ!」


 俺は右半分の全身に感じる痛みから、中々声を出すことができなかったが、こんなことで負けていられないと、必死にノアのことを睨みつけた。


「瑛斗……先輩を利用してるのは……お前のほうだろ」


「……ッ! ふざけるな! ボクがそんなことするはずないだろ!」


 掴まれていた襟元に、一瞬息が止まるほどの力が込められると、ノアの手が振り上げられた。


(殴られる……!)


 俺は反射的に衝撃へ備えようと奥歯を噛みしめると、顔を逸らして目を瞑ってしまった。


(……。あれ……?)


 だが、いくら待っても訪れない衝撃に、俺は恐る恐る目を開ける。


(えっ……!)


 声を失うほど驚いたのは、ノアが振り上げた手を、いつのまにか現れた和兄が掴んでいたからだった。


「ノア! お前一体、女の子に何しようとしてるんだよ!」


「離せよ! カズヤもどうせ、リオの味方なんだろ! ずるいよ! オレが欲しかったもの、コイツは全部奪っていくんだ! エイトもクラスの奴らも!」


「リオって……えっ! り、理央なのか? え? なんでそんな格好してるんだ?」


「か、和兄……。今はそんなこと気にしている場合じゃ……」


 ノアの必死な訴えを、まるで聞こえていなかったように無視するマイペースな和兄に、俺は思わず肩の力が抜けてしまった。


 そして、こんな状況だったが、さすがにそんな態度をとられたノアへ、少々同情したくなってしまった。


「うわーんッ」


「……!」


「うわっ! なんだよ!」


 和兄に手首を掴まれていたノアは、急に子どものように大きな声を上げると、大粒の涙を零しながら泣き出してしまった。


「り、理央! コイツ一体、どうしたらいいんだ!」


「……。俺にもわからないよ……」


 この状態をどうやって終わりにしたらいいか困惑していた俺と和兄は、お互いに見つめ合ってしまうが、和兄は深い溜め息をついた。


「はぁー……。ノア! 男なら泣くな! 元はと言えば、全部お前が悪いんだろ!」


 俺の上で馬乗りになっていたノアを、和兄は無理やり俺から引き剝がすよう、乱暴に手を引っ張って立たせた。


 すると、ノアは突然何も言わずに、和兄へ抱きついた。


「えっ!」


「あっ……!」


 俺は見てはいけないものを見てしまったような気がして、上体を起き上がらせている途中で、和兄とノアから思わず顔を背けてしまった。


(なんだろう。知り合いの不倫現場を見てしまったような……。この罪悪感のような心境は……)


 俺が胸に手を当てて、気まずそうに顔を背けたことに気が付いたのか、和兄はノアの肩をしっかりと掴むと、自分から離れさせようとした。


「ご、誤解だぞ理央! お前はきっと、何かを誤解をしてる! ほら、ノア! 離れろって!」


「やだー! うわーん!」


 引き剥がそうとすればするほど、ノアは和兄を抱き締める腕に力を込めているようで、ノアはその場からびくともしなかった。


「おいおい、勘弁してくれよ!」


(あーあ……)


 修羅場のように緊迫した、さっきまでの雰囲気がまるで嘘みたいなこの状況に、俺は呆れるように身体から力が抜けて、そのまま床にパタリと倒れた。


「おい理央! 大丈夫か!」


「うわーん! カズヤがまた、ボクのこと無視するー!」


「……」


(なんだか、疲れちゃった……)


 和兄には悪いけど、俺はこの状況に辟易としてしまった。


 すると、窓の外からマイクの電源を入れた機械音がした。

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