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ガランドゥ第15話『一対一の大決戦』

15-1

【1】


 自動ドアが開くと強い日差しと乾燥した大気が藍川を出迎える。日本と比べて気温も湿度も低いこの土地はまだ快適な方なのだが、概念防御のある司祭からすればどうでもいい話だ。空港を出入りする観光客の群れから離れた彼は道路を歩いていき、事前に指定されたナンバーの車を見つける。

 藍川が窓をノックすると、よく知った人物が窓を開け顔を出した。

「やあ、藍川少年。コロンビアにようこそ」

「バレル、飲酒運転か?」

「今日はまだ飲んでない!」

 以前に藍川や粳部と出会った司祭、バレル・バーン・バンカー。運転席に座る彼女は助手席の扉のロックを外し、助手席に回った藍川は乗り込んで扉をロックした。海外は治安が悪い、特にコロンビアは。

 二人を乗せて車が空港を発つ。

「まさかお上が君を指名するとはね。嬉しいよ」

「嬉しくない。俺は自分の担当地域で仕事したいのに」

「大統領が暗殺されそうなんだ。君くらいの職員じゃなきゃな」

 大統領の暗殺を阻止するという重要な任務は、当然等級の高い職員に任せなければならない。自分の担当地域からなるべく離れたくない彼ではあったが、お上に指名されてしまってはどうにもならない。

 カーラジオにノイズが混じった後、あのラジオが喋り出した。

『Ω+なんだから当然のこと』

「ラジオ司祭!バレル・バーン・バンカーです。よろしくお願いします」

『どうもバンカー司祭。彼より先に現地入りしてましたよ』

 既にコロンビアに来訪していたラジオは別行動しており、任務に備えて自分の配置に着いていた。彼女の超広範囲の諜報能力は破格であり、秘密裏に行動する敵を探すには最適解の権能なのだ。正に無敵の布陣。

 車内の空調は弱くぬるい。

「ラジオ、状況は?」

『反政府勢力『LST』は明後日の式典に参加する大統領を狙ってる』

「拠点のある地域は絞れたが、もう現地入りした可能性もあるぞ」

『構成員に司祭を二名確認。法術使いと接触した可能性も』

 反政府勢力にしては物騒な戦力だと思う藍川。過激な組織が司祭を保有するととんでもないことになるのは歴史が証明している。むしろ、まだ大統領が暗殺されていないのが不思議なくらいだ。

「よくまだ大統領は生きてるよ」

「LSTは他の勢力と対立してるんだ。それに新しい組織でもあるしな」

『LSTは真っ当な組織ですが、他は人身売買と麻薬やってますから』

「対立はやむなしか。そりゃ余裕がないわけだ」

 コロンビアの反政府勢力は政府と戦う資金を得る為に、人身売買や麻薬に手を染めている。その結果、治安は悪化する傾向にあり収束の目途は立っていない。そういう連中と比べればLSTは比較的真っ当だと言えるだろう。

 バレルがインパネの上に置かれた資料を手に取り、彼に手渡す。

『でもこの大統領、死んだ方が良いんじゃないですかね?』

 藍川が資料を捲るとそこには大統領の顔写真があった。ラジオの言葉を聞いてバレルが眉をピクリと動かす。

『麻薬カルテルとの関与疑惑、買収の疑惑……碌な噂ないですけど』

「でも、そんな奴でも守らなければならない……嫌な話だが」

「逮捕されない限りは守んねーとな。ボンクラだが」

 法律に違反していなければ悪でもなく、どんなに嫌われていても疑わしくても何もできない。どんなことがあろうと不法に命が奪われることはあってはならず、蓮向かいは彼の命を何としても守らなければならないのだ。

「まあ、不正しなければ再選はないね。一度我慢して守ればいい」

「……そういや、バレルはコロンビアの生まれだったな」

「育ちもだよ。まあ、そこまで良い思い出はないけど」

 南米地域が管轄のバレルはこの国の出身。事情を知り勝手が分かる彼女がこの任務を担当するのは当然の帰結だ。しかし、そう話す彼女の表情は先程よりも暗くなっており、良い思い出はないという言葉通りの表情をしていた。

 それを見た彼は気を遣って話題を変える。

「なあ、次は俺に運転させてくれよ」

「駄目だ。藍川少年はノロノロ運転する」

「法定速度守ってるだけだろ。それと少年はやめろ」

 明るい表情になって笑い声を漏らすバレル。酒が入っていなくてもハイスピードで運転する彼女と、どんな地域でもしっかりと法定速度を守って運転する彼とでは大きな差がある。テキパキと仕事がしたい彼女の運転ならば目的地にすぐ到着できるわけだ。

「じゃあ鈴で」

「段階飛ばしたなオイ。まあ、別にどうでもいいが」

「決まりだね!よろしく頼むよ鈴」

「……やっぱやめろ」




【2】


 都市部から離れた住宅街。車を停めた藍川とバレルは路地を歩いて行き、すれ違う人々は暗い表情で通行人のことを気にせずにただ自分のことをしている。野良犬か誰かが放し飼いしている犬が軽やかな足取りで駆けていき、藍川は実に南米らしい光景だと思っていた。

 ある家の前でバレルは足を止め、手元のメモを確認すると再び家を見る。

「ここだ」

 そう言って彼女は階段を上がって家の裏口に立つと、ノックして住人を待つ。藍川も彼女を追って階段を上ると住人が開いていた小窓から顔を出し、二人の方をじろりと見る。訝しむ老獪な男性は彼らの素性を気にしていた。

 不意に老人が不思議なことを聞く。

「どう見える?」

「私はそれを書かない。なぜなら、どんなに語っても不十分だから」

「……なるほど、あんたが組織の……まあ入れ」

 合言葉を確かめた老人は扉の鍵を解いて二人を招き入れる。堂々と中に入ると藍川は後ろ手に鍵を掛け、老人は椅子に座ると吸いかけだった葉巻を手に取った。煙の香りが扇風機で押し流されていく室内で、老人の吐く煙が宙を舞う。

 バレルが本題に入る。

「それで、LSTの調査の報告を」

「連中の実行部隊は首領を含め七百七十名。武器弾薬を国外から密輸しとる」

「司祭と法術使いについては?」

「司祭は二人、首領のバーディ・ラスティとジョン・フレデリックだ」

 そう言うと老人は葉巻を灰皿に押し付けて鎮火すると、壁際の棚からファイルを取り出しバレルに手渡す。彼女はそのファイルを開くとスペイン語の文字列を端から端まで読んでいった。

 藍川が老人に問う。

「法術使いは?」

「名前は分からんが、メキシコで一人雇ったと言ってた」

「メキシコ……まさかアステカ式か?」

「ん?アステカ式って何だい?」

 法術に詳しくないバレルが頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「メキシコに伝わる伝統的な法術だ。暗殺稼業をやる奴が多い」

「ふーん……で、他の情報は?」

「連中は部隊を三分し、議事堂を押さえる部隊は当日に武器弾薬を受け取る」

「つまり明後日か……そこで押さえられると良いんだけどね」

 反政府勢力が明後日に決起する前に、武器を取る前に押さえることができればそれがベストな展開だ。しかし、物事はそう簡単に進むことはなく後手後手に回るのが世の常だ。予想外のことはいつだって起きる。

 藍川が彼女のファイルを覗き込むと、不意にある項目に目が留まった。

「待て、この火薬の購入記録は?」

「ん?確かに半年前に業者から受け取ってる……用途は?」

「知らねえ。弾薬の密造の可能性があるが」

 藍川は顎に手を当て考え始めると室内をうろうろと歩き、椅子に座ると丁度何か思いついたのか指を鳴らした。半年の間、用途が不明だった火薬は何なのか。

「武器弾薬の受け取り場所は罠だ。連中はここには来ない」

「……そうか、爆弾を密造して受け取り場所に仕掛ければ!」

「俺達をまんまと出し抜けるわけだ」

 武器を載せた車を押さえようと近寄った体制側の人間をまとめて吹っ飛ばす。手間は掛かるがより確実な方法だ。そもそもLSTの目的は大統領の暗殺。奴を確実に殺すことができるのであれば非効率だとしても取らない手はない。

 それだけの恨みを大統領は買っているのだ。

「でも、大統領の暗殺だけあって随分と手間を掛けるな……」

「首領が司祭だからな。敵が司祭でなければ国家転覆は容易」

「人間の構成員も武器も価値が低い……ってことか」

 口元に手を当てて考え込むバレル。司祭はあらゆる現代兵器や生物を中和する概念防御という力を持っている。通常の軍隊であれば司祭一人で全滅できてしまう以上、司祭の相手は司祭でなければならないのだ。鉛玉など石ころ程の力もないのだから。

 藍川が微かに煙を昇らせる葉巻の残骸を見つめる。

「……司祭が国のトップになることはない。俺達が止めるからな」

 全ての司祭を把握し管理し、世界の均衡を取るバランサーの役割を担うのが蓮向かい。司祭による犯行を予見し阻止し拘束する。これを永遠に繰り返し続けるのが彼らの役目。司祭や法術使いという怪物の存在を世に公表するわけにはいかない。


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