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ガランドゥ第16話『少年少女暴走劇』

16-1

【1】


 粳部の蹴りが谷口の脇を狙う。彼はそのまま片腕で軽い蹴りを受け止めるとその脚を掴んで壁へ放り投げようとしたが、彼女は指を彼へ向けて順光じゅんこうを直撃させた。彼が怯んだその隙に粳部は腕を払って抜け出し、距離を取りながら結鎖けっさでその腕を縛る。

流光りゅうこう!」

 谷口の動きを封じた瞬間に眩い光が煌めき、激しく輝く光線が谷口に直撃した。結鎖けっさの鎖がその熱で消し飛ぶ中、白く無機質な部屋で谷口が居た場所が大爆発する。だが煙の中には何も残っておらず、それに気が付いた時には背後に谷口が迫っていた。

 彼女が振り向くも間に合わない。

「分身!?」

氷縮ひょうしゅく

 谷口がそう言って手をかざすと、彼女の体が凍り付き身動きができなくなってしまった。もがく彼女が少しずつ氷を砕いて抜け出そうとする中、立ち止まった谷口は次の法術の発動の為に集中する。

 それを遠くでラジオと藍川が椅子に座って眺めていた。

「随分とやるようになったな」

「そうだね……」

 粳部が氷から抜け出した瞬間、谷口の準備が終わる。

よどみの鳥居」

 そう言った刹那に彼の前に白い鳥居が立った。粳部は見覚えのない初見の法術に困惑するが立ち止まってもどうにもならず、後ろに下がる谷口を追いかけてその白い鳥居をくぐる。しかし、彼女が通過した瞬間に強い力で地面にねじ伏せられた。

 わけがわからず粳部の困惑は最高潮に達した。

「ぐえっ!?えっ?はっ!?」

よどみの鳥居は鳥居の形の式神。二礼二拍手せずに通るとこうだ」

 谷口がパンと手を叩くと鳥居の式神が消え、地面に転がっていた粳部は重圧から解放される。いかに法術の才能を持つ彼女といえど、熟練の天才法術使いである谷口が使う初見の法術に対応できる筈がないのだ。

 疲れた粳部が立ち上がる。蓮向かいの無機質な訓練室の中心で

「昨日習得したんだ」

「そんなの反則ですよ!」

「戦いに反則もなにもあるか」

「いいですねそれ……私もやりますね」

 粳部はそう言って谷口と同じように構えを取ると、彼のやったことをそのまま再現する。そうすることができるのが彼女の才能。どんな無茶でも押し通せるだけの力を、彼女は何故か持ってしまっているのだ。

「淀みの鳥居!」

 彼女の前に鳥居の形をした式神が形成される。だが、それは谷口の物とは異なり青い色をしており、それを見た藍川は椅子から転げ落ちた。そもそも、攻撃をくらったとは言え一度見ただけの法術を完全再現できる筈がない。これだけできているだけ上出来なのだ。

「あれ……い、色が違う」

「待て何で再現できた」

「こうかな……もう一回!」

 彼女がもう一度法術を発動すると今度は白い鳥居が完成するものの、そのサイズは彼女と同じ背丈程度の物であった。そこからもう一度発動してようやく谷口の物と同じ色とサイズの物が完成する。

 藍川が自分の椅子に戻る中、谷口は唖然としながらそれを見ていた。

「いやおかしい。そんなノリでできることじゃない」

「できたならいいじゃないですか……」

「俺は習得するのに三か月掛かったんだ。不平等だ」

「あーめんどくさいなあ!」

 リクライニングチェアに座るラジオと藍川は二人のそんなやり取りを遠くから眺めていた。サングラスを掛けたラジオはアイスコーヒーをストローで吸っており、全身を包帯で巻いた重傷の藍川は呆れた顔をしている。

「……さりげなく三回もあれを使えた法力量は何なんだ」

「彼女、真似ることは天才的……」

「でも、何か引っかかるんだよな……不自然に才能がある」

 粳部の法術の才能の天井はまだ分かっていない。現時点でも史上最高レベルだが、ここからどこまで成長するのかが問題になってくる。彼女のことを常に考えている藍川にとって、粳部が力を持ち過ぎてしまうことは別の問題を呼び寄せてしまうのだ。

 しかし、ラジオの考えは違った。彼女がアイスコーヒーをテーブルに置く。

「……違うんじゃない?」

「えっ?」

「法術の才能は生来の物で……海坊主の方が明確に異常だよ」

 実際、粳部の法術は前例のないことではあるが異常性はない。一番の問題は詳細がまだ何も分かっていない海坊主の方だった。粳部に従っているようで従わず、突然何を起こしても不思議ではない怪物。できることよりもできないことを数えた方が早いような存在だ。

「谷口が言うにはΩ-の司祭とも互角だった。つまり、私より強い」

「でも、さっきはせいぜいβ+だったぞ」

「あれに不可能は何もない。どんなこともできないしできる……」

「……まあ、現状分かることは何もない。いわゆる厄ネタだな」

 どんな相手にも勝てる可能性と負ける可能性を持つ彼女は、組織からしても特別有用な存在だ。しかし同時に、何をしでかすか分からないという爆弾でもある。そんな彼女を制御する為に藍川や谷口の居る部隊に編制されたわけだ。

 特訓を終えた粳部が部屋の隅に置いたペットボトルのお茶を取りに行く。

「……そうだ、忘れるところだった」

「ん?」

 何かに気が付いた谷口も部屋の隅に置かれたバッグの下へ行く。そしてその中に入っていた沢山のCDケースを抱えて粳部の下へと向かった。彼女はそれを不思議そうな顔で眺めながらお茶を勢いよく飲み干す。

「お前に全てやろう。要らなかったら捨てていい」

「えっ……えっ?な、何のCDですか?」

「クラシック音楽だ。以前に収集していたんだがな」

 そう言って彼は積まれた沢山のCDケースを粳部に手渡す。突然大きな物を押し付けられて困惑する彼女だったが、全てのCDの価値を計算するとそれなりに高額になることに気が付く。それらをいきなり全て手放すというのは、彼女からすれば不自然な話だった。

「形態変化の使い過ぎで、音楽を楽しむ感性を失ったんだ」

「そんな……だ、だって集めてたんでしょう?」

「まあな。殆どは知り合いから受け継いだ物だ。お前に託す」

 半ば強引に彼女へCDを押し付けると、谷口はバッグを拾って踵を返し出口へ向かう。いつもと変わらない声色で話していた彼だというのに、その場を立ち去る彼の背中は酷く寂しいものだった。何度も再生しただろうCDには表面にいくつかの傷が入っており、彼の思い入れも刻まれている。

 だが、彼がそれを再生することは二度とない。

「……形態変化か」

 それは悪魔との契約。




【2】


「ただいまあ」

「おう、早かったな」

 粳部がリビングルームに入るとリクライニングチェアに座る父が出迎える。ラジカセからハワイアンな音楽が流れる中、それを見た彼女はラジオが聞いているのではないかと苦い顔をしつつも荷物を床に置く。一か月ぶりの実家への帰省は、やはり安心感のあるものだった。

「今、丁度仕事がないからさ」

「いい加減に何の仕事してるのか教えてくれ」

「け、警備員みたいなものだよ……?給料良いんだから気にしないで」

「……嘘が下手だな」

 警備員みたいなものというのはあながち間違いではないのだが、粳部は嘘を吐くのがあまり得意ではない。彼女よりも一枚上手な父からすれば簡単に見抜ける話であった。それでも強く止めないのは娘への信頼があったからだろう。

「ねえ、この曲止めてよ」

「じゃあ止めてくれ。今腰を痛めててな」

「年甲斐もなく無理したんじゃないのー?」

 腰を痛めてリクライニングチェアで休んでいる彼を尻目に、ラジカセの前に立った彼女は音楽の再生を止める。曲が止まり回転するCDが徐々に遅くなっていくのを彼女が眺めていると、不意にあることを思い付く。

 粳部はバッグから一枚のCDケースを取り出すと、ラジカセの中身と交換した。そして聞き覚えのあるクラシック音楽が流れ始める。それは谷口から譲ってもらったものだった。

「久々に全力疾走してな。だが追い付けなかった。もう歳だな」

「何でその体で走れるかな……でも何で走ったの?」

「家出中の子が居るって通報があってな。ほら、児相で働いてるだろ俺」

 粳部の父は児童相談所で働いている。眼帯と隻腕といういかにも危険人物という風貌の彼ではあるが、見た目に反して几帳面で優しい人物だ。むしろ母親の方が苛烈で危険だったのだが、母親と面識のない粳部には知らない話だ。

 粳部が椅子に腰かける。

「一時保護に向かったんだが、相手が急に逃げ出したんだ」

「あれま」

「その子、異常に足が早くてな。車より早かったんだ」

 車より早い。その言葉を聞いた時、彼女の脳内にある予感がした。車より早い子供が居る筈がない。どう頑張っても子供に出せる最高速度は三十四キロ程度が限界だ。それでも体力的にそれが長続きする筈がない。

「……車より?」

「小学生の女の子だったが、塀を簡単に飛び越えて休まず走ってた」

「待って?そんなことってあり得る?」

「一時間近く追いかけて追い付かなかったんだぞ」

「逆に一時間も追えたんだ!」

 全身ボロボロで老いた男が自動車よりも早い少女を一時間追いかけたというのは、ある意味その少女よりもずっといかれた根性をしている。

 しかし、粳部には父よりもその少女のことが気になっていた。人間を超えた力を持つ存在について、彼女には心当たりがあったのだ。

「その子……もしかして司……」

「……し?」

「いや、何でもない。凄い子だね」

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